【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-7 ★ 潔白を主張します
「アダム氏と密会を重ねていたのは、ダーシーです!」
人々の視線が一斉にダーシーに向けられた。
「ダーシー。う、嘘だろう?」
チャールズが狼狽えている。お生憎様。私が言ったことは、事実、真実、現実よ。
「ひどいわ。あんまりだわ、ミミ! 私に罪をなすりつけるなんて」
――泣くな、喚くな、五月蠅い。
「ダーシー、疑って悪かった。どうか泣かないでくれ」
すすり泣くダーシーの肩をチャールズが支える。
チャールズは弱々しい態度から一転、憤怒の表情で席を立ちあがった。
「ここは法廷だぞ、ミミ! あのふざけた遺書のように、おまえの嘘はまかり通らないんだ! 嘘を吐くのはもうやめろ。それがおまえの為だ!」
彼の大声が法廷中に反響する。
チャールズへの賞賛の声と拍手、私への野次が飛び交う。
騒がしい傍聴席を裁判長はやはり戒めようともしない。
――ここが法廷ですって? 前世と同じ、あの日の教室みたい。
同級生は私の主張を信じてくれず、加害者呼ばわりした。首に縄をかけても何も変わらなかった。
――私は、悪名を転じたかっただけよ。美名なんて望んでいないのに……。
自分の名前が嫌いだと、前世の私が語った理由を思い出した。
――前世の私の名はミナ。本当は「美しい名」と書いて「美名」だったのね。
美名には主に二つの意味がある。
一つは流芳後世、良い意味で。
二つ目は美名のもとに私腹を肥やす、悪い意味で。
――今度こそ生きて、無実を主張しなければ。
零れた涙を手の甲でぐいっと拭う。
俯いたままでは、どんな主張も地面に落ちる。
――前を向くのよ、ミミ! 繰り返す因果にケリを付けるわ。
胸に手を当て、裁判長を真っ直ぐ見上げる。
アルが礼拝で説教をする時の真似だ。
「私、ミミ・リンドバーグは欺瞞、虚言、狡猾さを憎み、隣人と己を愛し、重ねて潔白を主張します」
煙のようにたちこめていた法廷の話し声が急に霧散した。
「司祭の夫が教えてくれました。生きる喜びと、家族の尊さを」
アルフレッドがいなかったら、復讐の気持ちを抱えたまま、冥土で一人膝をかかえていたろう。春と秋の夢を永遠に見ながら不時の世界を漂っていたかもしれない。
「真実の愛は嘘から生まれません。夫を恋い慕う気持ちは、感謝から生まれた愛です」
私は、祈るように両手を組み合わせ、チャールズへ振り向いた。
「チャールズ殿下にも感謝の念を抱いたことは何度もありました。けれど」
私の口から「感謝」の言葉が出るとは思わなかったのだろう。チャールズは面食らった様子だ。
「貴方に親愛以上の感情は芽生えませんでした。他の殿方の、どなたにもです。不義を働いたなど、とんでもない。私の初恋はチャールズ殿下ではなく、アルフレッド・リンドバーグ、ただ一人なのですから」
もしもアルフレッド本人が目の前にいて、私の一世一代の告白を聞いたら、どんな顔をしていただろう。裁判官、原告のチャールズとダーシーは間抜けな顔をしている。傍聴席は静まったままだ。裁判長は困惑顔。まぁ、そうよね。法廷で夫への愛を惚気けた被告は私くらいではないかしら。
沈黙が続く中、誰かが「くくっ」と声を立てた。
「情熱的なお言葉に水を差すようですが、ご主人は来ないではないですか」
シモンは薄ら笑っていた。私への嘲りが一つ二つと増える。悔しくてたまらないけれど、俯かずに彼を睨み付けた。
その時、外の廊下が騒がしくなり、ドーン、ガシャーン、バリーンとけたたましい音とともに、固く閉じた法廷の扉が吹っ飛んだ。
「遅れてすみませ――ん! アルフレッド・リンドバーグ、参上!」
