【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-4 ★ 誰かのお葬式の夢

 春のおとずれを知らせる風が、最良のひとときを回顧かいこさせる。
 薄紅色の花吹雪の中にたたずみ、庭で遊ぶ蝶たちに「ごきげんよう」と挨拶をする少女の夢を見ていた。僕とミミがよわい六つの時の光景だ。父親のすすめで婚約者となったミミが花を愛する女の子だと聞いたので、秘密の箱庭に連れて来たのだ。

 優雅な侯爵家の花が春の風に揺れると、香り立つ少女の品性に蝶たちは惹きつけられた。亜麻色の髪に漆黒の瞳。透き通るような白い肌に触れることすら怖い。上手な褒め言葉が浮かばなかった僕は、庭の草花を摘んで、綺麗な婚約者に渡した。

「ありがとうございます、チャールズ殿下」

 幼いミミが目を閉じ、花の香りをたしなむ。その姿に見蕩みとれていると、庭に差し込む日の光が黄昏色たそがれいろに染まり、夕闇が押し寄せた。あまりに早い時間の流れに戸惑う。移り変わる空の色から、再びミミへ視線を落とすと、彼女に渡したばかりの野花はせ細った乞食こじきのように頭を垂れていた。しおれた花を握り続けるミミの表情から笑みの一切が消える。

 ――これは夢だ。僕は夢を見ているのだ。

 目をぎゅっと閉じ、両手で耳をふさぐが、夢の中では無意味だった。
 ざわざわという雑踏と人の話し声が聞こえる。

 まぶたを閉じたはずなのに僕の視界には、無数の黒い足が映っていた。黒いズボン、黒いドレスのすそ、黒い靴。葬式のようだが教会にしては殺風景なつくりの四角い部屋だ。鉄製と思われる簡素な椅子が三十ほど置かれ、喪服の老若男女が腰掛けている。

 僕は〝何か〟へ近付く列の真ん中にいた。僕の前後には、十代半ばと見られる男女が十五名ほど並んでいる。女子は下三角のえりにリボンをつけており、男子は黒い詰め襟の制服に身を包んでいた。そしておそらく〝僕〟も彼らと同じ年で、同じ男子の制服を着ている。僕らは一同に、菊や百合をたずさえていた。

 ――ここはどこだ? 僕は誰だ?

 すると、周囲の少年少女のささやき声が聞こえてきた。

「死んじゃうなんて」
「なんかずるーい」
「誰かが殺したとか?」
「ちょっとやめてよ」
「なに動揺どうようしてんだよ。心当たりでもあるのか?」
「私たちが犯人みたいに言うのやめて」

 ――誰が死んだ? 誰が悪い?

 どうやらこれは葬式で、故人は誰かに殺された可能性もあるようだ。彼らの会話に首を傾げていると、少しずつ前へ動いていた列が急に止まった。列から身を乗り出して、最前列をうかがう。

 ひつぎの前で、黒髪の若い男が項垂うなだれたまま動こうとしない。その男は震える両手で故人へ献花したが、やはりその場にたたずんだままなので列の後ろにいる〝僕ら〟は戸惑った。

「どうして……死んでしまったんだい?」

 男性はひつぎに眠る故人へ、二言三言ふたことみこと問いかけた。

「苦しかったね……痛かったね」

 絞り出すような小さな声だった。僕の周囲の少年少女がざわめく。

「先生が泣いた」
「ほんとだ」

 すると男は、ささやき合う〝僕ら〟へ急に振り向いた。

 ――先生? この人が?

 とても若い青年だ。見たところ二十代前半か。

 ――目が空の色だ。僕と同じ。

 黒髪碧眼の男は〝僕ら〟へまなじりを吊り上げた。

「The devil looks after his own. (悪魔は自分の面倒見は良いね)」

 彼は〝僕ら〟を一瞥いちべつし、こうも言い放った。

嘘吐うそつきが沢山たくさんだ」

 献花に並ぶ列をサッと通り過ぎ、式場を後にした。

 ――憎まれている。彼に。

「先生、怒っているぞ」
「先生はあんたを見ていたね、奈代なよ
「違うわ、あんたを見ていたのよ、愛琉あいる
「ていうか今更いまさら教師面きょうしづら?」
「まだ本当の先生でもないくせに」
えらそうに説教でも垂れに来たのか?」

 誰も〝自分〟が憎まれていることを受け入れようとはしない。どいつもこいつも自分は「悪くない」「おまえが悪い」「あんたのせいで」と言い始めた。少年少女はふくれ面で、大したはなむけの言葉も添えずに花だけを棺に積み重ねていく。ついに僕の番となった。

 故人は献花に訪れた女子たちと同じ制服を着ていた。天井に設けられた照明を受け、濡羽色ぬればいろの髪が艶ややかな光を帯びる。前髪には環状の光の輪ができていた。死に顔が美しすぎるので、本当は生きているのではないかと疑う。白雪姫のように王子様がキスをすれば呪いが解けそうだ。死に化粧された桜色の唇の下、首にまきつくような痣を見つけて、総毛立った。

 ――まさか、この子は首を?

 ミミの姿が頭に浮かび、僕は故人から思わず目を背けた。花を手向けてきびすを返したが、ひつぎのそばで焚かれたこうけむりが糸のように僕へからみつき、葬式場は夜の雨天へ変化した。

 ――許すもんかと、言われているんだ。

 糸が僕の首を絞めるとまぶたの裏が熱を帯び、苦しみがあふれた。
 僕の涙は、棺に手向けた菊の花びらになって散った。

『好きだったのに、声をかけることすらできなかった僕なんて』

 ――やめてくれ。聞きたくない! 好きじゃ無かった! あの子のことなんて、これっぽっちも!

 葬式花の香りが遠ざかる。
 涙に濡れた重いまぶたを開けると、秘密の箱庭に風が遊びに来て、葉擦れの音と木漏れ日が僕へ降り注いだ。芝生しばふに横になったまま寝ていたのだ。今見た夢をいちから思い出してみる。

 ――あれは、どこの誰の葬式だったのだろうか。

 ヴェルノーン王国とは文化の随分違う世界のようだった。先生と呼ばれた若い男は故人の死をいたみ、生徒たちは罪をなすりつけあっていた。

 ――みにくい。子どもでも、大人でも。

 自分の罪を逃れる為ならば平気でうそく。

 ――嘘吐うそつきが沢山たくさんだ。

 夢から醒めても〝先生〟の言葉が胸にささっていた。

【つづく】

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