【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-6 ★ 泣き虫父さん
「足りないものとはなんですか、旦那様?」
ナンシーが訊ねた。
「弁護士さ」
アルは苦い顔で唇を噛んだ。
「実は司祭仲間にも相談して、探していたところだったんだ。初めは誰もが快諾してくれたのに、急に態度が変わるものだから、困っていた」
「私の遺書の件で、王族相手に勝負をして、弁護士の名に傷をつけたくないのでしょうね」
「弁護士と聞いて呆れるわ。度胸がないわね!」
ナンシーが激しく憤った。
「まぁ二人とも、落ち着いて。意気地無しと金の亡者を見極める良い機会だったよ。リンドバーグ夫妻の弁護をするな、と言った黒幕を探っていたんだ。さっきのお客さんの顔を見て確信した。人心を見抜くのは得意なんでね」
アルにはよく私の本心を見破られる。彼は人を見る目に関しては一流だ。
「さて、どうしたものか。弁護人ナシでも出廷可能だが心許ない。大事なうちの奥さんを、剣も盾も身に着けずに法廷に出すなんて、絶対に許容できない」
「けれども、今日明日で快く引き受けてくれる弁護士なんているのかしら」
「大丈夫、大丈夫だよ、ミミ。諦めるのはまだ早いよ」
アルは書類の束を引っ張り出した。ずらりと弁護士の名前が記されており、交渉がうまくいかなかった者は二重線で消されていた。
「必ず奇跡は起こる。信じるんだ」
「ありがとう、アル。諦めないわ」
「そうですとも。私もお手伝いいたします」
弁護士の一覧表を眺めながら「この人はどうか」「評判が悪い」「弁護も金次第」などと三人で相談していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「私が出て参ります」
ナンシーが来客に応じた。男の人のかすれた声が聞こえる。誰だろうかと考えていると、ナンシーが居間へやってきた。
「ロビン・スチュワート様がお見えです」
「ロビンさんが?」
アルは何故か驚愕の表情だ。
「彼は一体何の用で来たんだい?」
「旦那様と直接話したいとおっしゃっております」
「分かった。通してくれ」
「かしこまりました」
ナンシーは、お客様を居間へ通す。
「失礼します」
黒い背広を身に纏った痩せ身の中年男性だ。彼は私とアルの姿を見るなり、目にいっぱい涙をためた。
「申し訳ございませんでした!」
彼は深々と頭を下げたのだった。
これには一同ぽかーんとしてしまう。
「昨夜は娘のアラベラがとんだご無礼を。誠に、誠に申し訳ございません!」
直角に腰を折るロビンさん。
彼の肩は左右に大きく震えていた。
娘のアラベラと聞こえたような気がする。この……ものすごく気弱そうな人が……。
「アラベラさんの……お父様?」
俄には信じられないが確認してみた。
「は、はぃぃ! そうでございます!」
頭が膝につきそうなほど腰を曲げる。身体が柔らかいっていいわね。それとも頭を下げるのが癖になっているのかしら。
「うちの娘が大きな過ちを……。何をしたか全て聞きました。ああ私は……父親失格でございます!」
父親のロビンさんは両手で顔を隠し「ああ情けない」とすすり泣き始めた。
「せめてものお詫びにと伺いました。聞くに堪えがたい羞恥を晒したそうで……どう償えば良いかと、親子で一晩話し合いました」
――その話し合った娘は、さてどこに?
