【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-4 ★ 悪魔が来りて法螺を吹く
「急を要する確認事項があり、私が直参致しました」
シモンはコホンッと一つ咳払いした。
「王立裁判所にて執り行われる、ミミ・キャベンディッシュ様の裁判の件です」
――私の……裁判?
目の前が真っ暗になった。
「ミミ!」
よろめいた私をアルが支えてくれた。
「奥様を訴えたのは、誰ですか!」
ナンシーは憤怒の表情でシモンへ詰め寄る。
「ミミ様の元婚約者であるチャールズ殿下ならびに現在の婚約者ダーシー様です」
――あの女と友達だったことが、私の人生最大の汚点だわ。
「チャールズ殿下への根拠無き噂の流布、これら全ての行為について名誉毀損を訴えております」
――貶めた方が、まだ偉そうな顔をしているなんて。
「本日は、被告であるミミ様の答弁書が提出されていなかったので、ご確認に参りました。答弁書の作成が間に合わなかったのでしたら構いません。未提出のまま明日の口頭弁論に直接のぞんでいただければ結構です」
――明日と言った?
「明日ですって!?」
ナンシーが荒々しく訊ねる。
やはり聞き間違えではなかったようだ。
――落ち着くのよ、ミミ。
あちらは物事の道理を踏まえず、横暴な要求をしてきた。
――このまま黙っていてはダメ。
すると反論しようとした私をアルがそっと手で制した。
彼はシモンを睨み、盾のように私の前に立ちふさがった。
「法に則り、開廷までに双方に必要な準備期間を設けるのが筋のはず。あまりに唐突です、明日などと。こちらには一切通達も無かったというのに」
「一ヶ月前、ちょうど昨夜のように月が丸い頃に、ミミ様へ開廷の通知を致しました。裁判所から特別送達した訴状に受領署名がなされているのも確認しております」
シモンは革張りの筒から丸められた小さな紙を取り出した。ミミ・キャベンディッシュと私によく似た文字が署名されている。
「私は署名していません! これは偽造だわ!」
「けれども貴女が受領した時点で、送達済みとみなされました。裁判は予定通り開かれます」
――どこまでも用意周到に工作をしているのね。シモンが裁判所の執行官になったのは、この為なんだわ!
「開廷にご不満があるのは結構ですが、民事訴訟の第一回口頭弁論においては原告の求める日時が優先されます。被告には都合がつかないことがある為〝答弁書〟の提出をすれば、第一回口頭弁論で用いることや、第一回のみ欠席が許されています。それなのに」
シモンは呆れ顔で溜め息を吐いた。
「月が欠けて再び満ちるだけの時間はあったのに、何も準備されていないとは。答弁書の有無を確認する為に、わざわざ執行官の私が出向くこと自体が異例です。それなのに開廷の告知もされていなかったとおっしゃるのですか?」
「白々しい。この国の民事訴訟において、答弁書の提出期限は一週間前と定められているはずです。前日にわざわざ執行官が出向いて確認してくださるとは。ご苦労様ですね」
アルが言い返すと、シモンの眉がつり上がった。
「司祭様は法には浅学ですか? 実際は前日まで受け付けを許可しています」
「それは寛容な。此度の訴訟は不意打ちに近いからですか?」
「そうですね。民事訴訟においては、あなた方のように被告が〝不意打ちだ〟と訴えることが多々ありますね。それで答弁書の作成は?」
「訴状も確認していないのでは、書けません」
「ああ、なるほど。訴状を紛失したのですね? そのように主張なさる被告は多いですよ」
――届いていないと言っているのに、こちらの〝紛失〟ですって?
