【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
3-7 ★ 世界が狭すぎる!
「あんただって、大嘘吐きじゃないの」
アラベラは握った拳をわなわな震わせた。
「ダーシー・ハーパーに王子を取られたって? あんたの遺書、新聞で読んだわよ」
「で? ご感想は?」
わざと高飛車な態度で私は訊ねた。
「被害者ぶって気持ち悪かったわ。皆、あんなの信じちゃってくっだらない。現に私達の目の前に現れたあんたは大嘘吐きで、心根も醜くて、司祭様の隣に立つには不相応よ」
心臓に毛の生えた私でも苦手な言葉がある。
それは「不相応」だ。王子から婚約を破棄され、悪女だと散々叩かれた時「王子には不相応」だと皆が口を揃えた。
「身の程を知りなさいよ! 尻軽女」
「王子に捨てられたら、今度は司祭様をたぶらかすなんて」
「皆噂しているわ。司祭様が〝可哀想〟って」
アラベラ、パム、エロイーズの言葉が私を串刺しにしたようだった。
――不相応な嫁をもらった司祭が可哀想、か。
他者に「可哀想」と言われることは悔しい。
けれどもあわれみの目を向けられているのは私ではなく、旦那の方だ。
――王子の次は司祭、か。
女が「悪」と叩くのは、異世界でも同じか。
怒りが沸点に達した。もう限界だ。
「可哀想なのは、あなた達よ」
悪意のもてなしが並んだ机を見据える。両手が縛られていたので、右足一蹴りでひっくり返した。
先に手を上げた方が負け。
先に意地悪を言った方が勝ち。
手も上げられず、意地悪を言われて涙を呑む。これは最善だろうか。
――否。言う時は、言わなければ負けである。
「社交界を知らない田舎娘が司祭一人とられたくらいでピーピーギャーギャーと」
両手首をゴキゴキ鳴らしながら縄のゆるいところに指をかける。いとも簡単に縄はほどけた。
「縛り方すら甘い」
解いた縄の先端をぎゅっとつかみ、敵の足元に叩きつける。ピシッと鞭のような良い音がした。
「身の程知らずにもほどがあるわ」
縄を真横に振り払うと、妖女三人が一斉に後ずさった。
「王子様はこの国に一人しかいない。その一人に公衆の面前で振られて、私はここにいるの。くぐってきた修羅場が違うのよ」
ダンッと右足を力強く床にたたきつける。
「三人程度で私に挑むとは良い度胸ね」
三人はビクッと肩をはねあげた。
「司祭なら山ほどいるけど、あなた達にとってみたら未婚の司祭様は、この町の王子様だったでしょうね? 夢を見過ぎだわ」
彼女らを鼻で嗤う。
「揃いも揃って、世界が狭すぎる!」
怒声を張り上げると、三人娘は目を見開いた。
「司祭様は気付いていたわよ」
三人の表情が俄に強ばった。
「あなた達がお菓子に変な物をまぜていたことも、下着を盗まれていることもね!」
これを言うべきか少し悩んだ。なぜなら私とアルは「知らない振り」「気付かない振り」をして、彼女らを遠ざけようとしていたからだ。今までのこともこれで全て水の泡である。
「司祭様は言わなかった。あなた達の好意を、無下に出来ず、黙って受け取り続けた。これがどういうことか分かる?」
三人は黙っていた。司祭様に「気付かれていた」ことにショックを隠せないのだろう。
「私達、嫌われていたのかしら? 今、みーんな同じことを考えたのでしょう? まず自分の保身を考えた。自己愛者が、司祭の隣に立つ。それこそ不相応よ。あなたたち、なんて独りよがりな恋をしているの?」
この三人は似た者同士だ。
「好意をお菓子という形で押し付けて、好きな人の大切なものを奪って、司祭様の健康も不便も考えてもいない。彼は隣人への愛を説く人よ。あなた達が振り向かれないのは当然だわ」
三人はばつが悪そうに俯いた。
「でもうちの旦那様は優しいから、何も言わない。そこが好きなのでしょう?」
ハッと顔を上げる三人の目に涙が浮かぶ。
「だから私も言わないわ。秘密のお茶会に、お招きありがとう。でも今日限りで良いわ」
くるっと彼女らに踵を返し、小屋の入り口へ歩いて行く。バンッと勢いよく扉を開け放ち、外へ出た。木漏れ日が頭上から降り注いだ。
「ここは森の中なのね……」
誰の小屋かは知らないが、机や椅子など茶器が置かれていたところを見ると、作業小屋ではなく、土地の所有者の離れ家であろう。
「さてと、帰り道はどちらかしら」
小屋に戻り、彼女らに道を訊ねるのは絶対に嫌である。辺りを見回すと、草の繁茂した細い小道を見つけた。道はどこかへ続いている。しばらく歩けば町に戻ることが出来るでしょう。
――はぁ、言いたいこと言ってスッキリした。
溜まっていた鬱憤を吐き出せる相手が現れたというのは好都合だった。誘拐に恐喝、浮気疑惑と散々な目に遭ったが、射撃の的のように罵詈雑言を放ち、相手の心に思う存分風穴をあけた。勧善懲悪万歳! 小道を行く歩調が弾む。やはり自分の意見はちゃんと言わなきゃ、ダメね。気分爽快、最高の散歩日和だわ。
【つづく】
アラベラは握った拳をわなわな震わせた。
「ダーシー・ハーパーに王子を取られたって? あんたの遺書、新聞で読んだわよ」
