【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
3-5 ★ 敵も馬鹿ではないらしい
非力な自分が憎い。
手弱女と言えば聞こえは良いが、非常時には何の役にも立たない。
円形の机を前に、私はおんぼろの椅子に縄で縛られていた。
――ここはどこかしら?
葉擦れの音と鳥の囀りだけが聞こえる。
どうやら森の中の古びた小屋のようだ。
――気絶させられた後、夢の中でガラガラと車輪の音を聞いた気がする。
妙な薬を嗅がされ、視界を塞がれた後、荷台か何かでここへ連れてこられたのかも。
――誰か目撃者はいないかしら。まぁ、犯人たちは目の前にいるんだけど。
縛られた私を見ながら、アラベラとエロイーズは薄ら笑っていた。
「さあ、どうぞ」
エロイーズが私の前に受け皿ごとカップを置く。腐った魚のような臭いを放つどす黒いお茶だった。
「砂糖はいかが?」
白い小瓶を差し出す。これは砂糖ではなく塩ね。絶対、塩。
「お茶菓子はいかが?」
アラベラは、干からびた魚を皿にのせてカップの横に並べた。めざし? あら美味そう。前世が日本人だからね。お茶菓子というよりは酒の肴に良さそうだわ。
「私をどうなさる気かしら。殺すつもり?」
「そんなまさか。物騒なこと」
エロイーズが呆れたように笑った。
「あなた達、こんなことして、ただじゃ済まないわ。誘拐、拘束、罪状は多いわよ」
「でも証拠が無いとねぇ? 誰が信じるの。私達はお茶会に招待しただけよ」
アラベラは「ね?」とエロイーズに同意を求めた。
「そうよ。美味しいものを召し上がって欲しいだけ。フフッ」
「貴女の話なんて誰が信じるものですか。王子の元婚約者が、また被害妄想を垂れ流していると噂されるだけよ」
アラベラの言葉に、思わず俯いてしまう。
遺書事件の後、私を精神障害だの、被害妄想だのと悪口を載せた記事は多かった。精神障害には違いない。私は自裁を図ったのだから。けれども「被害妄想」は違う。私がダーシーの策略により冤罪を着せられたことは事実なのだ。
「失礼ね。加害者と被害者の区別くらいはつきますわ」
アラベラ、エロイーズを順に睨み付けた。
「加害者が被害者面をして、よくそんな口を叩けるわね」
エロイーズが吐き捨てた。
「私達に食べさせたお菓子、わざとでしょ?」
「何のことでしょう」
「とぼけないで! 甘くて辛くて苦くて酸っぱい、ゲテモノ料理よ!」
わめきちらすエロイーズの唾が頬に飛ぶ。手が縛られていて拭えない。
「ああ……皆さんに手作りのお菓子を召し上がっていただきましたね」
「わざとあんな味にして、作ったんでしょ」
アラベラが眉をつり上げた。
「誤解です。旦那様だって、美味しいとおっしゃってくださったんですから」
「し、司祭様は、独特の舌を持っていらっしゃるだけよ」
エロイーズの言葉に「そうよ」と相槌を打つアラベラ。
――あぁ、はいはい、なーるほど。好きな人のことは否定したくないのね。
「司祭様にはちゃんとしたものを渡して、私達には不味いのを食わせていたんじゃないの?」
――大当たり! 敵も馬鹿ではないらしい。
「言いがかりですわ」
私は大嘘吐きだ。しかしそれがどうした。
「それこそ、どんな証拠が? 私がお菓子を作るところを誰か見ていたとでも言うのですか」
「……。いたのよ」
エロイーズの返答に間があった。
「それは貴女では? 我が家に不法侵入して台所をのぞいていたんですか? 怖いんですけど~、気持ち悪いんですけど~、暇なんですか~」
わざと棒読みで火に油を注いでみた。コイツは真犯人を知っているかもしれない。
「私じゃないわよ!」
エロイーズは真っ赤な顔で否定すると、背後を勢いよく振り返る。
「いい加減出て来なさいよ。あんたも、この女に言いたいことがあるんでしょう!」
小屋の奥のカーテンが、もぞもぞと揺れる。そこに人が隠れているとは思っていなかった。灰色の長い髪がカーテンの隙間から揺れる。垂れ目で憂鬱そうな面持ちの少女はもじもじしながら現れた。
「貴女……見覚えがあるわ」
礼拝堂の隅っこにいつも腰掛けている女性だ。おそらく私達と歳は変わらないだろう。目が合った瞬間、彼女は私からぷいっと顔を背けた。
――あの長い灰色の髪。
家の中で不審な物音がした時、一瞬見えた犯人と同じものだ。
「パム! あんた見たんでしょう!」
アラベラが声を荒げると、パムと呼ばれた女性はこくりと肯いた。
【つづく】
手弱女と言えば聞こえは良いが、非常時には何の役にも立たない。
円形の机を前に、私はおんぼろの椅子に縄で縛られていた。
――ここはどこかしら?
