【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-3 ★ 貴方が裏切られる前に
「お父様! お母様! オパール!」
両親は長椅子に寄りかかり、ぐったりと横たわっていた。女中のオパールは椅子から転げ落ち、仰向けに倒れている。三人のそばには茶器が砕けており、牛乳の混ざった黄土色の液体が飛び散っていた。
「一体どうして? 何があったの!」
倒れた三人に屈み、呼びかける。呼吸と脈はあるようだが意識が無い。
「誰か、誰か!」
私は控え室を飛び出すと、近くにいた衛兵を呼んだ。
「お医者様を! 早く病院へ。早く!」
衛兵がすぐに仲間を集める。両親とオパールは担架にのせられた。
「発見時は、どのような状況でしたか?」
「私が控え室に戻ってきたら、全員気絶していました。原因があるとしたら……」
床に零れた紅茶と、割れた茶器を見下ろした。
「貴女は紅茶を飲んでいないのですか?」
「ええ。控え室を出ていましたから」
――変だわ。茶葉や茶器はオパールが実家から持ってきたもののはず。考えられるとしたら。
オパールが台所からもらった、お湯と牛乳だ。
――まさか薬を盛られたとか?
オパールは台所で職員から私の様子を探られたと話していた。彼女が目を離したすきに、お湯の器か牛乳に何か入れられたのではないか。他に考えられない。
「ご家族と女中の方は、王立病院へ運びます。この様子から察するに、急性の食中毒ではないかと思いますが」
――食中毒ですって?
私は薬を盛られたのではないかと考えたのに「食中毒」と断定する衛兵に違和感を覚えた。
担架にのせられた三人が控え室から運ばれていく。先程の衛兵が「こっちだ」と裁判所の裏口へ案内しようとしたので、彼の進行方向に立ち塞がった。
「お待ちなさい。なぜ裏口から出ようとするのです?」
「表には、貴女の裁判を取材する記者が大勢いますので。見世物になってしまいますよ」
――見世物ですって? 他人の親に対して、なんて言葉を使うの!
「人命がかかっています。記者に道を空けさせなさい」
「ですが、裏口ならば人だかりがいませんので、すぐにお通しできますよ」
「裏口からでは病院へ遠回りになります。王立病院は、裁判所の目と鼻の先ではないですか。表から出なさい」
衛兵はギリッと両の歯を噛みしめた。
「貴女の指示に従う義理は、我々にはありません」
「無いでしょうね。私は王子の元婚約者です」
もう貴族の令嬢ではない。
何の権限も持たない、司祭の妻だ。
「私の家族の命がかかっているんです!」
――この世界の誰よりも干渉する権利があるわ。
「裏口から出ることで、裁判所で私の両親が倒れたことを秘密になさりたいの? まさか貴方が紅茶に薬を盛ったんですか!」
「ま、まさか、そんなこと!」
「裏口から私の家族を運び出せば、貴方の名前は必ず世間に出ますよ。裏口に記者が一人もいないと思って?」
  衛兵の目に焦りの色が浮かんだ。
「記者もとより民の目を意識すればこそ、表から出なさい。裏を通れと指示した人に、貴方が裏切られる前に、さあ!」
衛兵は、ごくりと喉を鳴らすと、
「は、はい。承知しました」
方向を転換し、表玄関へ向かった。
担架にのせられた両親とオパールが裁判所の玄関に現れると、写真機の閃光が一斉に焚かれた。
――見世物か。この状況は確かに。
けれども裁判所で誰かに「薬」を盛られたことは世間に明るみに出る。
「ミミさん、ご両親はどうされたのですか」
正面玄関に屯していた二十名弱の記者が私を取り囲む。
「私が席を外している間に、控え室で倒れたんです。何者かに薬を盛られたようですわ」
「なんだって!」
「詳しく聞かせてください!」
記者達は一斉に質問を浴びせかけた。我慢だ。今は彼らを利用するのだ。
「ミミさん! ミミさん!」
記者の中から小さな女性の声が聞こえた。
誰かが背伸びをしながら手を振っている。
――見間違えでなければ今のは。
私は「通して! 道を空けてください!」と記者をかきわけた。
「アラベラ?」
彼女は深々と私へ一礼した。
【つづく】
両親は長椅子に寄りかかり、ぐったりと横たわっていた。女中のオパールは椅子から転げ落ち、仰向けに倒れている。三人のそばには茶器が砕けており、牛乳の混ざった黄土色の液体が飛び散っていた。
「一体どうして? 何があったの!」
倒れた三人に屈み、呼びかける。呼吸と脈はあるようだが意識が無い。
「誰か、誰か!」
私は控え室を飛び出すと、近くにいた衛兵を呼んだ。
「お医者様を! 早く病院へ。早く!」
衛兵がすぐに仲間を集める。両親とオパールは担架にのせられた。
「発見時は、どのような状況でしたか?」
「私が控え室に戻ってきたら、全員気絶していました。原因があるとしたら……」
床に零れた紅茶と、割れた茶器を見下ろした。
「貴女は紅茶を飲んでいないのですか?」
「ええ。控え室を出ていましたから」
――変だわ。茶葉や茶器はオパールが実家から持ってきたもののはず。考えられるとしたら。
オパールが台所からもらった、お湯と牛乳だ。
――まさか薬を盛られたとか?