と、胸をよぎったが、それはさておき、なぜ父親が謝罪に来たのだろう。
「娘は寝込んでしまいまして……家内が看病しております」
――アラベラが寝込んだ!? 惚れ薬の副作用かしら。
「子の罪は親の罪です。衣食住に恵まれない子どもが我が国には溢れているのに、無い物ねだりの娘の愚かさときたら」
彼が「ヘックション!」とくしゃみをすると、つららのような鼻水が垂れた。
「教会は孤児院への寄付金を募っていると聞きました。お金で解決できることではないと、重々承知ですが」
ロビンさんは足元に置いた鞄を持ち上げる。
「せめてもの償いです。我々親子の贖罪に献納させてください」
お金の入った封筒を差し出そうとするロビンさん。だがアルがそっと片手をかざして止めた。
「貴方のその真摯なお心で十分です。神は全てを御覧になっています。赦しは魂の中に存在するのです。貴方が自分自身を赦した時が真の贖罪なのです。ですからご自分を責めないで」
「いいえ、受け取っていただかねば! 私の気がおさまりません。どうか」
「そのお金は、ご家族ひいては娘さんの為に。いつか必要な時が来るでしょうから」
ロビンさんの目から、だばだばと涙が溢れて滝のように流れた。ああっ、手元の封筒ごと札束が濡れていく。なんて泣き虫なお父さんだ。
「お優しいのですね。貴方は本当にお優しい人だ。それに比べて私共家族ときたら……」
ロビンさんは嗚咽を上げながら、封筒を両手で握り絞めた。封筒に鼻水がボタリと落ちる。
「お金以外にも、贖罪の方法は数多とあります。そこでどうでしょう? 是非貴方のお力を借りたいことがあるのですが」
「私に出来ることでしたら! 喜んでご奉仕致します」
「ありがとうございます。貴方が今日我が家を訪れたのもきっと神の思し召しでしょう」
潤んだ目で見つめ合う、うちの夫と、おっちゃん。
――あらら、なに二人だけの世界を開いちゃっているのよ。
「それで、司祭様。私に御用というのは?」
「明日、王立裁判所にミミは出廷を命じられています。貴方にその弁護を務めていただきたい」
「奥様の弁護を、王立裁判所で……」
肯きながら聞いていたロビンさんの目から、まばたきが失われた。
「私が?」
「そう。貴方は弁護士でしょう?」
長い長い沈黙が訪れた。
「引き受けていただけますね?」
夫のアルが満面の笑みを浮かべていた。
【つづく】
ナンシーが訊ねた。
「弁護士さ」
アルは苦い顔で唇を噛んだ。
「実は司祭仲間にも相談して、探していたところだったんだ。初めは誰もが快諾してくれたのに、急に態度が変わるものだから、困っていた」
「私の遺書の件で、王族相手に勝負をして、弁護士の名に傷をつけたくないのでしょうね」
「弁護士と聞いて呆れるわ。度胸がないわね!」
ナンシーが激しく憤った。
「まぁ二人とも、落ち着いて。意気地無しと金の亡者を見極める良い機会だったよ。リンドバーグ夫妻の弁護をするな、と言った黒幕を探っていたんだ。さっきのお客さんの顔を見て確信した。人心を見抜くのは得意なんでね」
アルにはよく私の本心を見破られる。彼は人を見る目に関しては一流だ。
「さて、どうしたものか。弁護人ナシでも出廷可能だが心許ない。大事なうちの奥さんを、剣も盾も身に着けずに法廷に出すなんて、絶対に許容できない」
「けれども、今日明日で快く引き受けてくれる弁護士なんているのかしら」
「大丈夫、大丈夫だよ、ミミ。諦めるのはまだ早いよ」
アルは書類の束を引っ張り出した。ずらりと弁護士の名前が記されており、交渉がうまくいかなかった者は二重線で消されていた。
「必ず奇跡は起こる。信じるんだ」
「ありがとう、アル。諦めないわ」
「そうですとも。私もお手伝いいたします」
弁護士の一覧表を眺めながら「この人はどうか」「評判が悪い」「弁護も金次第」などと三人で相談していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「私が出て参ります」
