【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-8 ★ 戦慄が走る
また毒菓子日曜日がやってきた。
「司祭様。パイ、いかがでした?」
礼拝後、アラベラが感想を求めてきた。いかがもなにも……廃棄したとは言い難い。
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
「それは良かった」
「アラベラさんは、お料理上手なのね」
いつの間にかアラベラの真横にミミが立っていた。
「奥様も召し上がりましたの?」
「ええ。とても勉強になりましたわ。お近付きの印にと思い、今日は御礼を用意しましたの」
ミミは紙袋から、ナプキンで包んだ花びら形のクッキーを一つ取り出した。
「まぁ、可愛い! 奥様がご自分で?」
「はい。よろしければ、今、一枚だけでも召し上がってくださらないかしら」
「ここで……ですか?」
「はい。作るのは好きなのですが、人に贈るのに慣れていなくて。お菓子作りの得意な貴女のご意見をうかがいたいの」
ミミは「ふふふ」と笑った。
「私で……よろしければ」
アラベラはパクッと一口。その表情に戦慄が走る。
「けほっ、こほっ、ごほっ」
アラベラは、かじりかけのクッキーを手にしたまま、口をひくひく痙攣させる。
「いかがですか。自信作ですの」
「そ……そうですね。差し出がましいですが、少々塩を入れ過ぎではございませんか」
「そう? 旦那様はこれくらい塩がきいていた方が美味しいと言って、たくさん召し上がりましたが」
アラベラは「え」と怪訝そうに司祭の俺を見た。
――俺の味覚が異常だと疑われている。
彼女が昨夜、家政婦のナンシーと一緒に、ありったけの塩をクッキーの生地に練り込んでいるのを俺は見た。
「司祭様はお優しいですから」
これは遠回しに「本当は不味いけど、美味いって言ってくれてんのよ」の略だな。
「いやあ、本当に美味しいよ。これくらい塩がきいていないと」
俺は感情をこめて語った。
「この辺りの地域では、濃い味付けが好まれると聞きましたの」
「そうでもないかと。奥様の勘違いですわ」
「まあ、そうでしたの。改良が必要ですわね。また作ったら、是非召し上がってください」
「え……ええ」
アラベラはそそくさと去った。
「奥様手作りのクッキー。私にも是非食べさせてください」
自らやってきたのは、エロイーズだった。今日は何も持ってきていないようだ。
「どうぞ。さあ、召し上がって」
ミミは紙袋からもう一枚クッキーを出すと、エロイーズに試食を促す。クッキーを食べた彼女は、アラベラと同じく不味そうに顔を歪めた。
「お塩が少々……多過ぎるかと。塩の塊をかじっているようですわ」
「そうですか? 旦那様は、まだ塩がきいていても良いとおっしゃいましたよ」
――俺の味覚異常が拡散されている。
塩クッキーを食べたエロイーズのなんとも言えない表情ときたら。この司祭の舌は狂っているのではないかと思われたに違いない。
「また作りますので、召し上がってください」
次は何を練り込むつもりなのだろう、ミミは。
それからと言うもの、土曜の夜になると、ミミとナンシーは台所で闇めいた料理をするようになった。日曜日、例の二人が何か差し入れようと、差し入れまいと、ミミは毎週お菓子を作って「ご意見をください」と試食させるようになった。
酢をたっぷりしみこませた蒸しケーキ。
檸檬と唐辛子入り生クリームシュー。
玉葱と蜜柑を練り込んだクッキー。
数々の伝説が生まれた。なんでもかんでもまぜりゃいいってもんではないです。これを試食させられた二人に同情……いやいや、先に毒物を盛られたのはこちらである。
「これは、その、ネギのような……いえいえ、少々臭う菓子ですねぇ」
「実家の侯爵家秘蔵のレシピなんです」
また適当なこと言ってんな、ミミは。
「まぁ、貴族の。ではありがたく」
貴族が好んで召し上がるものと言うだけで、どんな不味い料理にも箔が付くのはなぜだろう。
「皆さんからいただいたお菓子を手本に勉強して、自分なりに改良を加えました」
「やはりお手本があると違うね、ミミ。本当に美味しいよ。おかげで我が家の食卓が華やかになりました」
この司祭は何を食べても「美味い」しか言わないのだ。きっと味覚が狂っているのだろう。誤解を抱かれていることは百も承知だ。人並みの舌を神様に与えられたので、美味いものと不味いものの違いくらいは分かる。ミミが料理の手本としているのは家政婦のナンシーだ。二人のおかげで食卓が今までより美味しいものに溢れたのは本当だ。
「また作りますから、一番に召し上がってくださいね」
エロイーズ、アラベラの心の声が聞こえた気がした。「いらん」と。
それから毒菓子の贈り物は、ぱたりと途絶えた。