オパールは台所で職員から私の様子を探られたと話していた。彼女が目を離したすきに、お湯の器か牛乳に何か入れられたのではないか。他に考えられない。
「ご家族と女中の方は、王立病院へ運びます。この様子から察するに、急性の食中毒ではないかと思いますが」
――食中毒ですって?
私は薬を盛られたのではないかと考えたのに「食中毒」と断定する衛兵に違和感を覚えた。
担架にのせられた三人が控え室から運ばれていく。先程の衛兵が「こっちだ」と裁判所の裏口へ案内しようとしたので、彼の進行方向に立ち塞がった。
「お待ちなさい。なぜ裏口から出ようとするのです?」
「表には、貴女の裁判を取材する記者が大勢いますので。見世物になってしまいますよ」
――見世物ですって? 他人の親に対して、なんて言葉を使うの!
「人命がかかっています。記者に道を空けさせなさい」
「ですが、裏口ならば人だかりがいませんので、すぐにお通しできますよ」
「裏口からでは病院へ遠回りになります。王立病院は、裁判所の目と鼻の先ではないですか。表から出なさい」
衛兵はギリッと両の歯を噛みしめた。
「貴女の指示に従う義理は、我々にはありません」
「無いでしょうね。私は王子の元婚約者です」
もう貴族の令嬢ではない。
何の権限も持たない、司祭の妻だ。
「私の家族の命がかかっているんです!」
――この世界の誰よりも干渉する権利があるわ。
「裏口から出ることで、裁判所で私の両親が倒れたことを秘密になさりたいの? まさか貴方が紅茶に薬を盛ったんですか!」
「ま、まさか、そんなこと!」
「裏口から私の家族を運び出せば、貴方の名前は必ず世間に出ますよ。裏口に記者が一人もいないと思って?」
  衛兵の目に焦りの色が浮かんだ。
「記者もとより民の目を意識すればこそ、表から出なさい。裏を通れと指示した人に、貴方が裏切られる前に、さあ!」
衛兵は、ごくりと喉を鳴らすと、
「は、はい。承知しました」
方向を転換し、表玄関へ向かった。
担架にのせられた両親とオパールが裁判所の玄関に現れると、写真機の閃光が一斉に焚かれた。
――見世物か。この状況は確かに。
けれども裁判所で誰かに「薬」を盛られたことは世間に明るみに出る。
「ミミさん、ご両親はどうされたのですか」
正面玄関に屯していた二十名弱の記者が私を取り囲む。
「私が席を外している間に、控え室で倒れたんです。何者かに薬を盛られたようですわ」
「なんだって!」
「詳しく聞かせてください!」
記者達は一斉に質問を浴びせかけた。我慢だ。今は彼らを利用するのだ。
「ミミさん! ミミさん!」
記者の中から小さな女性の声が聞こえた。
誰かが背伸びをしながら手を振っている。
――見間違えでなければ今のは。
私は「通して! 道を空けてください!」と記者をかきわけた。
「アラベラ?」
彼女は深々と私へ一礼した。
【つづく】
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