ナンシーが来客に応じた。男の人のかすれた声が聞こえる。誰だろうかと考えていると、ナンシーが居間へやってきた。
「ロビン・スチュワート様がお見えです」
「ロビンさんが?」
アルは何故か驚愕の表情だ。
「彼は一体何の用で来たんだい?」
「旦那様と直接話したいとおっしゃっております」
「分かった。通してくれ」
「かしこまりました」
ナンシーは、お客様を居間へ通す。
「失礼します」
黒い背広を身に纏った痩せ身の中年男性だ。彼は私とアルの姿を見るなり、目にいっぱい涙をためた。
「申し訳ございませんでした!」
彼は深々と頭を下げたのだった。
これには一同ぽかーんとしてしまう。
「昨夜は娘のアラベラがとんだご無礼を。誠に、誠に申し訳ございません!」
直角に腰を折るロビンさん。
彼の肩は左右に大きく震えていた。
娘のアラベラと聞こえたような気がする。この……ものすごく気弱そうな人が……。
「アラベラさんの……お父様?」
俄には信じられないが確認してみた。
「は、はぃぃ! そうでございます!」
頭が膝につきそうなほど腰を曲げる。身体が柔らかいっていいわね。それとも頭を下げるのが癖になっているのかしら。
「うちの娘が大きな過ちを……。何をしたか全て聞きました。ああ私は……父親失格でございます!」
父親のロビンさんは両手で顔を隠し「ああ情けない」とすすり泣き始めた。
「せめてものお詫びにと伺いました。聞くに堪えがたい羞恥を晒したそうで……どう償えば良いかと、親子で一晩話し合いました」
――その話し合った娘は、さてどこに?
と、胸をよぎったが、それはさておき、なぜ父親が謝罪に来たのだろう。
「娘は寝込んでしまいまして……家内が看病しております」
――アラベラが寝込んだ!? 惚れ薬の副作用かしら。
「子の罪は親の罪です。衣食住に恵まれない子どもが我が国には溢れているのに、無い物ねだりの娘の愚かさときたら」
彼が「ヘックション!」とくしゃみをすると、つららのような鼻水が垂れた。
「教会は孤児院への寄付金を募っていると聞きました。お金で解決できることではないと、重々承知ですが」
ロビンさんは足元に置いた鞄を持ち上げる。
「せめてもの償いです。我々親子の贖罪に献納させてください」
お金の入った封筒を差し出そうとするロビンさん。だがアルがそっと片手をかざして止めた。
「貴方のその真摯なお心で十分です。神は全てを御覧になっています。赦しは魂の中に存在するのです。貴方が自分自身を赦した時が真の贖罪なのです。ですからご自分を責めないで」
「いいえ、受け取っていただかねば! 私の気がおさまりません。どうか」
「そのお金は、ご家族ひいては娘さんの為に。いつか必要な時が来るでしょうから」
ロビンさんの目から、だばだばと涙が溢れて滝のように流れた。ああっ、手元の封筒ごと札束が濡れていく。なんて泣き虫なお父さんだ。
「お優しいのですね。貴方は本当にお優しい人だ。それに比べて私共家族ときたら……」
ロビンさんは嗚咽を上げながら、封筒を両手で握り絞めた。封筒に鼻水がボタリと落ちる。
「お金以外にも、贖罪の方法は数多とあります。そこでどうでしょう? 是非貴方のお力を借りたいことがあるのですが」
「私に出来ることでしたら! 喜んでご奉仕致します」
「ありがとうございます。貴方が今日我が家を訪れたのもきっと神の思し召しでしょう」
潤んだ目で見つめ合う、うちの夫と、おっちゃん。
――あらら、なに二人だけの世界を開いちゃっているのよ。
「それで、司祭様。私に御用というのは?」
「明日、王立裁判所にミミは出廷を命じられています。貴方にその弁護を務めていただきたい」
「奥様の弁護を、王立裁判所で……」
肯きながら聞いていたロビンさんの目から、まばたきが失われた。
「私が?」
「そう。貴方は弁護士でしょう?」
長い長い沈黙が訪れた。
「引き受けていただけますね?」
夫のアルが満面の笑みを浮かべていた。
【つづく】
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