【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-2 ★ 壁の低さに驚きました

 リンドバーグ夫妻があまりに賞賛されるので、ダーシーの助言で僕は、王室と関係の深い雑誌社にミミの本性を暴く記事を書かせることにした。だがあまり効果は無く、逆に担当者が「社全体の売り上げ部数が激減した」と小言を呈してきた。記者が帰った後、執務室で項垂れていると。

「チャールズ様、私に良い考えがあります」

 僕の隣に座るダーシーがこう切り出した。

「糾弾してもダメなら、ミミの夫に直接罰を与えるのはどうです?」
「罰を与える? どうやって」
「お忘れですか、チャールズ殿下。国教会の首長は陛下ですよ? 陛下のお許しがあって、あの司祭は教会区を任されているようなものですわ。その司祭が、陛下ひいては王子を貶めた悪女を愛しているのです。言語道断、国教会司祭にあるまじき不道徳ですわ」
「その通りだとも。ミミの夫である司祭を担当教会区から外してもいいくらいだ!」
「チャールズ殿下の一声ひとこえで、人事の異動など簡単なことでは?」
「なるほどな! ダーシーは本当に賢女だね」
「殿下のご聡明さには及びませんわ」

 僕は執務室を出ると、隣の秘書室へ駆け込んだ。

「チャールズ殿下。御用ですか?」

 新しい秘書ひしょザック・ブロンテは、読んでいた本から気怠げな顔を上げる。

「国教会の主教に手紙を書け。人事異動の件で」
「異動? 一体誰のですか?」

 ザックの黄昏色の目が怪訝そうに歪んだ。

「ミミの旦那だ。国教会の首長は我が父上、国王陛下だぞ。首長の息子であるこの僕を裏切った悪女を、あの司祭は愛しているのだ。これは、陛下への裏切りに等しい。ミミの夫を担当教会区から外すよう異動を求める手紙を書け!」

「お言葉ですが……チャールズ殿下」

 秘書ザックは溜め息を吐き、髪をくしゃりと撫でてこう言った。

「国教会の首長は確かに陛下であらせられますが、現在、主教たちと良好な関係を築いているとは言い難いのです。主教、司祭、執事、どの聖職位せいしょくいにおいても人事の異動について王族が関わることは難しいかと」
「なぜだ!」
「教会建造物の維持に充てていた国費を、予算から削減するようにと、昨年チャールズ殿下が議会に提案されたではないですか」

 ――僕が予算削減を提案したからだと?

「城も教会も歴史的建造物には常に改修が求められ、その費用も大きいですが、観光資源として国益をもたらします。予算削減について、陛下は難色を示していました。主教たち聖職貴族をのぞいて、他の議員はチャールズ殿下のご提案を賛成多数で可決されたでしょう。案の定、主教と陛下の信頼関係に溝が生まれました。維持費削減のしわ寄せが、教会の各部署に来ているとのことです」

 ――僕のせいではない。僕は、正しいことをしたのだ。かねで信頼が揺らいだ聖職者の心根に問題がある。

の五の言わず便宜を図れ、おまえは秘書だろう」
「恐れながら私には、国教会の聖職者を納得させるような名文は書けません」
「おまえだって元聖職者。執事だったのだろう!」
「主教宛てに人事異動の手紙など恐れ多い。司祭宛てでも無理です」
「司祭宛てでも無理だと?」
「彼らにとってふでつるぎ。安易な気持ちで一筆書いたら、こちらが確実に負けます。司祭以上ともなれば誰もが修辞学を極めていますので、私では太刀打ちできません」
「努力する姿勢すら見せないとは。だからおまえは司祭になり損ねたんだな!」

 ザックの片眉がぴくりと上がった。この男を採用する際に、身元や経歴を詳しく調べていたのだ。司祭を志していたが挫折し、執事になったものの、それ以上の階級は望めなかったことも全て。

「司祭の夢は諦めましたが、殿下の秘書には驚くくらい早く採用されましたね。壁の低さに驚きました」
「司祭より、僕の秘書になる方が簡単だと? 皮肉か!」
「単に、シモン殿の空席に応募したのが私だけだったからでは?」
「シモンはおまえとは比べものにならないくらい仕事ができたぞ!」
「シモン殿は器用だったとうかがいました。けれども、私にも……得手不得手えてふえてがありますので」
「ああ言えばこう言う。もういい! おまえには一切頼まない!」
「お力になれず申し訳ございません」

 僕は秘書室を後にした。
 執務室に戻り、椅子に深く背を凭れる。
 ダーシーに「人事異動の口出しは難しい理由」を告げた。

「どいつもこいつも、かねで動くのか。ミミも金狙いだったしな。はぁ」

 お金ではなく僕を心から愛してくれる人が。

「私は違いますよ、チャールズ殿下」

 ――ダーシー……だけなのか?

貴方あなたは誠実な御方おかたですわ。誰が何と言おうと貴方あなたは何も間違っていません!」
「ありがとう、ダーシー」

 彼女は僕に勇気をくれる。女神のようだ。

「なあダーシー。本当に君は、僕だけを愛しているのだよね?」

 ダーシーの眉がぴくりと跳ね上がる。
 ミミは【遺書】でダーシーの恋愛遍歴を言及した。

 ――僕はダーシーの六番目だ、と書いてあった。嘘だと思うが。

 関心が無い訳では無い。
 彼女が今まで誰に恋し、愛したのか。

「私は殿下を信じているのに、貴方あなたはミミのごとを取るのですか」

 ダーシーは、拗ねた表情で僕の目をじっと見つめた。

【つづく】

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