葉擦れの音と鳥の囀りだけが聞こえる。
どうやら森の中の古びた小屋のようだ。
――気絶させられた後、夢の中でガラガラと車輪の音を聞いた気がする。
妙な薬を嗅がされ、視界を塞がれた後、荷台か何かでここへ連れてこられたのかも。
――誰か目撃者はいないかしら。まぁ、犯人たちは目の前にいるんだけど。
縛られた私を見ながら、アラベラとエロイーズは薄ら笑っていた。
「さあ、どうぞ」
エロイーズが私の前に受け皿ごとカップを置く。腐った魚のような臭いを放つどす黒いお茶だった。
「砂糖はいかが?」
白い小瓶を差し出す。これは砂糖ではなく塩ね。絶対、塩。
「お茶菓子はいかが?」
アラベラは、干からびた魚を皿にのせてカップの横に並べた。めざし? あら美味そう。前世が日本人だからね。お茶菓子というよりは酒の肴に良さそうだわ。
「私をどうなさる気かしら。殺すつもり?」
「そんなまさか。物騒なこと」
エロイーズが呆れたように笑った。
「あなた達、こんなことして、ただじゃ済まないわ。誘拐、拘束、罪状は多いわよ」
「でも証拠が無いとねぇ? 誰が信じるの。私達はお茶会に招待しただけよ」
アラベラは「ね?」とエロイーズに同意を求めた。
「そうよ。美味しいものを召し上がって欲しいだけ。フフッ」
「貴女の話なんて誰が信じるものですか。王子の元婚約者が、また被害妄想を垂れ流していると噂されるだけよ」
アラベラの言葉に、思わず俯いてしまう。
遺書事件の後、私を精神障害だの、被害妄想だのと悪口を載せた記事は多かった。精神障害には違いない。私は自裁を図ったのだから。けれども「被害妄想」は違う。私がダーシーの策略により冤罪を着せられたことは事実なのだ。
「失礼ね。加害者と被害者の区別くらいはつきますわ」
アラベラ、エロイーズを順に睨み付けた。
「加害者が被害者面をして、よくそんな口を叩けるわね」
エロイーズが吐き捨てた。
「私達に食べさせたお菓子、わざとでしょ?」
「何のことでしょう」
「とぼけないで! 甘くて辛くて苦くて酸っぱい、ゲテモノ料理よ!」
わめきちらすエロイーズの唾が頬に飛ぶ。手が縛られていて拭えない。
「ああ……皆さんに手作りのお菓子を召し上がっていただきましたね」
「わざとあんな味にして、作ったんでしょ」
アラベラが眉をつり上げた。
「誤解です。旦那様だって、美味しいとおっしゃってくださったんですから」
「し、司祭様は、独特の舌を持っていらっしゃるだけよ」
エロイーズの言葉に「そうよ」と相槌を打つアラベラ。
――あぁ、はいはい、なーるほど。好きな人のことは否定したくないのね。
「司祭様にはちゃんとしたものを渡して、私達には不味いのを食わせていたんじゃないの?」
――大当たり! 敵も馬鹿ではないらしい。
「言いがかりですわ」
私は大嘘吐きだ。しかしそれがどうした。
「それこそ、どんな証拠が? 私がお菓子を作るところを誰か見ていたとでも言うのですか」
「……。いたのよ」
エロイーズの返答に間があった。
「それは貴女では? 我が家に不法侵入して台所をのぞいていたんですか? 怖いんですけど~、気持ち悪いんですけど~、暇なんですか~」
わざと棒読みで火に油を注いでみた。コイツは真犯人を知っているかもしれない。
「私じゃないわよ!」
エロイーズは真っ赤な顔で否定すると、背後を勢いよく振り返る。
「いい加減出て来なさいよ。あんたも、この女に言いたいことがあるんでしょう!」
小屋の奥のカーテンが、もぞもぞと揺れる。そこに人が隠れているとは思っていなかった。灰色の長い髪がカーテンの隙間から揺れる。垂れ目で憂鬱そうな面持ちの少女はもじもじしながら現れた。
「貴女……見覚えがあるわ」
礼拝堂の隅っこにいつも腰掛けている女性だ。おそらく私達と歳は変わらないだろう。目が合った瞬間、彼女は私からぷいっと顔を背けた。
――あの長い灰色の髪。
家の中で不審な物音がした時、一瞬見えた犯人と同じものだ。
「パム! あんた見たんでしょう!」
アラベラが声を荒げると、パムと呼ばれた女性はこくりと肯いた。
【つづく】
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