「訴状の控えでしたら、こちらにありますよ」
シモンはアルに封筒を手渡した。
「さすがに司祭の貴方でも、奥様の答弁書を一日で代筆なさることはできないでしょう」
「これから訴状の内容を確認しますし、締め切りが今日では流石に無理ですね。妻に関することですから熟考したい。しかしそちらが私の代筆を予想して、思いのほか私の実力を買っていただいていたとは心外です。だから前日にいらしたのですね?」
アルは穏健な口調の中に、皮肉をたっぷりしみこませた。
「実力? 貴方が大変優秀であることはよく存じていますが、神学校の首席卒業者にしては、愚鈍な反論をなさいますね。まぁ、焦る気持ちも分かりますがね。答弁書さえも間に合わなかった被告は多いですので。それが弁論に長けた司祭の妻というのは、世間的に体裁が悪いでしょうけど」
シモンの視線は私ではなくアルをとらえていた。夫を小馬鹿にするような口調に怒りがこみあげ、私は夫の背中から前に出た。
「これは私の問題です。夫の職位は関係ありません!」
「その通りですね、ミミ様。貴女が招いた問題にご主人を巻き込んでいる。自覚があるのならそれで結構です」
シモンは目を細めた。
「妻の救済こそが、夫の天命です」
アルは私の肩を左手で引き寄せた。力強く熱い彼の手に安心感を覚え、目頭が熱くなった。
「それは誠に高尚な」
不快をあらわにシモンは吐き捨てた。
「答弁書の提出がなかったので、明日の正午、必ず御出廷ください。被告、証人、弁護士を伴って。証人も弁護士もいないのでしたら、ミミ様お一人でいらしても勿論構いませんよ」
シモンは厭らしい眼差しで私を見つめた。
「ヴェルノーン王国は、民事訴訟において原告と被告に弁護士を伴うことを義務化していません。一人での出廷いわゆる〝本人訴訟〟も可能な国ですので」
私は世界の全ての裁判で弁護士が必要だと勘違いしていた。国ごとに独自の法や違いがあるのだ。
「出廷されなかった場合、原告であるチャールズ殿下の勝訴となりますので、そのことはゆめゆめお忘れ無く。それでは私はこれで」
「お待ちください」
アルが、シモンを引き止めた。
【つづく】
シモンはコホンッと一つ咳払いした。
「王立裁判所にて執り行われる、ミミ・キャベンディッシュ様の裁判の件です」
――私の……裁判?
目の前が真っ暗になった。
「ミミ!」
よろめいた私をアルが支えてくれた。
「奥様を訴えたのは、誰ですか!」
ナンシーは憤怒の表情でシモンへ詰め寄る。
「ミミ様の元婚約者であるチャールズ殿下ならびに現在の婚約者ダーシー様です」
――あの女と友達だったことが、私の人生最大の汚点だわ。
「チャールズ殿下への根拠無き噂の流布、これら全ての行為について名誉毀損を訴えております」
――貶めた方が、まだ偉そうな顔をしているなんて。
「本日は、被告であるミミ様の答弁書が提出されていなかったので、ご確認に参りました。答弁書の作成が間に合わなかったのでしたら構いません。未提出のまま明日の口頭弁論に直接のぞんでいただければ結構です」
――明日と言った?
「明日ですって!?」
ナンシーが荒々しく訊ねる。
やはり聞き間違えではなかったようだ。
――落ち着くのよ、ミミ。
あちらは物事の道理を踏まえず、横暴な要求をしてきた。
――このまま黙っていてはダメ。
すると反論しようとした私をアルがそっと手で制した。
彼はシモンを睨み、盾のように私の前に立ちふさがった。
「法に則り、開廷までに双方に必要な準備期間を設けるのが筋のはず。あまりに唐突です、明日などと。こちらには一切通達も無かったというのに」
「一ヶ月前、ちょうど昨夜のように月が丸い頃に、ミミ様へ開廷の通知を致しました。裁判所から特別送達した訴状に受領署名がなされているのも確認しております」
シモンは革張りの筒から丸められた小さな紙を取り出した。ミミ・キャベンディッシュと私によく似た文字が署名されている。
「私は署名していません! これは偽造だわ!」
「けれども貴女が受領した時点で、送達済みとみなされました。裁判は予定通り開かれます」
――どこまでも用意周到に工作をしているのね。シモンが裁判所の執行官になったのは、この為なんだわ!