【つづく】
「司祭様。パイ、いかがでした?」
礼拝後、アラベラが感想を求めてきた。いかがもなにも……廃棄したとは言い難い。
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
「それは良かった」
「アラベラさんは、お料理上手なのね」
いつの間にかアラベラの真横にミミが立っていた。
「奥様も召し上がりましたの?」
「ええ。とても勉強になりましたわ。お近付きの印にと思い、今日は御礼を用意しましたの」
ミミは紙袋から、ナプキンで包んだ花びら形のクッキーを一つ取り出した。
「まぁ、可愛い! 奥様がご自分で?」
「はい。よろしければ、今、一枚だけでも召し上がってくださらないかしら」
「ここで……ですか?」
「はい。作るのは好きなのですが、人に贈るのに慣れていなくて。お菓子作りの得意な貴女のご意見をうかがいたいの」
ミミは「ふふふ」と笑った。
「私で……よろしければ」
アラベラはパクッと一口。その表情に戦慄が走る。
「けほっ、こほっ、ごほっ」
アラベラは、かじりかけのクッキーを手にしたまま、口をひくひく痙攣させる。
「いかがですか。自信作ですの」
「そ……そうですね。差し出がましいですが、少々塩を入れ過ぎではございませんか」
「そう? 旦那様はこれくらい塩がきいていた方が美味しいと言って、たくさん召し上がりましたが」
アラベラは「え」と怪訝そうに司祭の俺を見た。
――俺の味覚が異常だと疑われている。
彼女が昨夜、家政婦のナンシーと一緒に、ありったけの塩をクッキーの生地に練り込んでいるのを俺は見た。
「司祭様はお優しいですから」
これは遠回しに「本当は不味いけど、美味いって言ってくれてんのよ」の略だな。
「いやあ、本当に美味しいよ。これくらい塩がきいていないと」
俺は感情をこめて語った。
「この辺りの地域では、濃い味付けが好まれると聞きましたの」
「そうでもないかと。奥様の勘違いですわ」
「まあ、そうでしたの。改良が必要ですわね。また作ったら、是非召し上がってください」
「え……ええ」
アラベラはそそくさと去った。
「奥様手作りのクッキー。私にも是非食べさせてください」
自らやってきたのは、エロイーズだった。今日は何も持ってきていないようだ。
「どうぞ。さあ、召し上がって」
ミミは紙袋からもう一枚クッキーを出すと、エロイーズに試食を促す。クッキーを食べた彼女は、アラベラと同じく不味そうに顔を歪めた。
「お塩が少々……多過ぎるかと。塩の塊をかじっているようですわ」
「そうですか? 旦那様は、まだ塩がきいていても良いとおっしゃいましたよ」
――俺の味覚異常が拡散されている。
塩クッキーを食べたエロイーズのなんとも言えない表情ときたら。この司祭の舌は狂っているのではないかと思われたに違いない。
「また作りますので、召し上がってください」
次は何を練り込むつもりなのだろう、ミミは。
それからと言うもの、土曜の夜になると、ミミとナンシーは台所で闇めいた料理をするようになった。日曜日、例の二人が何か差し入れようと、差し入れまいと、ミミは毎週お菓子を作って「ご意見をください」と試食させるようになった。
酢をたっぷりしみこませた蒸しケーキ。
檸檬と唐辛子入り生クリームシュー。
玉葱と蜜柑を練り込んだクッキー。
数々の伝説が生まれた。なんでもかんでもまぜりゃいいってもんではないです。これを試食させられた二人に同情……いやいや、先に毒物を盛られたのはこちらである。
「これは、その、ネギのような……いえいえ、少々臭う菓子ですねぇ」
「実家の侯爵家秘蔵のレシピなんです」
また適当なこと言ってんな、ミミは。
「まぁ、貴族の。ではありがたく」
貴族が好んで召し上がるものと言うだけで、どんな不味い料理にも箔が付くのはなぜだろう。
「皆さんからいただいたお菓子を手本に勉強して、自分なりに改良を加えました」
「やはりお手本があると違うね、ミミ。本当に美味しいよ。おかげで我が家の食卓が華やかになりました」
この司祭は何を食べても「美味い」しか言わないのだ。きっと味覚が狂っているのだろう。誤解を抱かれていることは百も承知だ。人並みの舌を神様に与えられたので、美味いものと不味いものの違いくらいは分かる。ミミが料理の手本としているのは家政婦のナンシーだ。二人のおかげで食卓が今までより美味しいものに溢れたのは本当だ。
「また作りますから、一番に召し上がってくださいね」
エロイーズ、アラベラの心の声が聞こえた気がした。「いらん」と。
それから毒菓子の贈り物は、ぱたりと途絶えた。
【つづく】
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