雄々しい叫び声を上げ、黒馬で突入したのは私の夫でした。
【つづく】
人々の視線が一斉にダーシーに向けられた。
「ダーシー。う、嘘だろう?」
チャールズが狼狽えている。お生憎様。私が言ったことは、事実、真実、現実よ。
「ひどいわ。あんまりだわ、ミミ! 私に罪をなすりつけるなんて」
――泣くな、喚くな、五月蠅い。
「ダーシー、疑って悪かった。どうか泣かないでくれ」
すすり泣くダーシーの肩をチャールズが支える。
チャールズは弱々しい態度から一転、憤怒の表情で席を立ちあがった。
「ここは法廷だぞ、ミミ! あのふざけた遺書のように、おまえの嘘はまかり通らないんだ! 嘘を吐くのはもうやめろ。それがおまえの為だ!」
彼の大声が法廷中に反響する。
チャールズへの賞賛の声と拍手、私への野次が飛び交う。
騒がしい傍聴席を裁判長はやはり戒めようともしない。
――ここが法廷ですって? 前世と同じ、あの日の教室みたい。
同級生は私の主張を信じてくれず、加害者呼ばわりした。首に縄をかけても何も変わらなかった。
――私は、悪名を転じたかっただけよ。美名なんて望んでいないのに……。
自分の名前が嫌いだと、前世の私が語った理由を思い出した。
――前世の私の名はミナ。本当は「美しい名」と書いて「美名」だったのね。
美名には主に二つの意味がある。
一つは流芳後世、良い意味で。
二つ目は美名のもとに私腹を肥やす、悪い意味で。
――今度こそ生きて、無実を主張しなければ。
零れた涙を手の甲でぐいっと拭う。
俯いたままでは、どんな主張も地面に落ちる。
――前を向くのよ、ミミ! 繰り返す因果にケリを付けるわ。
胸に手を当て、裁判長を真っ直ぐ見上げる。
アルが礼拝で説教をする時の真似だ。
「私、ミミ・リンドバーグは欺瞞、虚言、狡猾さを憎み、隣人と己を愛し、重ねて潔白を主張します」
煙のようにたちこめていた法廷の話し声が急に霧散した。
「司祭の夫が教えてくれました。生きる喜びと、家族の尊さを」
アルフレッドがいなかったら、復讐の気持ちを抱えたまま、冥土で一人膝をかかえていたろう。春と秋の夢を永遠に見ながら不時の世界を漂っていたかもしれない。
「真実の愛は嘘から生まれません。夫を恋い慕う気持ちは、感謝から生まれた愛です」
私は、祈るように両手を組み合わせ、チャールズへ振り向いた。
「チャールズ殿下にも感謝の念を抱いたことは何度もありました。けれど」
私の口から「感謝」の言葉が出るとは思わなかったのだろう。チャールズは面食らった様子だ。
「貴方に親愛以上の感情は芽生えませんでした。他の殿方の、どなたにもです。不義を働いたなど、とんでもない。私の初恋はチャールズ殿下ではなく、アルフレッド・リンドバーグ、ただ一人なのですから」
もしもアルフレッド本人が目の前にいて、私の一世一代の告白を聞いたら、どんな顔をしていただろう。裁判官、原告のチャールズとダーシーは間抜けな顔をしている。傍聴席は静まったままだ。裁判長は困惑顔。まぁ、そうよね。法廷で夫への愛を惚気けた被告は私くらいではないかしら。
沈黙が続く中、誰かが「くくっ」と声を立てた。
「情熱的なお言葉に水を差すようですが、ご主人は来ないではないですか」
シモンは薄ら笑っていた。私への嘲りが一つ二つと増える。悔しくてたまらないけれど、俯かずに彼を睨み付けた。
その時、外の廊下が騒がしくなり、ドーン、ガシャーン、バリーンとけたたましい音とともに、固く閉じた法廷の扉が吹っ飛んだ。
「遅れてすみませ――ん! アルフレッド・リンドバーグ、参上!」
雄々しい叫び声を上げ、黒馬で突入したのは私の夫でした。
【つづく】
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