【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

7-3 ★ もう一つの顔

 明日の裁判の準備が夜を徹して大急ぎで進められた。
 ロビン弁護士を中心に、俺、ミミ、キャベンディッシュ夫妻、ナンシーは提出予定の証拠へ一つ一つ目を通していく。まず一番に確認しなければならないのは「お金」に関する疑惑だ。チャールズ殿下はミミが王室のお金に手をつけたと言ったが、そんな痕跡は一切見つからなかった。

「まことに奇妙ですね。ミミ様が手をつけた証拠もなく、資金の出し入れには何の落ち度も無いように見える。経費の勘定科目かんじょうかもくと照らし合わせてみましたが、正しく処理されていますし、逸脱いつだつした金額も見当たりません」

 ロビン弁護士は別の書類の束を引き寄せ、見比べた。この分厚い資料を読み込んでくれた彼には感謝の念がつのる。

「これだけ証拠が揃えば、王子がミミにかけた冤罪えんざいを晴らすことができるでしょうか、ロビンさん」

 キャベンディッシュ夫人が訊ねた。

「ええ。資金流用の嫌疑けんぎについてはこれで十分です。ただし、司祭様のお知り合いが集めてくださった、前任秘書の会計資料は現段階では裁判に提出できません」

 ザックが秘密裏にかきあつめてくれた前任秘書シモンの会計資料は、正式な情報照会を経ていないからだ。

「キャベンディッシュ家の前任弁護士が収集した、王立銀行の取引記録があれば十分です」

 弁護士会照会を経て情報開示を申請しても、顧客情報の提出に難色を示す機関は多いが、王立銀行に勤めていたキャベンディッシュの親族が此度こたびの件では尽力じんりょくしてくださった。

「証拠は勿論もちろんのこと、司祭様の用意してくださった反証の下書きが素晴らしいので。これを裁判で用いても構いませんか」

「活用してください。文言が曖昧あいまいなところは、専門的な用語に変換していただいて結構です」

「ありがとうございます。本当に皆さんでミミ様の為に動いていらっしゃったのですね。お亡くなりになられたという前任弁護士も、証拠の収集に相当にご精励せいれいされたようだ」

「はい、それはもう。けれども心臓を悪くされていて。突然病状が悪化したのです。私たちのあずかり知らぬところで、悪魔が故人へ手を伸ばしたような気もしますわ」

 真っ青な夫人の手を、ご主人が安心させるように握る。おそらく二人とも身の危険を感じていたのだろう。

「他に何か、裁判に必要なことや、気になる点はございませんか」

 キャベンディッシュ卿はロビン弁護士の目をまっすぐ見て訊ねた。

「ミミ様の無実を晴らすには十分ですが、一つ分からないことがあるのです。ミミ様が王室のお金に手をつけたという、根拠のないうわさ出所でどころです」

 ――火の無いところに煙は立たない。ミミでない第三者が手を出したのではないか。

「チャールズ殿下の公務に関わる経費諸々。資金の出し入れに直接関わったのは、シモン・コスネキンという前任秘書。この男が裁判所の執行官に異動をし、ミミ様を法廷に立たせるために様々な工作をしたのでしたね」

 ロビン弁護士は手帳を開いた。聞いたことはその場で記録を取り、内容をまとめて、その都度つど確認をとる。とても仕事真面目な人だ。

「殿下の資金の出し入れに直接関わっていた秘書が〝王室のお金にミミ様が手をつけた〟などとみずから口にはしないでしょう。シモン氏自身も管理責任かんりせきにんを問われますからね」

 ロビン弁護士の鋭い洞察に感嘆するばかりである。この人に頼んで良かった。

「誰かがシモン氏の不正を明るみにしようとしたので焦った。もしくはシモン氏は弱みを握られ、誰かの指示でミミ様に冤罪えんざいを着せようと動いているのではないですか」

 証拠へもう一度目を通したロビン弁護士は眉間に手をあてた。

「何度見ても、ここに集められた記録に表面上の問題は無い。綺麗きれい過ぎるくらい整っています」

「見た目では分からない問題があるということですか?」

 ナンシーが問うと、ロビン弁護士は肯いた。

「ザックさんが集めたシモン氏の会計資料を、裁判所の調査嘱託ちょうさしょくたくを通して請求し、税理に詳しい者の意見をうかがいましょう。その間にシモン氏が何かしでかさないと良いのですが。ミミ様の受領署名を偽造したように、会計資料が改竄かいざんされないか心配です」

「そのためにザックがいます。彼は信頼できる男です。会計資料の一切は彼が目の届くところに保管したそうです」

「それを聞いて安心しました。そういえば司祭様とザックさんはどういうご関係なのですか?」

「神学校時代の旧友です」

 ザックとは同じ乗馬倶楽部の所属だった。彼は練習をさぼって、木陰でいつも本を読んでいたけれど。

 ある時「馬に乗らないのか」と訊ねると、ザックは「自分は乗馬を見るのが専門だ」と答えた。「君が見ているのは本だろう」とツッコミを入れたら、無愛想な彼は「そうとも言う」と少しだけ笑った。ザックと話す機会は増え、次第に気心の知れた間柄となった。彼は、今回の事件の黒幕をこのように指摘した。

「ザックは、シモンの裏に、ダーシー・ハーパーの存在を示唆しさしていました」

 ロビン弁護士はミミの遺書の写しを出し、ダーシーのところを指でなぞった。

「ダーシー・ハーパーの恋愛遍歴の件ですが、ミミ様はチャールズ殿下が六番目だとおっしゃっていますね。過去の五人のお名前をあげることはできますか」

「それはこちらに」

 俺は写真と名前の載った書類挟みを丸ごとロビン弁護士に手渡した。

「女性の恋愛をおおやけさらすのは、道徳的ではないかもしれません。だが、しかし」

 ミミは舞踏会で「他の男をたぶらかし、王子に不義を働いた悪女」と、大衆を前にあることないこと言いふらされ恥をかかされたのだ。

「妻の貞節ていせつが今も疑われているのに、正気でいられる旦那がこの世界のどこにいますか」
「ちょっと、アル。それだと私が現在進行形で浮気しているみたいよ?」
「君に限って、それは絶対に無い」

 断言できる。ミミは「ありがとう」と安堵の笑みを浮かべた。

「俺はミミを信じているのに周囲がうるさいから、ダーシー・ハーパーの恋愛遍歴について、うちに忍び込んだねずみ隅々すみずみまで調べてもらいました。証拠と裏付けもね」

「あの、ねずみとは? 何の比喩ひゆですか?」

 ロビンさんの問いに、俺とミミは視線を交わした。

「新聞や雑誌の記者ですよ。ミミは記者をしょっちゅうわなにはめて捕まえてくれたので、不法侵入と人権侵害で呵責かしゃくしつつ、彼らと交渉を重ねて情報を買いました。他者の恋を詮索せんさくするなら野卑やひな記者を頼るに限ります」

 調べれば調べるほど出てきたのだ。

「一番の特ダネは、ダーシー・ハーパーが口止め料に誰へ賄賂わいろを渡したか、です」

 ロビン弁護士、ミミのご両親、ナンシーの目が見開かれる。

 ――お金持ちのお嬢様は、やることが違うよ、まったく。

 同じように裕福な生まれでも、ミミとは大違いだ。

【つづく】

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