【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

4-1 ★ ひょっとすると異星人?



【第4章】は、アルフレッドが語り手です。



 東の国で「片目を閉じる仕草」は好意の表示だが、西の国では「許して、大目に見て」という意味を持つ。他国へ赴く際には、よくよく勉強しておかないと、恥をかくこともある。

 生まれも育ちも王国ヴェルノーン。この国の言葉を話し、この国の風習に則って生活しているというのに……俺は少し変わりものだ。

 町議会では、古い下水道の工事について協議が行われていた。最近、汚水の漏れが問題となり、早急な改修工事が求められたのだ。費用の工面で議員達は揉めている。協議をしている間にも、不具合は現場で起こっている。多少の負担はあっても、一刻も早く工事を始めるべきだと多くの議員が主張した。下水道が地下水に漏れたことで疫病が蔓延したという恐ろしい歴史がこの国にはあるのだ。

「司祭様はどう思われますか?」

「費用はかさんでも早急に工事に着手した方が良い。鉄は熱いうちに打てといいますしね」

「それはどういう意味ですか、司祭様」

 他の議員達が目を丸くして、俺を見つめていた。ここにいるのは、人並みに学識のある者ばかりである。

「鉄は熱いうちに打たないと形にならないことから、好機を逃さず意欲が冷めないうちに物事を進めるという意味の言葉です」

 議員達は「なるほど」と首を縦に振った。

「さすが司祭様。深い教養をお持ちだ」
「鉄は熱いうちに。良い言葉だ」

 褒められていて申し訳ないが、俺が今発した言葉は、この国の辞書のどこにも記されていないかもしれない。時々だけれど、こういうことがあるのだ。

 この世界には存在しないことわざや言い回しを、自分だけが知っているということが。会話がかみ合わないので、首を傾げられ、意味をたずねられることもしばしば。辞書を片っ端から開いたが、確かにそんな言葉は存在しないのである。勿論他国の言語にも。

 ――ひょっとすると俺は、どこか別の宇宙から来た異星人なのではないか。

 何を馬鹿な、とかぶりを振った。

「司祭様、なにか考え込んでおられるようですね?」
「あ、いや……なんでも」
「奥様のことを想っていらっしゃるとか」
「ち……違います」
「否定するところが怪しい。図星ですね」

 会議中、ミミのことを考えなかったと言ったら嘘になる。つまらない話が始まると彼女は何をしているだろうと想像してしまう。気付くと俺の隙間時間は、ミミのことで埋まっていた。

 ――帰ったら、何を話そうかな。

 そういえば彼女とは会話がかみ合わないということは一度も無い。まるで昔から知っていたように、そばにいる時間が心地良いのだ。

 黄昏時になり、会議が終わると、俺は真っ先に役場を出た。家路の途中、贈り物の袋を両手にさげたナンシーとばったり遭遇した。

「あら、旦那様。今、お仕事の帰りですか?」
「ああ。すごい荷物だね」
「友人の退院祝いです。長い闘病でしたので、元気をつけて欲しくて」
「半分かして。持とう」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「いいから。贈り物はこのまま君の自宅へ運ぶのかい?」
「はい。では……お言葉に甘えてもよろしいでしょうか」
「任せて」

 俺はナンシーの自宅まで、贈り物の荷物を運んだ。

「ありがとうございます。さあ、これで準備が整いましたね。戻って夕ご飯の支度をしないといけないわ」
「いつもありがとう、ナンシー。友人が退院する日は遠慮せずに休みを取ってくれよ」
「はい、その日は。でも私は奥様と料理を作るのが近頃の楽しみなのですよ」
「二人で作るのが楽しいの?」
「それはもう。あの方は本当に気持ちの良い方ですから。私が男なら、旦那様と立場を交換して欲しいくらい」
「ハハハ! そうか」
勿論もちろん、冗談ですよ。羨ましいくらいに、お二人はお似合いですもの。お二人に嫌なことを言う人は、私の敵です。迎え撃ちますわ」
「それは頼もしい」

 ナンシーとミミの不味まずい菓子作戦で、俺に毒を盛ろうとしていた二人はようやく距離を置いてくれた。

「ミミに何か悪さをしないといいけど……」
「奥様に逆恨みですか? やりかねないわ」
「俺が不在の時には、ミミのことを頼んでいいかい? 彼女は賢くて強いけれど、もろいところもあるから」
「分かりますよ。奥様の強さも弱さも。私も同じように王宮で嫌な目に遭いました。奥様はそれよりお辛い経験をされたのですもの」

 ナンシーがうちにいて本当に良かった。

「私はお二人の元で仕事が出来て、大変幸せです」
「ありがとう、ナンシー」

 歩きながら、ミミを守る術について相談していると、家に到着した。

「ミミ、ただいま。ミミ?」

 家の中から返事が無い。ピュウッと夕風が俺達の頬をでた。俺とナンシーは台所へ向かう。勝手口の扉が風にギィギィ揺れていた。

「お庭?」

 ナンシーは不思議そうに庭へ出る。俺も庭をのぞいたがミミの姿は無い。

「変だな……」
「もしかしたら二階にいらっしゃるのかも」
「確かめてくる」

 俺は全ての部屋を見て回ったが、どこにもミミはいなかった。

「やっぱりいないよ。庭で土いじりをした様子は無いし、勝手口は開けたままだ。ミミなら、こんな不用心なことはしない」

 庭に下りた俺は、草むらに落ちたそれに気付いた。

「靴ベラだ」

「それは……玄関に置いているものですね。なんでこんなところに?」

「嫌な予感がする」


【つづく】

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