【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-4 ★ 世の中には広めてはいけない民間伝承がある
「アラベラ?」
彼女は深々と私へ一礼した。
「一体どうされたの、ここまでお一人で?」
「母と一緒に来ました。此度の裁判で、父がミミさんの弁護をすると聞き……」
弁護という言葉を聞くなり、記者達はアラベラの写真を撮る。
「弁護士の娘だ!」
「今のお気持ちを一言!」
「ミミさんとはお友達なのですか!」
途端にアラベラは怯えた表情になった。このように記者の関心の的になったことが無いのだろう。目立ちたがり屋なのかと思ったが案外そうではないらしい。
「アラベラ! 奥様!」
アラベラの母、マチルダ夫人が裁判所の受付から駆けてきた。
「お母様、席は取れた?」
アラベラの問いに、マチルダ夫人は首を横に振った。
「傍聴席に空きは無いそうなの……」
「いや、席はあるはずなんですよ、奥さん!」
ある記者の男性が、突然声を上げた。
「俺達も席が取れないんですよ」
「十分に席はあるはずなんだ。俺はここでの裁判を何回と傍聴しましたから」
「王室贔屓の記者と、裁判を記録する絵師は通されていたよ!」
「一般の傍聴希望者はことごとく却下されているんだ!」
記者達は口々に不満を唱える。
「作為を感じる裁判ですわ。うちの主人だけで奥様を守れるのかしら」
「そのことなのですが……ロビンさんは、まだみえていないのです」
「えっ、なんですって!」
  私はこれまでの経緯を手短に告げた。馬車に分乗したことや、両親と女中が倒れたことを。記者たちも私の話に聞き入っている。彼らと情報をやり取りしている間に、担架にのせられた両親達は道路を隔てたところにある王立病院の玄関をくぐった。
「申し訳ありませんが、私は倒れた家族のそばに付き添わなくては!」
「お待ちください、奥様!」
病院へ駆け出そうとした私をマチルダ夫人が止めた。
「開廷の正午まで時間がありません。無断欠席したら敗訴ですわ! 事情を説明して、開廷時刻の遅延を求めましょう」
――なるほど。私が一言もなしに法廷を去ったら、あちらの思うつぼだわ。
「表が騒がしいと思ってきてみれば。何を寝ぼけたことを」
正面玄関にシモンが仁王立ちし、嘲笑をくべていた。
アラベラが「あの男は誰ですか?」と訊ねたので、「悪魔よ。裁判所の執行官なの」と囁いた。
「残念ですが、開廷時刻の遅延はできませんよ」
シモンが冷たく吐き捨てる。
「私の家族が倒れたのですよ! 病院への付き添いの時間を……」
「例外は認められません」
怒りで拳が震えた。ああ、思い切り吹っ飛ばしてやりたい。
「この裁判はおかしいぞ」
「あまりに不公平だ」
記者から動揺と抗議の声が上がったが、シモンはどこ吹く風だ。
――この外道 ! 毒を盛った真犯人め!
廊下でシモンは「ご両親も待ちくたびれていることでしょう」と意味深な言葉を置いていった。あんたのせいで家族は重体よ! 人の命をなんだと思っているの。
「ご家族の命と、ご自分の名誉。貴女はどちらを選ぶのですか?」
今すぐ倒れた家族のそばへ走りたい。けれど裁判に出席しなければ、全てが水の泡。皆の想いや努力を裏切ってしまう。
「私は……」
「ミミさん。私がご家族のそばにつきますわ」
――えっ。アラベラ?
「ミミさんのご家族を狙う者がまだいるかもしれません。点滴薬から消毒薬まで怪しいものが処方されないか、私が確認します。薬については人並み以上に知識があるんです」
――そ、そうね。だってこの人、惚れ薬を作っていたし。
「ご家族の症状を見れば、どんな薬を盛られたかおおよその見当はつきますわ」
「本当ですか、アラベラさん!」
「心配なのは副作用です。私も……とある薬のせいで寝込んだばかりですわ」
「一体なんの薬です?」
「貴女もよく知る例の……。夜鍋して煮詰めたのが祟って」
――例の惚れ薬か。
ぐつぐつ煮立った大鍋をかき混ぜる、魔女のようなアラベラの姿が頭に浮かんだ。記者たちは「何の薬だろう」と首をかしげている。分からなくて良いのだ。世の中には広めてはいけない民間伝承がある。
「どんな薬にも副作用があります。お医者さんだって見過ごすくらいです。私がご家族のそばにいるので、お母様は裁判所の外で待機をして。司祭様とお父様が到着したら状況を伝えなければならないもの」
マチルダ夫人は「そうね、確かに」と娘の言うことに肯いた。私の考えが及ばないところまで配慮してくれるとは。
「お二人のご厚意に感謝します。どうか、どうかよろしくお願いします」
アラベラ、マチルダ夫人と握手を交わした。
――私の戦争の始まりだ。負けるものか!
