【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-6 ★ 不公平な裁判
「原告の訴えを私は認めません。私への根拠無き風評は全て、原告の作り上げた嘘です。私は原告の加害行動により、精神的損害を被り、自裁に臨みました。命を軽んじた行為は過ちでしたが、遺書は無実を訴える為に公表したものです。真実のみを告げています」
法廷が途端に五月蠅くなった。
「被告は証言台へ」
「えっ」
「ご移動を願います」
――いきなり、当事者尋問?
こんなに早く証言台への登壇を促されるとは思わなかった。ロビンさんから事前に聞いていた、通常の裁判の進行よりも些か早く、順序が違う。
――できるだけ早く、私を追い詰めようとしているのでは?
誰もこの異様な進行を咎めないことに違和感が募る。法廷にいる全員が私の敵なのではないか。胸いっぱいに脹らんだ不安をぎゅっと小さくして、私は証言台へ移動した。
「そもそも、貴女が自裁に臨んだ証拠はあるのですか?」
裁判官の一人が私へ問いかけてきた。
「私の主人が見ていました。病院の医師の診断もあります。それと……」
私は襟を少し下げた。
「この首の痣が証拠です」
首縄の痕は、まだ微かに残っている。鏡を見る度にいつも悲しい気持ちになった。
「主人だけでなく、私が病院に運ばれるのを親戚の司書が目撃していました。自裁場所に選んだ書庫に入る姿を、衛兵も確認しています」
「その目撃者は今どこに? 親戚の司書も衛兵も、首吊りを目撃した貴女のご主人さえ法廷にいないではないですか、ミミ・リンドバーグ」
裁判官の問いかけが胸に痛い。
「主人は別の馬車で裁判所へ向かうはずでした。到着が大変遅れており、もしや事故でもあったのかと心配でなりません」
「事故にせよ、寄り道にせよ、遅刻していることに変わりはありません」
「寄り道ですって?」
裁判官は私の言葉を信じてない。いやそもそも、中立の立場であるはずの人間から、被告の言葉を一蹴するような皮肉が出ること事態がおかしい。
――この裁判官たちは、原告に買収されている?
恐ろしい考えが頭をよぎる。正しい段取りを無視して裁判が進んでいるのが何よりの証拠ではないのか。
――そうだとしても、私は無実を主張するまでよ。
「私の主人は時間を厳守する司祭です。こちらでは計り知れない事情があって、到着が遅れているのでしょう」
「なるほど。けれども我が国の裁判において、遅刻は厳禁ですよ。現状では、貴女の首吊りの現場を証明することは出来ませんね」
裁判官の言葉が胸に突き刺さる。
「裁判長、被告に質問をしてもよろしいでしょうか」
原告の弁護士が挙手した。
裁判長が許可すると、原告の弁護士は席を立ち、私と目を合わせた。
「ミミさん、貴女の目的は復讐でしょう?」
否定できず私が沈黙していると、弁護士は裁判長の方を向いた。
「世間から憐憫の情を寄せられることを期待して、首吊りの演技をした。気絶をした振りをして、病院に運ばれ、遺書を公表したのでしょう」
――演技で首吊りをした、ですって? 命をかけてそんな器用なことできるか!
「いいえ。演技ではなく、本当に自裁に臨みました」
「でも証拠も証人も、貴女は何一つお持ちではない。本日は手ぶらで法廷へ来たようですし」
傍聴席からドッと笑い声が起こった。裁判長と裁判官も笑いを偲ばせている。本来、閑静であるべき法廷から秩序が失われていた。
「もう一つ質問があります」
弁護士は書類の一つに目を落とし、にやりとした。
「貴女はダーシー様の交際経験に触れていましたね。ダーシー様は否定されていますよ。そうですよね?」
チャールズの隣で、ダーシーは目を潤ませ「はい」と弱々しく肯いた。
「私が愛しているのは殿下だけです。きっとミミは、私達に嫉妬して、そのようなことを」
――嫉妬? 私が? 冗談はやめて!
