【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-4 ★ おのれ……ちょこまかと。

「やっぱり塩に関することわざも逸話も無いみたいね」

 ――アルはどこで知ったのかしら?

「まさか前世、私と同じ日本人だったとか」

 いやいや待って。そんなことあるわけ? 同じ地球の日本からやってきた人間なので、塩にまつわることわざを知っていて、会話が通じたって、そういうこと?

 ――有り得ない話ではないかも。

 私に日本人の記憶があるのだもの。私が異世界に転生したのだから、アルもそうだった可能性はある。

 カタン……ガタタン。

 書斎の外で物音がした。

「ナンシーが帰ってきたのかしら。ゆっくりしてきて良いと言ったのに」

 扉を開けたその時だった。ダダダダと階段を駆け下りる慌ただしい足音が聞こえてきた。吹き抜けの柵から身を乗り出し、階段をのぞくと、ふわっとなびく灰色の長い髪が見えた。

 今のはナンシーでもアルでもない。一体誰だ!

「待ちなさい!」

 私も階段から不審人物を追う。玄関の前まで来たが、ここの扉が開いた様子は無い。すると台所の方からキィと蝶番のきしむ音が聞こえた。

「勝手口ね。逃がすか!」

 玄関の靴ベラをつかみとり、武器のように携え、勝手口から外へ。辺りを見回すが、どこにも人の気配は無い。走り去る人影も無かった。

「おのれ……ちょこまかと。絶対どこかに隠れているわね……」

 靴ベラを教鞭のように、片手でパンパン鳴らしながら庭のすみずみを見回った。

 ――いない、どこにもいない。なんて逃げ足の速い不審者だ。

「ごきげんよう」

 背後から突然声をかけられたので、靴ベラを胸の前で構えた。

「きゃあ! いきなりなんですの!」

 その女性は両手で頭をかばい、うずくまった。

「貴女は……アラベラさんじゃないですか」

 うちの旦那に毒を盛ろうとした容疑者の一人である。

 ――怪しい……。見計らったかのように私の背後に現れるなんて。この女が不審者の正体?

 しかし彼女の髪の色は茶色だ。さっき見えたのは灰色の長い髪だったわ。

「アラベラさん。こんなところでなにしているんです?」
「な、なにって……。呼び鈴を鳴らしても誰も出ませんし、お庭かなと思ってのぞいたら、そんなものを持って、私に襲いかかろうとしますし」
「ああ、これはただの靴べらですわ。実はうちに不審者が侵入したので、警戒していたのです」
「不審者ですって?」
「一人で調べ物をしていたら、なにやら物音が聞こえましてね。泥棒かもしれないわ」
「まぁ……それは怖いわね」

 アラベラは眉を寄せた。どこか他人事な態度である。ますます怪しいな。

「それはそうと、アラベラさんは私に何か御用が?」
「ええ、そうなんです。是非にも、ミミさんをお招きしたいと思って」
「招く? 何にです?」
「いらっしゃれば分かりますわ」
「……申し訳ありませんが、今から警察を呼ばねばならないので」
「け、警察?」
「だって家に不審者が入ったのですよ。怖いし、気持ち悪いわ。主人の不在の間に起こったことなら尚更なおさらですわ。よく調べていただかないと。では、私はこれで」

 アラベラへきびすを返したその時だった。彼女が無言で私の右腕をつかんできた。

「お待ちになって」
「なんです? 放してください」

 アラベラは私の手を放さず、にこりとした。

「泥棒に入られたばかりでは、家に一人でいるのも怖いでしょう?」

 爪が肌に食い込みそうなほど、私の手首をつかんで放さない。

 ――やはりアラベラが不審者?

 私の手を放そうとしない彼女を、少しだけ威嚇いかくするつもりで靴ベラを振り上げる。

「警察は必要ないわ、奥様」

 背後から声がして、靴ベラがすくいとられた。靴ベラが庭へ放り投げられる。

 あっという間に私は羽交い締めにされた。背後の女の形相を見て、心臓が止まるかと思った。

「エロイーズ!? 貴女あなた、何を!?」

 気配が無かった。アラベラだけでなく、エロイーズも近くにいたなんて気付かなかったわ。

「奥様をお茶会に招待したいと思って。ねぇ、アラベラ?」

「では参りましょうか」

 アラベラがハンカチで私の口をふさぐ。鼻をつく刺激臭がした。

 ――なにこれ、薬!?

 薬品の臭いとともに、意識が遠のく。
 バサッと頭に袋がかぶせられ、視界が真っ暗になった。


【つづく】

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品