【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

2-6 ★ 全部「毒物」でした

 礼拝が終わると、信徒さんから物をもらうことがある。
 食べきれない野菜や果物などだ。その他といえば。

「司祭様、ご結婚おめでとうございます」

 長い茶髪を一つに束ねた女性が、パイを差し出す。灰色の目が笑みに細められた。彼女の名はアラベラという。

「司祭様の幸せを願い心をこめて作りました」

 黒髪をお団子でまとめた女性からクッキーを渡された。彼女の名はエロイーズ。彼女は小麦色の目で俺をじっと見つめてきた。思わず目をそらしてしまう。

 二人の贈り物を「ありがとうございます」と受け取ったが、恐怖で膝が震えた。

 ――そりゃ、最初は嬉しかったけれどさ。

 ついに人生のモテ期が来た、とね。
 人は胃袋から釣れ、ということわざがある。

 半年前、うっかり釣られそうになった魚の俺を助けてくれたのは家政婦のナンシーだった。

「このお菓子、変な臭いがしますよ」と。

 臭いに人一番敏感なナンシーが気付いてくれなきゃ、俺は今頃どうなっていただろうか。
 とはいえ「臭い」だけでせっかくの厚意を無下にするのもどうかと思い【教会本部】の化学部に俺は「贈り物」の研究を依頼した。これはミミには話していないが、俺が町娘さんから花や菓子をもらう度に「変な臭い」だの「色がおかしい」と家政婦探偵ナンシーが言うものだから、さすがに怖くなったのだ。

 化学部にいる研究員達は変わり者揃いで、腐らない聖水だとか、錆びにくい礼拝道具とか、発色の良いステンドグラスだとか、禿げに悩む司祭達の育毛剤だとか、数々の奇跡を起こしてきた頭の良い集団だ。

 俺によく贈り物をくれる町娘さんはエロイーズとアラベラだ。この二人が日曜の礼拝後、同時にお菓子をくれたことがあった。エロイーズは蒸しケーキ、アラベラはタルトケーキである。贈り物を一部ずつ瓶に入れて、教会本部へ行き、化学部に鑑定してもらうことにした。

「二人の女子から贈り物を。へえー」

 化学部の研究員は、しらけた表情をしていた。

「いいですねー、教会区担当の司祭様はー、女の子にモテモテでー。へー、ふーん、ほーう」
「棒読みで皮肉を吐くの、やめてもらえます?」
「で? この二つのお菓子に何が含まれているか調べればいいんですよね?」
「よろしく頼みます。家政婦が毎度〝色がおかしい〟とか〝変な臭いがする〟とか言うので、なんだか怖くなって」
「臭い?」

 研究員は、くんくんと嗅いだ。

「ああ、確かに。どれも冷えていたので気付きませんでしたけど、なんというかこれは……なんだろう?」
「答えになっていないのですが」
「まあ、任せてください。鑑定に三日ほどいただけますか。結果は後日郵送します」
「ありがとうございます」

 帰宅して三日後、化学部から調査結果が届いた。
 手紙の一行目を読んで、ずっこけた。




【アルフレッド・リンドバーグ様へ】

 結論から申しますと、全部毒物どくぶつでした。
 我々研究員は

「普通に菓子作りをする過程では、これらの成分は含まれない。含まれるはずがない」

 という見解で一致しました。これらは全て民間伝承で「ぐすり」として使われてきたものです。

 鼻の良い家政婦様によろしくお伝えください。人間の嗅覚にはまだ分かっていない秘めたる可能性があるのですね。是非お会いしたい。この度は素晴らしい資料をご提供いただき感謝致します。貴方のご無事をお祈り致します。

【ヴェルノーン国教会化学部一同より】




 二枚目には、呪文のように各お菓子に含まれる成分の名前と含有量がんゆうりょう、人体にどのような害をもたらすかが事細かに説明されていた。毎日服用を続けると中毒性から精神的な病を引き起こす可能性のあるものまであった。
 命の恩人ナンシーに化学部の研究員が会いたがっている旨を伝えた。

 ――神様、俺は狙われているみたいです。

 別の教会区の司祭に、それとなく相談してみたところ。

「ああ、俺もあったよ。かわいそーに」

 なんて軽い慰めだ。

「未婚の若い司祭は狙われるんだよ。おまえも気を付けろよ」

 気を付けろと言われても、町娘さん達から毒菓子の贈り物は続いた。ミミと結婚後は、さすがにあちらも個人的な差し入れは控えるだろうと考えていたが。

「司祭様のお疲れが取れるようにと思って、作りましたの」
「私達からのささやかな結婚祝いです」

 エロイーズ、アラベラが結婚祝い? 絶対、何か裏があるだろう。

「気の休まる間も無くて大変でしたでしょう? 奥様には大変なご事情がおありですし。司祭様のお疲れは相当でしょうね」

 遠回しに面と向かって、妻に皮肉を零すアラベラの性格を疑う。

「いいえ、とんでもない。楽しいことばかりでしたよ」

 相手の感情を逆なでしないよう言葉を選び、にこやかに返した。

「司祭様はご多忙ですもの。奥様一人では教会区のお仕事を支えきれませんわ」
「私共が力になります。いつでもお呼びくださいね。奥様一人では無理ですわ」

 エロイーズ、アラベラは、親切心を装いながら本心を隠していると分かった。

「皆さんのお心遣いに感謝します。妻のことを気遣ってくださり、恐縮です」

 二人は途端に機嫌を良くした様子だった。二人が図に乗り「奥様の為」という口実で、せっかく安寧を手に入れたミミの日常をおびやかされては困る。

「ですがミミはここに来て日が浅く、司祭の妻として覚えなくてはいけないことが多くあります。俺でないと教えられないことなので、しばらくはそっとしていただけますか。彼女は大衆の目と他者の干渉に疲弊しているのです」

 エロイーズ、アラベラの表情ににわかに緊張が走った。

「そうですわね、私達ったら、差し出がましいことを」

 エロイーズはうつむき、ミミの方を向く。

「今でさえ、あのように好奇の的ですもの」

 ミミを中心に老若男女の人だかりが出来ていた。

【つづく】

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