【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-8 ★ 愛娘の里帰り
結婚して初めての里帰りが「裁判を告げる為」というのは正直気が重い。
アルによると、両親は私の無実の証拠を集めてくれていたそうだ。私の里帰りに同行してくれたロビン弁護士は、両親から直接証拠について事情を聞く必要があった。なので正確には「両親に開廷を告げるため」だけでなく「裁判の準備の為に里帰り」ね。
――なによりも、私が謝罪と感謝を伝えたい。
これは私個人の通過儀礼だ。生まれた時から私を慈しみ育んでくれた二人と言葉を交わさずに、裁判所の門をくぐることは到底できなかった。
蜂蜜色の石垣に囲まれたお城のような実家が、夕焼け空の真ん中に浮かぶと、心臓が早鐘を打ち出した。開廷を知り両親の表情が悲しみに歪むのは想像に難くないが、一瞬でも「おかえり」と笑顔で私を出迎えてくれたら、きっとそれだけで罪の意識から救われる。
日没前、私、アル、ロビン、ナンシーの四人をのせた馬車が屋敷の玄関で停まった。
「おや、お嬢様。お帰りなさいませ! 司祭様もご一緒ですね。お久しぶりでございます」
出迎えた執事は、私たちを見るとにっこりとした。
「突然おうかがいして申し訳無い。ミミのご両親はご在宅ですか」
「はい、いらっしゃいます」
「良かった。もしもお二人が留守だったら、どうしようかと。今すぐにお伝えせねばならないことがございます」
「承知致しました。ところで司祭様、そちらのお二方は?」
執事の視線は、アルと私の後方、ナンシーとロビン弁護士に留まっていた。
「私と妻の連れでございます」
「家政婦のナンシーです」
「弁護士のロビンと申します」
執事は「はじめまして」と二人と挨拶を交わした。
「皆様。ご夕食はとられましたか」
私は「まだよ」と答えた。皆、腹ぺこだ。
「急ぎ四人分のお食事を用意致しますね。料理長が喜びます」
「ありがとう。御者の方にも、お食事とお休みできる場所を準備して欲しいの。ここまで休みなく馬車を走らせてくださったわ。明日もお世話になるから」
御者は「お心遣い感謝します」と頭を下げた。感じが良く、礼儀正しい人だ。
「かしこまりました。馬車を移動しましょう。御者の方は私がご案内致します。オパールは皆様を応接間へお通しして」
玄関先に立っていた、女中のオパールが「はい」とにこやかに答えた。
「こちらへどうぞ」
私、アル、ナンシー、ロビン弁護士の四人は応接間へ入った。
――実家って意外に大きかったのねぇ。
婚約を破棄される前の私は、屋敷での生活に窮屈さを感じていた。この家を継ぐのは、父の弟の長子だ。一人っ子の私が王子の婚約者に選ばれた時に、内輪でそのように約束事をした。「この家は結局、従兄弟のものになる」と昔の私は思っていたので、私物は全て結婚までの借り物という気がして、与えられるものに感謝が足りなかった。
「どうぞ、おかけください」
女中のオパールが席を促したその時、応接間の扉が開いた。両親が「お帰りなさい」と笑顔で出迎えてくれたので、不安の半分がストンと音を立て足下に落ちた。
「お父様、お母様。ただいま帰りました」
「元気そうで安心したわ、ミミ。今日はいきなりどうしたの?」
「アルフレッドくんと、こちらのお二方はお客様かい?」
ロビン弁護士とナンシーが同時に頭を下げた。
「司祭様のお宅で家政婦として勤めています。ナンシー・シュタインです」
「娘がいつもお世話になっています」
「ありがとう、ナンシーさん。お会いできて嬉しいわ」
両親は、次にロビン弁護士へ視線を移した。
「弁護士のロビン・スチュワートです。この度、ミミ様の弁護を務めることとなりました」
「そうですか! よろしくお願いします、ロビンさん」
「心より感謝申し上げますわ」
挨拶を追えた私たちは応接間の三脚ある長椅子にそれぞれ腰掛けた。両親、私とアル、ナンシーとロビン弁護士。アルはこれまでの経緯を両親へ話して聞かせた。全ての事情を説明し終える頃には、すっかり日は落ちて、昨夜と同じ丸い月が浮かんでいた。
「なんて浅ましく愚かなんでしょう。チャールズ殿下と新しい婚約者は悪魔に魂を売ったのかしら」
