【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-1 ★ 会心の一撃と、妻のやきもち



【第3章】は、ミミが語り手です。



 毒を以て毒を制す。

 結婚して二ヶ月が経つ頃には、エロイーズ、アラベラは我が家へ何も差し入れないどころか、旦那様のアルに自ら声をかけることも無くなった。挨拶を交わす程度である。

「これで平穏が訪れましたね」
「本当に。ミミのおかげだ」

 アルは心安まる様子で紅茶を飲む。司祭夫婦の穏やかな午後のひとときが始まった。

 ――さて。困ってしまった。

 アルには言えない。この平穏をアルは待ち望んでいただろうが、刺激の多い日常を過ごしてきたせいか、私には少々居心地が悪い。

 ――王宮がいつ私を訴えてくるかという不安はあるけれども。問題は、打ち合わせをしていなかった、今後のことよ。

「何を難しいことを考えているんだい?」

 束の間の平和を謳歌していたアルが、紅茶を飲むのをやめ、私を見つめていた。

「何も」
「嘘」

 秒で否定された。なんと言い訳しようか。本当のことを話そうか。結婚前までは台本通りだったが、結婚後の計画は白紙のままだ。一にも二にも三にも、気になっているのは。

 ――アルは……こ、ここ、子どもが欲しいのかしら?

 そういうことは女性から話すべきではないと母は話した。いろいろと希望を立てないこと。自然と産まれてくるものよ、と。

 ――自然にしていては産まれません、母様。

 小っ恥ずかし過ぎて聞けない。

 ――この人、一度も私に手を出してこないのよね。

 何度かアルにそれとなく遠回しに探られたことがある。
 結婚式の後に寝室で「そんな気持ちは無いのか」とかなんとか。

 ――あの時、私が恥ずかしさ極まって「変なこと」を言ってしまったのが原因ね。

 私は「寝相の悪い星の下に生まれた」と右回りで話題を逸らしてしまったのだ。彼は呆れていた。その時の私は、安心してしまった。

 ――結局、同じベッドで寝るだけ。おまけに私の寝相は最悪だし。

 おそらく寝ている時に、アルに何度も会心かいしんの一撃を食らわしているのだろう。

 ――寝ている私の手足には、悪魔が取り憑いているのではないかしら。

 あまりに寝相が悪いので、迂闊うかつに手を出したら痛い目を見ると恐れられているのではないか。いや、ひょっとすると。

 ――私、女として見られてはいないのでは?

 彼は「同情で結婚したのではない」と言った。同情でないならば「双方の利益」以外に、私を嫁に欲しい理由が分からない。

 遺書の件でいつ王宮から訴えられるとも知れない、首吊り未遂のお騒がせ令嬢と結婚し、さらに子どもという負担を抱えたい男がいるのだろうか。私が男ならそんな女は御免だ。

 ――女ではなく、庇護する対象として見られているのなら。

 この先、家族として、どうしたい? と私にたずねる勇気は無かった。私が不敬罪の件で王宮から訴えられたら、全ての家族計画が水の泡となるかもしれない。

 たとえ子どもを授かったとしてもだ。お腹の子どもだけでなく、旦那様のアルにさらに苦しみを与えることになる。彼を不幸にする恐れがある私に、希望を語る権利は無い。

 ――これ以上、この優しい人に迷惑をかけたくない。

「貴方に毒が盛られる心配は無くなりましたけど。その……」

 ――話題、話題、他の話題は無いかしら!

「本当に、あの二人だけですか? アルに色目を使う女性が他にもいるのでは、と。アルは優しいですから」

 アルは赤い顔でぎょっとした。驚いた彼の様子を見て、勢いに任せて言ったことを私は後悔する。なんというか、これって。

 ――夫の浮気を疑う、妻のやきもちか!

 気にならなかったわけではないけれど、こうもあっさり敵がいなくなってしまって、正直肩透かしなのだ。私は刺激が欲しいだけ、ただそれだけよ!

「あ、あの。他にも困ったことがあったら、教えて欲しいな~と思っただけなのよ?」

 アルは呆けた様子で沈黙していた。何か答えてくれないと、この場をどうしたら良いのか分からない。

「実は……」

 アルは口の前で両手を組んだ。

「最近、ちょっと怪現象が起きていて」


【つづく】

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