シモンを睨み付け、裁判所の玄関をくぐった。
【つづく】
彼女は深々と私へ一礼した。
「一体どうされたの、ここまでお一人で?」
「母と一緒に来ました。此度の裁判で、父がミミさんの弁護をすると聞き……」
弁護という言葉を聞くなり、記者達はアラベラの写真を撮る。
「弁護士の娘だ!」
「今のお気持ちを一言!」
「ミミさんとはお友達なのですか!」
途端にアラベラは怯えた表情になった。このように記者の関心の的になったことが無いのだろう。目立ちたがり屋なのかと思ったが案外そうではないらしい。
「アラベラ! 奥様!」
アラベラの母、マチルダ夫人が裁判所の受付から駆けてきた。
「お母様、席は取れた?」
アラベラの問いに、マチルダ夫人は首を横に振った。
「傍聴席に空きは無いそうなの……」
「いや、席はあるはずなんですよ、奥さん!」
ある記者の男性が、突然声を上げた。
「俺達も席が取れないんですよ」
「十分に席はあるはずなんだ。俺はここでの裁判を何回と傍聴しましたから」
「王室贔屓の記者と、裁判を記録する絵師は通されていたよ!」
「一般の傍聴希望者はことごとく却下されているんだ!」
記者達は口々に不満を唱える。
「作為を感じる裁判ですわ。うちの主人だけで奥様を守れるのかしら」
「そのことなのですが……ロビンさんは、まだみえていないのです」
「えっ、なんですって!」
  私はこれまでの経緯を手短に告げた。馬車に分乗したことや、両親と女中が倒れたことを。記者たちも私の話に聞き入っている。彼らと情報をやり取りしている間に、担架にのせられた両親達は道路を隔てたところにある王立病院の玄関をくぐった。
「申し訳ありませんが、私は倒れた家族のそばに付き添わなくては!」
「お待ちください、奥様!」
病院へ駆け出そうとした私をマチルダ夫人が止めた。
「開廷の正午まで時間がありません。無断欠席したら敗訴ですわ! 事情を説明して、開廷時刻の遅延を求めましょう」
――なるほど。私が一言もなしに法廷を去ったら、あちらの思うつぼだわ。
「表が騒がしいと思ってきてみれば。何を寝ぼけたことを」
正面玄関にシモンが仁王立ちし、嘲笑をくべていた。
アラベラが「あの男は誰ですか?」と訊ねたので、「悪魔よ。裁判所の執行官なの」と囁いた。
「残念ですが、開廷時刻の遅延はできませんよ」
シモンが冷たく吐き捨てる。
「私の家族が倒れたのですよ! 病院への付き添いの時間を……」
「例外は認められません」
怒りで拳が震えた。ああ、思い切り吹っ飛ばしてやりたい。
「この裁判はおかしいぞ」
「あまりに不公平だ」
記者から動揺と抗議の声が上がったが、シモンはどこ吹く風だ。
――この外道 ! 毒を盛った真犯人め!
廊下でシモンは「ご両親も待ちくたびれていることでしょう」と意味深な言葉を置いていった。あんたのせいで家族は重体よ! 人の命をなんだと思っているの。
「ご家族の命と、ご自分の名誉。貴女はどちらを選ぶのですか?」
今すぐ倒れた家族のそばへ走りたい。けれど裁判に出席しなければ、全てが水の泡。皆の想いや努力を裏切ってしまう。
「私は……」
「ミミさん。私がご家族のそばにつきますわ」
――えっ。アラベラ?
「ミミさんのご家族を狙う者がまだいるかもしれません。点滴薬から消毒薬まで怪しいものが処方されないか、私が確認します。薬については人並み以上に知識があるんです」
――そ、そうね。だってこの人、惚れ薬を作っていたし。
「ご家族の症状を見れば、どんな薬を盛られたかおおよその見当はつきますわ」
「本当ですか、アラベラさん!」
「心配なのは副作用です。私も……とある薬のせいで寝込んだばかりですわ」
「一体なんの薬です?」
「貴女もよく知る例の……。夜鍋して煮詰めたのが祟って」
――例の惚れ薬か。
ぐつぐつ煮立った大鍋をかき混ぜる、魔女のようなアラベラの姿が頭に浮かんだ。記者たちは「何の薬だろう」と首をかしげている。分からなくて良いのだ。世の中には広めてはいけない民間伝承がある。
「どんな薬にも副作用があります。お医者さんだって見過ごすくらいです。私がご家族のそばにいるので、お母様は裁判所の外で待機をして。司祭様とお父様が到着したら状況を伝えなければならないもの」
マチルダ夫人は「そうね、確かに」と娘の言うことに肯いた。私の考えが及ばないところまで配慮してくれるとは。
「お二人のご厚意に感謝します。どうか、どうかよろしくお願いします」
アラベラ、マチルダ夫人と握手を交わした。
――私の戦争の始まりだ。負けるものか!
シモンを睨み付け、裁判所の玄関をくぐった。
【つづく】
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