母は憤りを露わにし、父は両の拳を膝の上で強く握った。
「ミミ、安心なさい。私たちがおまえを守るからね。それこそおまえが各所へ【抗議文】を出すと言った時から、準備をしていたんだ」
その【抗議文】が実は【遺書】だったことで、事は大きく二転三転した。
「お父様、お母様」
私は両親の前に跪いた。
「自裁に臨み、お二人からいただいた命を私の身勝手な行為で軽んじたこと、心より謝罪致します」
――謝罪をするってこんなに怖いことなのね。
「お二人の元に生まれたことを誇らしく尊く思います。親不孝な私の過ちをどうかお許しください」
顔を上げると、両親は涙に濡れた目を笑みに細めた。
「アルフレッドくんがおまえに諭してくれたのかい?」
父が厳かな声で訊ねた。
「はい。アルフレッドのおかげです」
「ありがとう、アルフレッドくん」
「ミミにとって、貴方以上の伴侶はいないわ」
アルは胸に手を添え、微笑んで頭を垂れた。
「ここにおかけなさい、ミミ」
母は、父との間に一人分の座れる場所をあけると、私を腰掛けさせた。
右手を父が、左手を母が握る。
「どんなにつらい時も人前で泣かないのが淑女だと、私は貴女に教えたわ。私たちにすら決して涙を見せない貴女が、自ら命を絶とうとした時、親として無力さを感じたの。貴女の涙を戒めたことを後悔しているわ」
「私たちがもっとおまえの気持ちに寄り添えていたら、自裁に臨むことは無かっただろう。おまえを悪く言う人は沢山いたけれど、誰よりもおまえを愛している私たちに気づいてくれてありがとう。自慢の娘だよ」
両親の手のぬくもりに包まれ、多幸感が満ちあふれた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
生きる喜びを、家族が教えてくれた。
――両親の愛に気づけたのは、里帰りを促してくれたアルのおかげだわ。
だがアルを見て、ドキリとした。
私たちを親子を見る彼の面持ちには隠しきれない哀愁が浮かんでいたからだ。
「王冠が重い。鳩だけで良いのに」
彼は意味深につぶやくと、襟につけた鳩と王冠の記章に触れた。
【7章につづく】
アルによると、両親は私の無実の証拠を集めてくれていたそうだ。私の里帰りに同行してくれたロビン弁護士は、両親から直接証拠について事情を聞く必要があった。なので正確には「両親に開廷を告げるため」だけでなく「裁判の準備の為に里帰り」ね。
――なによりも、私が謝罪と感謝を伝えたい。
これは私個人の通過儀礼だ。生まれた時から私を慈しみ育んでくれた二人と言葉を交わさずに、裁判所の門をくぐることは到底できなかった。
蜂蜜色の石垣に囲まれたお城のような実家が、夕焼け空の真ん中に浮かぶと、心臓が早鐘を打ち出した。開廷を知り両親の表情が悲しみに歪むのは想像に難くないが、一瞬でも「おかえり」と笑顔で私を出迎えてくれたら、きっとそれだけで罪の意識から救われる。
日没前、私、アル、ロビン、ナンシーの四人をのせた馬車が屋敷の玄関で停まった。
「おや、お嬢様。お帰りなさいませ! 司祭様もご一緒ですね。お久しぶりでございます」
出迎えた執事は、私たちを見るとにっこりとした。
「突然おうかがいして申し訳無い。ミミのご両親はご在宅ですか」
「はい、いらっしゃいます」
「良かった。もしもお二人が留守だったら、どうしようかと。今すぐにお伝えせねばならないことがございます」
「承知致しました。ところで司祭様、そちらのお二方は?」
執事の視線は、アルと私の後方、ナンシーとロビン弁護士に留まっていた。
「私と妻の連れでございます」
「家政婦のナンシーです」
「弁護士のロビンと申します」
執事は「はじめまして」と二人と挨拶を交わした。
「皆様。ご夕食はとられましたか」
私は「まだよ」と答えた。皆、腹ぺこだ。
「急ぎ四人分のお食事を用意致しますね。料理長が喜びます」
「ありがとう。御者の方にも、お食事とお休みできる場所を準備して欲しいの。ここまで休みなく馬車を走らせてくださったわ。明日もお世話になるから」
御者は「お心遣い感謝します」と頭を下げた。感じが良く、礼儀正しい人だ。
