【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-8 ★ なりふり構っていられません!
「遅れてすみませ――ん! アルフレッド・リンドバーグ、参上!」
アルは黒馬で傍聴席を飛び越えた。法廷中央で手綱を引き、馬を急停止させる。馬が前足をふりあげ嘶くと、裁判長、裁判官、書記官、廷吏のシモンはおののき、一斉に椅子からずり落ちた。ダーシー、チャールズ、弁護士も腰を抜かしている。
「ミミ! 遅れてごめん」
馬を下りたアルに、両腕で強く抱きしめられた。
「アル……心配したわ。もう、私……」
   私は彼の背中にぎゅっと腕を回す。喜びを噛みしめていると、廊下からドタバタと騒がしい足音が近付いてきた。
「法廷の扉が破られているぞ」
「馬が中に!」
衛兵達が法廷に飛び込む。
「その男だ! 捕まえろ!」
「し、司祭の恰好をしているぞ?」
「司祭が馬で法廷に乗り込むものか、偽物だ!」
衛兵達が傍聴席を抜けてアルへ迫る。
「本物の司祭ですよ」
アルは鞄から丸めた書状を出した。
「身分証明書。二週間前、裁判用に発行したものです。大主教の印も押してあります」
衛兵たちは書状をのぞきこみ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「た、確かに、大主教の印が押されていますね」
衛兵たちはアルから急に距離を取り、頭を垂れる。
「裁判長もお確かめください」
アルは書状を裁判長へ差し出した。
「この印はまさしく、大主教の」
「殊に重要な裁判であったので、特別な計らいをしていただきました。裁判における私の発言を大主教が神にかわり保証します」
アルの発言には大きな後ろ盾がある。裁判長、裁判官の顔色が変わった。
「神の代理人として、原告の声にも耳を澄まし、この口は決して偽りを語らず、真実を愛すると誓います。弁護士が到着するまで私がミミの弁護をすることをお許しください。重要書類は持参しています」
アルは鞄から書類を取り出すと、証言台にドンッと置いた。
「被告の代理弁護を認めよう。だが……なぜ弁護士の到着が遅れて貴方だけが来たのだ?」
「道中で馬車が壊れ、御者が行方不明になりましてね」
――大問題じゃないの!
「馬車が壊れたって……まさか事故? アル、怪我は?」
「心配しないで、ミミ。この通り無傷さ」
私の頭を撫で、アルは裁判長へ向き直る。
「御者は、自分達を辺境に置き去りにして消えました。罠だったのです。異常事態を知らせるべく馬を飛ばしてきたのですが、裁判所で〝立入禁止〟と衛兵に止められまして」
衛兵たちは黙って視線を逸らした。
――この衛兵たち……怪しい。アルを入れるなと指示されていたんじゃ……。
「自分は被告の証人で司祭だと言っても信じてもらえなかったので、やむを得ず強行突破に踏み切りました」
「だからって君! 馬ごと法廷に飛び込むことは無いだろう!」
裁判官の一人が青筋を立て、叫んだ。
「妻の名誉がかかっているので、なりふり構っていられません! 壊した扉については私の過失なので謹んで弁償します」
アルは深々と一礼し、法廷をぐるりと見回した。
「傍聴席が寂しいですね。賑やかな方が良いでしょう?」
大勢の話し声が近付き、記者達が続々と法廷になだれ込んだ。
「満席だと言われたけれど、空いているぞ!」
「みんな、今だ、入れ!」
記者らが着席すると、既に座っていた傍聴者は嫌そうに移動した。
「傍聴者全員が裁判の目撃者であり立会人です。身内ばかり集めては公平性が保たれないでしょう?」
――なるほど。この為に扉を破壊したのね、アル。
「ミミさん! 今、司祭様が馬で……」
息を切らして法廷へ飛び込んだマチルダ夫人は、破壊された扉の前で足をすくませた。
「この扉は……まさか司祭様が?」
「不可抗力です」
アルは悪びれもせず、満面の笑顔だ。