「ダーシーの過去の交際相手について、お名前を挙げることは出来ますよ」
ダーシーの眉がぴくりとはね上がる。
貴女が一番言われたくないことだと思ったわ。
「証拠はあるのですか?」
原告の弁護士は冷たい表情で言い放った。
「あります。夫と共に馬車に同乗した弁護士が、証拠書類を持参する予定でした」
「ほう。どちらが真実か見比べたいところですが、貴女は身一つのようなので、私から先にご提出します」
弁護士は書類を裁判官へ渡した。
「チャールズ殿下と婚約期間中、被告が密会を重ねていた不義相手の証言です。名前は、アダム・アマン」
――わ……私が……あの不細工と付き合っていたですって!
アダムはお金持ちを鼻にかけており、社交場での態度が大きく、自尊心は山より高い。
――密会していたのはダーシー! あの女の好みと一緒にしないで!
アダムに限らず、ダーシーの元交際相手はいずれも「馬鹿・不細工・性格ブス」の三拍子を叩いていた。
――例の賄賂は口封じだけじゃなかったのね。
アルが記者から仕入れた情報の一つ。ダーシーが過去の恋愛遍歴を隠す為、賄賂を渡した相手の一人が、元交際相手のアダムだった。金に物を言わせて大嘘を吐かせるとは思わなかったけど。
「婚約破棄の一ヶ月前、アマン家の茶会に、貴女は参加しましたね。そして図書室で、アダム氏と密会していたそうですが?」
原告の弁護士が、にやにやしながら訊ねた。
「いいえ、私は庭にいました」
他の招待客の自慢話に疲れ、庭の長椅子で本を読んでいただけだ。
「アダム氏はそうはおっしゃっていませんでしたよ」
「ちょっと待ってください。そのアダム氏は今日この場にいないではないですか!」
「アダム氏は事情がありいらしていませんが、貴女と彼の図書室でのやり取りについて詳細をうかがっております」
「捏造も甚だしい」
私はたまらずダーシーを睨んだ。
「アダム氏と密会を重ねていたのは、ダーシーです!」
人々の視線が一斉にダーシーに向けられた。
【つづく】
法廷が途端に五月蠅くなった。
「被告は証言台へ」
「えっ」
「ご移動を願います」
――いきなり、当事者尋問?
こんなに早く証言台への登壇を促されるとは思わなかった。ロビンさんから事前に聞いていた、通常の裁判の進行よりも些か早く、順序が違う。
――できるだけ早く、私を追い詰めようとしているのでは?
誰もこの異様な進行を咎めないことに違和感が募る。法廷にいる全員が私の敵なのではないか。胸いっぱいに脹らんだ不安をぎゅっと小さくして、私は証言台へ移動した。
「そもそも、貴女が自裁に臨んだ証拠はあるのですか?」
裁判官の一人が私へ問いかけてきた。
「私の主人が見ていました。病院の医師の診断もあります。それと……」
私は襟を少し下げた。
「この首の痣が証拠です」
首縄の痕は、まだ微かに残っている。鏡を見る度にいつも悲しい気持ちになった。
「主人だけでなく、私が病院に運ばれるのを親戚の司書が目撃していました。自裁場所に選んだ書庫に入る姿を、衛兵も確認しています」
「その目撃者は今どこに? 親戚の司書も衛兵も、首吊りを目撃した貴女のご主人さえ法廷にいないではないですか、ミミ・リンドバーグ」
裁判官の問いかけが胸に痛い。
「主人は別の馬車で裁判所へ向かうはずでした。到着が大変遅れており、もしや事故でもあったのかと心配でなりません」
「事故にせよ、寄り道にせよ、遅刻していることに変わりはありません」
「寄り道ですって?」
裁判官は私の言葉を信じてない。いやそもそも、中立の立場であるはずの人間から、被告の言葉を一蹴するような皮肉が出ること事態がおかしい。
――この裁判官たちは、原告に買収されている?