「かしこまりました。馬車を移動しましょう。御者の方は私がご案内致します。オパールは皆様を応接間へお通しして」
玄関先に立っていた、女中のオパールが「はい」とにこやかに答えた。
「こちらへどうぞ」
私、アル、ナンシー、ロビン弁護士の四人は応接間へ入った。
――実家って意外に大きかったのねぇ。
婚約を破棄される前の私は、屋敷での生活に窮屈さを感じていた。この家を継ぐのは、父の弟の長子だ。一人っ子の私が王子の婚約者に選ばれた時に、内輪でそのように約束事をした。「この家は結局、従兄弟のものになる」と昔の私は思っていたので、私物は全て結婚までの借り物という気がして、与えられるものに感謝が足りなかった。
「どうぞ、おかけください」
女中のオパールが席を促したその時、応接間の扉が開いた。両親が「お帰りなさい」と笑顔で出迎えてくれたので、不安の半分がストンと音を立て足下に落ちた。
「お父様、お母様。ただいま帰りました」
「元気そうで安心したわ、ミミ。今日はいきなりどうしたの?」
「アルフレッドくんと、こちらのお二方はお客様かい?」
ロビン弁護士とナンシーが同時に頭を下げた。
「司祭様のお宅で家政婦として勤めています。ナンシー・シュタインです」
「娘がいつもお世話になっています」
「ありがとう、ナンシーさん。お会いできて嬉しいわ」
両親は、次にロビン弁護士へ視線を移した。
「弁護士のロビン・スチュワートです。この度、ミミ様の弁護を務めることとなりました」
「そうですか! よろしくお願いします、ロビンさん」
「心より感謝申し上げますわ」
挨拶を追えた私たちは応接間の三脚ある長椅子にそれぞれ腰掛けた。両親、私とアル、ナンシーとロビン弁護士。アルはこれまでの経緯を両親へ話して聞かせた。全ての事情を説明し終える頃には、すっかり日は落ちて、昨夜と同じ丸い月が浮かんでいた。
「なんて浅ましく愚かなんでしょう。チャールズ殿下と新しい婚約者は悪魔に魂を売ったのかしら」
母は憤りを露わにし、父は両の拳を膝の上で強く握った。
「ミミ、安心なさい。私たちがおまえを守るからね。それこそおまえが各所へ【抗議文】を出すと言った時から、準備をしていたんだ」
その【抗議文】が実は【遺書】だったことで、事は大きく二転三転した。
「お父様、お母様」
私は両親の前に跪いた。
「自裁に臨み、お二人からいただいた命を私の身勝手な行為で軽んじたこと、心より謝罪致します」
――謝罪をするってこんなに怖いことなのね。
「お二人の元に生まれたことを誇らしく尊く思います。親不孝な私の過ちをどうかお許しください」
顔を上げると、両親は涙に濡れた目を笑みに細めた。
「アルフレッドくんがおまえに諭してくれたのかい?」
父が厳かな声で訊ねた。
「はい。アルフレッドのおかげです」
「ありがとう、アルフレッドくん」
「ミミにとって、貴方以上の伴侶はいないわ」
アルは胸に手を添え、微笑んで頭を垂れた。
「ここにおかけなさい、ミミ」
母は、父との間に一人分の座れる場所をあけると、私を腰掛けさせた。
右手を父が、左手を母が握る。
「どんなにつらい時も人前で泣かないのが淑女だと、私は貴女に教えたわ。私たちにすら決して涙を見せない貴女が、自ら命を絶とうとした時、親として無力さを感じたの。貴女の涙を戒めたことを後悔しているわ」
「私たちがもっとおまえの気持ちに寄り添えていたら、自裁に臨むことは無かっただろう。おまえを悪く言う人は沢山いたけれど、誰よりもおまえを愛している私たちに気づいてくれてありがとう。自慢の娘だよ」
両親の手のぬくもりに包まれ、多幸感が満ちあふれた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
生きる喜びを、家族が教えてくれた。
――両親の愛に気づけたのは、里帰りを促してくれたアルのおかげだわ。
だがアルを見て、ドキリとした。
私たちを親子を見る彼の面持ちには隠しきれない哀愁が浮かんでいたからだ。
「王冠が重い。鳩だけで良いのに」
彼は意味深につぶやくと、襟につけた鳩と王冠の記章に触れた。
【7章につづく】
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