「道中、馬車が壊れたのです。ロビンさんは別の馬車で裁判所へ向かっております。事態を知らせるべく自分だけが馬でかけつけたのです」
マチルダ夫人は「そうでしたか」と安堵の吐息を零す。
私がアルを心配していたように、マチルダ夫人もご主人のロビン弁護士を気にかけていたのだわ。
「司祭様。キャベンディッシュご夫妻が大変なんです!」
「何かあったのですか?」
「病院へ運ばれたのです! 控え室で飲んだ紅茶に毒が盛られていたみたいで」
「な、なな、なんだって!」
アルは真っ青になって、私へ振り向いた。
「ミミもその紅茶を……」
「私は飲んでいないわ。控え室を出ていたの。戻ったら、皆、気絶していて……」
倒れた家族の姿を思い出すと動悸がし、背筋が冷たくなった。
「アラベラさんが私のかわりに付き添ってくださっているわ。本当は……家族のそばについていたかった。開廷時刻の遅延はできないとシモンが言うし、欠席したら敗訴になってしまうから……」
「辛かっただろう。俺がいるからね、もう大丈夫だよ」
夫の優しい言葉で目頭が熱くなる。我慢して証言台に立っていたけれど、アルが来てくれたことで、こらえていたものが堰を切って溢れた。
「よくも家族を傷付けたな!」
アルはチャールズとダーシーを睨み付けた。烈火の如く怒っている。
「お、おまえ……僕と……いや、陛下……」
チャールズは震えながらアルを指差した。何か言いかけたが、思いとどまり、唇を噛んで沈黙した。
「鏡を割りたいくらいに似ていますね」
アルが薄ら笑うと、チャールズの肩がびくりと動いた。
――似ている? 一体何が……。
「あっ」
――私、どうして今まで気付かなかったのかしら。
チャールズ殿下と、アルフレッド。
チャールズは、赤髪碧眼。
アルフレッドは赤髪翠眼。
髪型と服装は違うけれど。
――まるで兄弟のようにそっくり。
鏡よ鏡。これは偶然ですか。
【つづく】
【8章】をお読みいただきありがとうございます。
アルは黒馬で傍聴席を飛び越えた。法廷中央で手綱を引き、馬を急停止させる。馬が前足をふりあげ嘶くと、裁判長、裁判官、書記官、廷吏のシモンはおののき、一斉に椅子からずり落ちた。ダーシー、チャールズ、弁護士も腰を抜かしている。
「ミミ! 遅れてごめん」
馬を下りたアルに、両腕で強く抱きしめられた。
「アル……心配したわ。もう、私……」
   私は彼の背中にぎゅっと腕を回す。喜びを噛みしめていると、廊下からドタバタと騒がしい足音が近付いてきた。
「法廷の扉が破られているぞ」
「馬が中に!」
衛兵達が法廷に飛び込む。
「その男だ! 捕まえろ!」
「し、司祭の恰好をしているぞ?」
「司祭が馬で法廷に乗り込むものか、偽物だ!」
衛兵達が傍聴席を抜けてアルへ迫る。
「本物の司祭ですよ」
アルは鞄から丸めた書状を出した。
「身分証明書。二週間前、裁判用に発行したものです。大主教の印も押してあります」
衛兵たちは書状をのぞきこみ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「た、確かに、大主教の印が押されていますね」
衛兵たちはアルから急に距離を取り、頭を垂れる。
「裁判長もお確かめください」
アルは書状を裁判長へ差し出した。
「この印はまさしく、大主教の」
「殊に重要な裁判であったので、特別な計らいをしていただきました。裁判における私の発言を大主教が神にかわり保証します」
アルの発言には大きな後ろ盾がある。裁判長、裁判官の顔色が変わった。
「神の代理人として、原告の声にも耳を澄まし、この口は決して偽りを語らず、真実を愛すると誓います。弁護士が到着するまで私がミミの弁護をすることをお許しください。重要書類は持参しています」
アルは鞄から書類を取り出すと、証言台にドンッと置いた。
「被告の代理弁護を認めよう。だが……なぜ弁護士の到着が遅れて貴方だけが来たのだ?」
「道中で馬車が壊れ、御者が行方不明になりましてね」
――大問題じゃないの!