恐ろしい考えが頭をよぎる。正しい段取りを無視して裁判が進んでいるのが何よりの証拠ではないのか。
――そうだとしても、私は無実を主張するまでよ。
「私の主人は時間を厳守する司祭です。こちらでは計り知れない事情があって、到着が遅れているのでしょう」
「なるほど。けれども我が国の裁判において、遅刻は厳禁ですよ。現状では、貴女の首吊りの現場を証明することは出来ませんね」
裁判官の言葉が胸に突き刺さる。
「裁判長、被告に質問をしてもよろしいでしょうか」
原告の弁護士が挙手した。
裁判長が許可すると、原告の弁護士は席を立ち、私と目を合わせた。
「ミミさん、貴女の目的は復讐でしょう?」
否定できず私が沈黙していると、弁護士は裁判長の方を向いた。
「世間から憐憫の情を寄せられることを期待して、首吊りの演技をした。気絶をした振りをして、病院に運ばれ、遺書を公表したのでしょう」
――演技で首吊りをした、ですって? 命をかけてそんな器用なことできるか!
「いいえ。演技ではなく、本当に自裁に臨みました」
「でも証拠も証人も、貴女は何一つお持ちではない。本日は手ぶらで法廷へ来たようですし」
傍聴席からドッと笑い声が起こった。裁判長と裁判官も笑いを偲ばせている。本来、閑静であるべき法廷から秩序が失われていた。
「もう一つ質問があります」
弁護士は書類の一つに目を落とし、にやりとした。
「貴女はダーシー様の交際経験に触れていましたね。ダーシー様は否定されていますよ。そうですよね?」
チャールズの隣で、ダーシーは目を潤ませ「はい」と弱々しく肯いた。
「私が愛しているのは殿下だけです。きっとミミは、私達に嫉妬して、そのようなことを」
――嫉妬? 私が? 冗談はやめて!
「ダーシーの過去の交際相手について、お名前を挙げることは出来ますよ」
ダーシーの眉がぴくりとはね上がる。
貴女が一番言われたくないことだと思ったわ。
「証拠はあるのですか?」
原告の弁護士は冷たい表情で言い放った。
「あります。夫と共に馬車に同乗した弁護士が、証拠書類を持参する予定でした」
「ほう。どちらが真実か見比べたいところですが、貴女は身一つのようなので、私から先にご提出します」
弁護士は書類を裁判官へ渡した。
「チャールズ殿下と婚約期間中、被告が密会を重ねていた不義相手の証言です。名前は、アダム・アマン」
――わ……私が……あの不細工と付き合っていたですって!
アダムはお金持ちを鼻にかけており、社交場での態度が大きく、自尊心は山より高い。
――密会していたのはダーシー! あの女の好みと一緒にしないで!
アダムに限らず、ダーシーの元交際相手はいずれも「馬鹿・不細工・性格ブス」の三拍子を叩いていた。
――例の賄賂は口封じだけじゃなかったのね。
アルが記者から仕入れた情報の一つ。ダーシーが過去の恋愛遍歴を隠す為、賄賂を渡した相手の一人が、元交際相手のアダムだった。金に物を言わせて大嘘を吐かせるとは思わなかったけど。
「婚約破棄の一ヶ月前、アマン家の茶会に、貴女は参加しましたね。そして図書室で、アダム氏と密会していたそうですが?」
原告の弁護士が、にやにやしながら訊ねた。
「いいえ、私は庭にいました」
他の招待客の自慢話に疲れ、庭の長椅子で本を読んでいただけだ。
「アダム氏はそうはおっしゃっていませんでしたよ」
「ちょっと待ってください。そのアダム氏は今日この場にいないではないですか!」
「アダム氏は事情がありいらしていませんが、貴女と彼の図書室でのやり取りについて詳細をうかがっております」
「捏造も甚だしい」
私はたまらずダーシーを睨んだ。
「アダム氏と密会を重ねていたのは、ダーシーです!」
人々の視線が一斉にダーシーに向けられた。
【つづく】
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