【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-5 ★ 巻物のような嘘八百
法廷はお化けが出てもおかしくないくらい薄暗い場所だ。壁の高いところに採光用の窓がいくつか並んでいたが、風の通りは無い。ここで名誉を立てた人もいるだろうが、泣いた者も数知れない。念が染みついているのだろう。
裁判官二名と裁判長は、死神のような黒い長衣を纏っている。裁判官の一段下の席に座る書記官はお通夜のような表情の男性だ。法廷右端の廷吏の席には……。
――なんでシモンが座っているのよ!
廷吏こと事務官は、なんと執行官シモンだ。どうやら様々な役職を兼任しているらしい。王立裁判所が人手不足とは思えないけれど。この人の面をした悪魔、吐き気がする。
被告の私は裁判長向かって右側の席、原告のチャールズ、ダーシー、弁護士は左側の席に並んで腰掛けた。双方の席は相対するように設けられている。昨夜ロビン弁護士に聞いた通りだ。ヴェルノーン王国の民事裁判の法廷は大体このような形だという。民事と刑事では法廷の席の位置が違うとも教えてくれた。
法廷中央には証言台がある。そこに立つ自分の姿を想像していると、傍聴席から大きな話し声が聞こえてきた。
「見ろ。被告のミミだけだぞ」
「弁護士がいないようだ」
「キャベンディッシュ夫妻が控え室で倒れたらしい」
「疲労が祟ったんだろう」
「まぁ、親不孝な娘さんだこと」
――倒れたのは疲労じゃなくて、薬よ、薬!
傍聴席にいるのは王族や貴族ばかりだ。
――空席がかなりある。やっぱり変だ。
表に詰めかけていた記者たちは「席が取れなかった」と言っていたのに。
「答弁書を提出せず、弁護士も連れずに本人訴訟とはな」
「夫のリンドバーグ司祭は、欠席か?」
裁判官二人まで陰口を叩き出す。
「新聞で仲睦まじげに書かれていたが、妻の訴訟に顔も見せないとは。呆れましたな」
裁判長の「呆れた」という言葉で怒りが爆発しそうだ。自分が後ろ指を指されるよりも、アルフレッドに批難が向けられるのが辛くてたまらない。
――アル……アル。一体何があったの?
無事の到着を祈りながら待ったが。
「開廷時刻となりました。一同ご起立をお願いします」
廷吏を務めるシモン・コスネキンの号令に合わせ、その場にいた全員が起立し、一礼した。
「原告は訴状の陳述を行いますか?」
裁判長が訊ねると、チャールズとダーシーの弁護士が「はい」と肯き、席を立った。
「被告はチャールズ殿下と婚約期間中、殿下の資金を私的に流用し、自身の宝飾品の費用に充てました。また殿下の権威を損なうような根拠無き噂を流布する一方で、他の男性と密かに逢い引きを重ねておりました。さらに……」
――なんて長い嘘八百! 巻物か! しかも全部読み上げるんかい。
法廷は口頭主義だが、提出書類が重要視される。昨夜ロビン弁護士は、裁判の大まかな流れと段取りを私に教えてくれた。訴状の読み上げは「通常無い」と聞いていたが、省略どころか全文朗読されているし、聴衆の感情に訴えるような脚色も多い。
「被告は王立図書館の書庫で自裁を図り、その当日に【遺書】を国中の公共機関、出版社に送達。チャールズ殿下ならびに婚約者ダーシー様に多大な風評被害をもたらしました。国民から理不尽な声をかけられることも多く、お二人は心身を疲弊されておいでです。現在は医師の診断と施療を受けております」
――出たわね、医者の裏付け。
医者の診断書と、施療記録というのは、案外大きな効果があるということを私は知っている。
――こういう時に、ヤブ医者が儲かるのよね。悪魔に魂売っちゃって。
「チャールズ殿下、婚約者ダーシー様への名誉毀損、精神的損害への慰謝料を請求します」
――私を自裁に追い込んだ加害者に、法廷で慰謝料を請求されるとは想像していなかった。こいつらは本当に悪魔だ!
「被告。貴女からは答弁書の提出がされておりませんね」
裁判長は呆れたような口調だ。
「被告は陳述できますか?」
――できますか? 馬鹿にしないで。
私は「陳述致します」と席を立った。
「原告の訴えを私は認めません。私への根拠無き風評は全て、原告の作り上げた嘘です。私は原告の加害行動により、精神的損害を被り、自裁に臨みました。命を軽んじた行為は過ちでしたが、遺書は無実を訴える為に公表したものです。真実のみを告げています」
法廷のすみずみまで私の主張が届くよう、堂々と声を張り上げた。
【つづく】
裁判官二名と裁判長は、死神のような黒い長衣を纏っている。裁判官の一段下の席に座る書記官はお通夜のような表情の男性だ。法廷右端の廷吏の席には……。
――なんでシモンが座っているのよ!