「馬車が壊れたって……まさか事故? アル、怪我は?」
「心配しないで、ミミ。この通り無傷さ」
私の頭を撫で、アルは裁判長へ向き直る。
「御者は、自分達を辺境に置き去りにして消えました。罠だったのです。異常事態を知らせるべく馬を飛ばしてきたのですが、裁判所で〝立入禁止〟と衛兵に止められまして」
衛兵たちは黙って視線を逸らした。
――この衛兵たち……怪しい。アルを入れるなと指示されていたんじゃ……。
「自分は被告の証人で司祭だと言っても信じてもらえなかったので、やむを得ず強行突破に踏み切りました」
「だからって君! 馬ごと法廷に飛び込むことは無いだろう!」
裁判官の一人が青筋を立て、叫んだ。
「妻の名誉がかかっているので、なりふり構っていられません! 壊した扉については私の過失なので謹んで弁償します」
アルは深々と一礼し、法廷をぐるりと見回した。
「傍聴席が寂しいですね。賑やかな方が良いでしょう?」
大勢の話し声が近付き、記者達が続々と法廷になだれ込んだ。
「満席だと言われたけれど、空いているぞ!」
「みんな、今だ、入れ!」
記者らが着席すると、既に座っていた傍聴者は嫌そうに移動した。
「傍聴者全員が裁判の目撃者であり立会人です。身内ばかり集めては公平性が保たれないでしょう?」
――なるほど。この為に扉を破壊したのね、アル。
「ミミさん! 今、司祭様が馬で……」
息を切らして法廷へ飛び込んだマチルダ夫人は、破壊された扉の前で足をすくませた。
「この扉は……まさか司祭様が?」
「不可抗力です」
アルは悪びれもせず、満面の笑顔だ。
「道中、馬車が壊れたのです。ロビンさんは別の馬車で裁判所へ向かっております。事態を知らせるべく自分だけが馬でかけつけたのです」
マチルダ夫人は「そうでしたか」と安堵の吐息を零す。
私がアルを心配していたように、マチルダ夫人もご主人のロビン弁護士を気にかけていたのだわ。
「司祭様。キャベンディッシュご夫妻が大変なんです!」
「何かあったのですか?」
「病院へ運ばれたのです! 控え室で飲んだ紅茶に毒が盛られていたみたいで」
「な、なな、なんだって!」
アルは真っ青になって、私へ振り向いた。
「ミミもその紅茶を……」
「私は飲んでいないわ。控え室を出ていたの。戻ったら、皆、気絶していて……」
倒れた家族の姿を思い出すと動悸がし、背筋が冷たくなった。
「アラベラさんが私のかわりに付き添ってくださっているわ。本当は……家族のそばについていたかった。開廷時刻の遅延はできないとシモンが言うし、欠席したら敗訴になってしまうから……」
「辛かっただろう。俺がいるからね、もう大丈夫だよ」
夫の優しい言葉で目頭が熱くなる。我慢して証言台に立っていたけれど、アルが来てくれたことで、こらえていたものが堰を切って溢れた。
「よくも家族を傷付けたな!」
アルはチャールズとダーシーを睨み付けた。烈火の如く怒っている。
「お、おまえ……僕と……いや、陛下……」
チャールズは震えながらアルを指差した。何か言いかけたが、思いとどまり、唇を噛んで沈黙した。
「鏡を割りたいくらいに似ていますね」
アルが薄ら笑うと、チャールズの肩がびくりと動いた。
――似ている? 一体何が……。
「あっ」
――私、どうして今まで気付かなかったのかしら。
チャールズ殿下と、アルフレッド。
チャールズは、赤髪碧眼。
アルフレッドは赤髪翠眼。
髪型と服装は違うけれど。
――まるで兄弟のようにそっくり。
鏡よ鏡。これは偶然ですか。
【つづく】
【8章】をお読みいただきありがとうございます。
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