「開廷にご不満があるのは結構ですが、民事訴訟の第一回口頭弁論においては原告の求める日時が優先されます。被告には都合がつかないことがある為〝答弁書〟の提出をすれば、第一回口頭弁論で用いることや、第一回のみ欠席が許されています。それなのに」
シモンは呆れ顔で溜め息を吐いた。
「月が欠けて再び満ちるだけの時間はあったのに、何も準備されていないとは。答弁書の有無を確認する為に、わざわざ執行官の私が出向くこと自体が異例です。それなのに開廷の告知もされていなかったとおっしゃるのですか?」
「白々しい。この国の民事訴訟において、答弁書の提出期限は一週間前と定められているはずです。前日にわざわざ執行官が出向いて確認してくださるとは。ご苦労様ですね」
アルが言い返すと、シモンの眉がつり上がった。
「司祭様は法には浅学ですか? 実際は前日まで受け付けを許可しています」
「それは寛容な。此度の訴訟は不意打ちに近いからですか?」
「そうですね。民事訴訟においては、あなた方のように被告が〝不意打ちだ〟と訴えることが多々ありますね。それで答弁書の作成は?」
「訴状も確認していないのでは、書けません」
「ああ、なるほど。訴状を紛失したのですね? そのように主張なさる被告は多いですよ」
――届いていないと言っているのに、こちらの〝紛失〟ですって?
「訴状の控えでしたら、こちらにありますよ」
シモンはアルに封筒を手渡した。
「さすがに司祭の貴方でも、奥様の答弁書を一日で代筆なさることはできないでしょう」
「これから訴状の内容を確認しますし、締め切りが今日では流石に無理ですね。妻に関することですから熟考したい。しかしそちらが私の代筆を予想して、思いのほか私の実力を買っていただいていたとは心外です。だから前日にいらしたのですね?」
アルは穏健な口調の中に、皮肉をたっぷりしみこませた。
「実力? 貴方が大変優秀であることはよく存じていますが、神学校の首席卒業者にしては、愚鈍な反論をなさいますね。まぁ、焦る気持ちも分かりますがね。答弁書さえも間に合わなかった被告は多いですので。それが弁論に長けた司祭の妻というのは、世間的に体裁が悪いでしょうけど」
シモンの視線は私ではなくアルをとらえていた。夫を小馬鹿にするような口調に怒りがこみあげ、私は夫の背中から前に出た。
「これは私の問題です。夫の職位は関係ありません!」
「その通りですね、ミミ様。貴女が招いた問題にご主人を巻き込んでいる。自覚があるのならそれで結構です」
シモンは目を細めた。
「妻の救済こそが、夫の天命です」
アルは私の肩を左手で引き寄せた。力強く熱い彼の手に安心感を覚え、目頭が熱くなった。
「それは誠に高尚な」
不快をあらわにシモンは吐き捨てた。
「答弁書の提出がなかったので、明日の正午、必ず御出廷ください。被告、証人、弁護士を伴って。証人も弁護士もいないのでしたら、ミミ様お一人でいらしても勿論構いませんよ」
シモンは厭らしい眼差しで私を見つめた。
「ヴェルノーン王国は、民事訴訟において原告と被告に弁護士を伴うことを義務化していません。一人での出廷いわゆる〝本人訴訟〟も可能な国ですので」
私は世界の全ての裁判で弁護士が必要だと勘違いしていた。国ごとに独自の法や違いがあるのだ。
「出廷されなかった場合、原告であるチャールズ殿下の勝訴となりますので、そのことはゆめゆめお忘れ無く。それでは私はこれで」
「お待ちください」
アルが、シモンを引き止めた。
【つづく】
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