廷吏こと事務官は、なんと執行官シモンだ。どうやら様々な役職を兼任しているらしい。王立裁判所が人手不足とは思えないけれど。この人の面をした悪魔、吐き気がする。
被告の私は裁判長向かって右側の席、原告のチャールズ、ダーシー、弁護士は左側の席に並んで腰掛けた。双方の席は相対するように設けられている。昨夜ロビン弁護士に聞いた通りだ。ヴェルノーン王国の民事裁判の法廷は大体このような形だという。民事と刑事では法廷の席の位置が違うとも教えてくれた。
法廷中央には証言台がある。そこに立つ自分の姿を想像していると、傍聴席から大きな話し声が聞こえてきた。
「見ろ。被告のミミだけだぞ」
「弁護士がいないようだ」
「キャベンディッシュ夫妻が控え室で倒れたらしい」
「疲労が祟ったんだろう」
「まぁ、親不孝な娘さんだこと」
――倒れたのは疲労じゃなくて、薬よ、薬!
傍聴席にいるのは王族や貴族ばかりだ。
――空席がかなりある。やっぱり変だ。
表に詰めかけていた記者たちは「席が取れなかった」と言っていたのに。
「答弁書を提出せず、弁護士も連れずに本人訴訟とはな」
「夫のリンドバーグ司祭は、欠席か?」
裁判官二人まで陰口を叩き出す。
「新聞で仲睦まじげに書かれていたが、妻の訴訟に顔も見せないとは。呆れましたな」
裁判長の「呆れた」という言葉で怒りが爆発しそうだ。自分が後ろ指を指されるよりも、アルフレッドに批難が向けられるのが辛くてたまらない。
――アル……アル。一体何があったの?
無事の到着を祈りながら待ったが。
「開廷時刻となりました。一同ご起立をお願いします」
廷吏を務めるシモン・コスネキンの号令に合わせ、その場にいた全員が起立し、一礼した。
「原告は訴状の陳述を行いますか?」
裁判長が訊ねると、チャールズとダーシーの弁護士が「はい」と肯き、席を立った。
「被告はチャールズ殿下と婚約期間中、殿下の資金を私的に流用し、自身の宝飾品の費用に充てました。また殿下の権威を損なうような根拠無き噂を流布する一方で、他の男性と密かに逢い引きを重ねておりました。さらに……」
――なんて長い嘘八百! 巻物か! しかも全部読み上げるんかい。
法廷は口頭主義だが、提出書類が重要視される。昨夜ロビン弁護士は、裁判の大まかな流れと段取りを私に教えてくれた。訴状の読み上げは「通常無い」と聞いていたが、省略どころか全文朗読されているし、聴衆の感情に訴えるような脚色も多い。
「被告は王立図書館の書庫で自裁を図り、その当日に【遺書】を国中の公共機関、出版社に送達。チャールズ殿下ならびに婚約者ダーシー様に多大な風評被害をもたらしました。国民から理不尽な声をかけられることも多く、お二人は心身を疲弊されておいでです。現在は医師の診断と施療を受けております」
――出たわね、医者の裏付け。
医者の診断書と、施療記録というのは、案外大きな効果があるということを私は知っている。
――こういう時に、ヤブ医者が儲かるのよね。悪魔に魂売っちゃって。
「チャールズ殿下、婚約者ダーシー様への名誉毀損、精神的損害への慰謝料を請求します」
――私を自裁に追い込んだ加害者に、法廷で慰謝料を請求されるとは想像していなかった。こいつらは本当に悪魔だ!
「被告。貴女からは答弁書の提出がされておりませんね」
裁判長は呆れたような口調だ。
「被告は陳述できますか?」
――できますか? 馬鹿にしないで。
私は「陳述致します」と席を立った。
「原告の訴えを私は認めません。私への根拠無き風評は全て、原告の作り上げた嘘です。私は原告の加害行動により、精神的損害を被り、自裁に臨みました。命を軽んじた行為は過ちでしたが、遺書は無実を訴える為に公表したものです。真実のみを告げています」
法廷のすみずみまで私の主張が届くよう、堂々と声を張り上げた。
【つづく】
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