【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-6 ★ 脱ぎたてほやほや! 下着大戦争

「土曜日の夜になると、ミミさんは家政婦のナンシーさんと一緒にお菓子を作っていたわ」

 パムは、ぽそぽそと語り出した。

「机には、お菓子作りには必要とは思えない酢の大瓶や、岩塩が用意されていたの。そしてミミさんは……こう言ったわ」

 パムは私を見据えた。

「うちの旦那様に近付くなんて百万年早い、って」

 言ったような、言わなかったような。悪女の記憶にございませんわ。

「今、言ったことは事実?」

 アラベラが眉をぴくぴくさせながらたずねた。

「さあ? そんなこと言ったかしら」
「しらばっくれるんじゃないわよ!」

 エロイーズが机をバンッと叩いた。

「噂通りの悪女だわ。ミミ・キャベンディッシュ!」
「こんな性格では王子に振られて当然よ」
つらの厚い女と結婚して、司祭様が可哀想」

  アラベラ、パム、エロイーズ。人呼んで「パム、ベラ、エロ」か。他者の人格を丸ごと否定できるこやつらの性格を疑う。

 ――きっと人間になりたかった妖怪悪女なのだわ。かわいそうに。

「司祭様は私のものよ!」

 パムの声がにわかに大きくなった。

「司祭様が教会にいらした時から、私達、将来を誓い合ったんだから!」
「はぁ?」

 パムの発言に耳を疑った。

「な、ななな、なんですって? 将来を誓い合った? 恋人同士だったってこと?」

「今だって愛し合っているわ。だって私達、お互い一目惚れだったの!」

 ――うちの旦那様の浮気相手? 何の冗談よ、これは。

「この、ホラ吹き!」

 パムの頭をはたいたのはエロイーズだった。

「あんたがいつどこで、司祭様と愛し合っていたって言うのよ。こそこそと司祭様につきまとって、気を引こうとしていただけじゃない」

「本当よ! 私と司祭様は愛し合っているのよ」

「まーた、パムの妄想癖もうそうへきが始まったわ。加えて虚言癖きょげんへき。でまかせの嘘も、頭の中じゃ真実になっちゃうんだから」

 エロイーズが、呆れ顔で肩をすくめる。

「皆こぞって……私のことを馬鹿にして」

 パムはカーテンの下からかばんを引き出すと、机の上にドンッと置いた。

「これが証拠よ!」

 彼女が鞄から取り出したのは、なんと。

「私は、司祭様から万年筆をいただいたのよ」

 ――盗まれた万年筆、はっけーん!

「それにこの鍵だっていただいたのだから」
「鍵?」

 家の鍵にしては凹凸が少ない。これは……見覚えがあるわよ。

「書斎の柱時計の鍵よ。私と司祭様が一緒にいる日だけ、時を回す約束なの」

 ――盗まれた時計のねじ、はっけーん!

「それにこれよ!」

 ひらりと風にさらわれそうな、薄くて色あせたボロのぬのきれ。あ、あれは一文いちもんにもならない例の……。

「司祭様の下着よ。ハンカチと靴下もあるわ!」

 ――盗まれた雑巾ぞうきん行き、はっけーん!

「先日、私の部屋に忘れていったから、お届けしようと持っていたの」

 ――アルがパムの部屋に、ハンカチと靴下と下着を忘れていった? それって、つまり……。嘘よね? 嘘だと思いたい。いや……嘘でしょ。

 エロイーズ曰く、パムは「妄想癖と虚言癖」があるという。

 旦那様のアルは「身の回りのものが次々消えて困っている」と話していた。あの困惑した様子から、嘘をいたようには思えない。

 ――この女の言うことを信じて、旦那様のことを疑うの? いいえ、私はアルを信じたいわ。い、今のところは。

 アルは私だけに本音を打ち明けてくれた。「怪現象が起こっている」と話してくれた後日、ついに下着が一枚も無くなったので、しぶしぶ「新しいものをおろす」と言っていた。愛着のあるものは穴があくまで使い続ける貧乏性で正直者しょうじきもの。あの性格では浮気など到底できないだろう。

 ――嘘吐きは、コイツよ!

 パムを睨みつけたが、彼女はどこ吹く風。うちの旦那様の下着に頬ずりをしている最中だった。

「これは司祭様から、脱ぎたてほやほやをいただいたのよ」

 ――アルはそんなことしません。脱いだ下着を「君にあげるよ」と渡す男が、どこにいるか! 異世界にだっていないわ!

「脱ぎたてですって……ちょっとそれを見せなさい」

 ――アラベラ。どこからどう見てもボロボロのぬのきれよ?

「う、嘘かどうか確かめてやるわ!」

 ――エロイーズ。なんでそんなに焦っているのよ。

「触らないで。これは私の宝物よ!」

 うちの旦那様のボロ下着を抱きしめて、臭いを嗅ぐパム。

 ――ひ、引くわ~。筋金入りの変態だわ。

「ちょっと私にも嗅がせなさい!」

 ――エロイーズ。あんた何言っているのよ。

「ずるいわよ、二人とも!」

 ――アラベラ。あんたも嗅ぎたいんかい! 

 司祭の下着を取り合う女たち。
 それを目撃してしまった司祭の妻。
 古今東西、異世界でも類を見ない珍しい修羅場しゅらばである。

 ――アルの青ざめた顔が浮かぶわ。どうりであんなに怖がっていたはずよ。

 こんな頭のいかれた女たちにつきまとわれていたのだもの。

「盗んだ下着を奪い合うなんて浅ましい。その上、大嘘吐おおうそつきとは……」

 思わずぽつりとつぶやくと。

「人のこと言えるの? あんただって、大嘘吐おおうそつきじゃないの、ミミ・キャベンディッシュ!」

 アラベラは握った拳をわなわな震わせた。


【つづく】

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