「で? ご感想は?」
わざと高飛車な態度で私は訊ねた。
「被害者ぶって気持ち悪かったわ。皆、あんなの信じちゃってくっだらない。現に私達の目の前に現れたあんたは大嘘吐きで、心根も醜くて、司祭様の隣に立つには不相応よ」
心臓に毛の生えた私でも苦手な言葉がある。
それは「不相応」だ。王子から婚約を破棄され、悪女だと散々叩かれた時「王子には不相応」だと皆が口を揃えた。
「身の程を知りなさいよ! 尻軽女」
「王子に捨てられたら、今度は司祭様をたぶらかすなんて」
「皆噂しているわ。司祭様が〝可哀想〟って」
アラベラ、パム、エロイーズの言葉が私を串刺しにしたようだった。
――不相応な嫁をもらった司祭が可哀想、か。
他者に「可哀想」と言われることは悔しい。
けれどもあわれみの目を向けられているのは私ではなく、旦那の方だ。
――王子の次は司祭、か。
女が「悪」と叩くのは、異世界でも同じか。
怒りが沸点に達した。もう限界だ。
「可哀想なのは、あなた達よ」
悪意のもてなしが並んだ机を見据える。両手が縛られていたので、右足一蹴りでひっくり返した。
先に手を上げた方が負け。
先に意地悪を言った方が勝ち。
手も上げられず、意地悪を言われて涙を呑む。これは最善だろうか。
――否。言う時は、言わなければ負けである。
「社交界を知らない田舎娘が司祭一人とられたくらいでピーピーギャーギャーと」
両手首をゴキゴキ鳴らしながら縄のゆるいところに指をかける。いとも簡単に縄はほどけた。
「縛り方すら甘い」
解いた縄の先端をぎゅっとつかみ、敵の足元に叩きつける。ピシッと鞭のような良い音がした。
「身の程知らずにもほどがあるわ」
縄を真横に振り払うと、妖女三人が一斉に後ずさった。
「王子様はこの国に一人しかいない。その一人に公衆の面前で振られて、私はここにいるの。くぐってきた修羅場が違うのよ」
ダンッと右足を力強く床にたたきつける。
「三人程度で私に挑むとは良い度胸ね」
三人はビクッと肩をはねあげた。
「司祭なら山ほどいるけど、あなた達にとってみたら未婚の司祭様は、この町の王子様だったでしょうね? 夢を見過ぎだわ」
彼女らを鼻で嗤う。
「揃いも揃って、世界が狭すぎる!」
怒声を張り上げると、三人娘は目を見開いた。
「司祭様は気付いていたわよ」
三人の表情が俄に強ばった。
「あなた達がお菓子に変な物をまぜていたことも、下着を盗まれていることもね!」
これを言うべきか少し悩んだ。なぜなら私とアルは「知らない振り」「気付かない振り」をして、彼女らを遠ざけようとしていたからだ。今までのこともこれで全て水の泡である。
「司祭様は言わなかった。あなた達の好意を、無下に出来ず、黙って受け取り続けた。これがどういうことか分かる?」
三人は黙っていた。司祭様に「気付かれていた」ことにショックを隠せないのだろう。
「私達、嫌われていたのかしら? 今、みーんな同じことを考えたのでしょう? まず自分の保身を考えた。自己愛者が、司祭の隣に立つ。それこそ不相応よ。あなたたち、なんて独りよがりな恋をしているの?」
この三人は似た者同士だ。
「好意をお菓子という形で押し付けて、好きな人の大切なものを奪って、司祭様の健康も不便も考えてもいない。彼は隣人への愛を説く人よ。あなた達が振り向かれないのは当然だわ」
三人はばつが悪そうに俯いた。
「でもうちの旦那様は優しいから、何も言わない。そこが好きなのでしょう?」
ハッと顔を上げる三人の目に涙が浮かぶ。
「だから私も言わないわ。秘密のお茶会に、お招きありがとう。でも今日限りで良いわ」
くるっと彼女らに踵を返し、小屋の入り口へ歩いて行く。バンッと勢いよく扉を開け放ち、外へ出た。木漏れ日が頭上から降り注いだ。
「ここは森の中なのね……」
誰の小屋かは知らないが、机や椅子など茶器が置かれていたところを見ると、作業小屋ではなく、土地の所有者の離れ家であろう。
「さてと、帰り道はどちらかしら」
小屋に戻り、彼女らに道を訊ねるのは絶対に嫌である。辺りを見回すと、草の繁茂した細い小道を見つけた。道はどこかへ続いている。しばらく歩けば町に戻ることが出来るでしょう。
――はぁ、言いたいこと言ってスッキリした。
溜まっていた鬱憤を吐き出せる相手が現れたというのは好都合だった。誘拐に恐喝、浮気疑惑と散々な目に遭ったが、射撃の的のように罵詈雑言を放ち、相手の心に思う存分風穴をあけた。勧善懲悪万歳! 小道を行く歩調が弾む。やはり自分の意見はちゃんと言わなきゃ、ダメね。気分爽快、最高の散歩日和だわ。
【つづく】
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コメント
旭山リサ
★清水漱平さんへ★ コメントありがとうございます。スカッとしていただきとっても嬉しいです! さて、ここからは、町娘より恐ろしい悪党達が手ぐすね引いて待ち構えておりますが、スカッとはさらに続きますのでお楽しみに~☆
清水レモン
気分爽快❗️