【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-5 ★ 嫉妬
日曜日がやってきた。
世にも恐ろしい礼拝の日が。
「生まれたばかりの子鹿のように震えていますよ、アル」
「他に言い方は無いのかい、ミミ」
「緊張しているんですか。日夜記事のネタにされ、雑誌に散々私との仲を書き立てられても涼しい顔をしていた貴方らしくもない」
「君は俺を買いかぶり過ぎ」
「心配しなくても大丈夫、番犬がそばにいるじゃないですか」
ミミが自分を指差す。
「自分を番犬呼ばわりしない。君は俺の奥さん。分かった?」
「はい。相応しい振る舞いを心がけます」
ミミは俺の腕に右手をそっとかけた。
「大丈夫ですよ。私がそばにいますからね。そういえば私、アルの説教を聞くのは初めてです。どんなことを語るんですか」
「綺麗事と、眠くなる物語を少々」
ミミが声を殺して笑い出した。
「笑っている方が綺麗だよ、ミミ」
「えっ」
「さあ、行こうか」
ミミと並んで礼拝堂へ移動する。教会の席は半分が埋まっていた。
「司祭様、奥様、おはようございます」
「ご結婚おめでとうございます」
数人が挨拶がてら祝福を述べてくれた。やがて礼拝の時間になる。空席は一つも無くなっていた。立ち見の者もいる。
――町の人に紛れた、記者発見。
挨拶を交わしたことは一度も無いが、顔を覚えてしまった。それにしても首に写真機をさげ、右手には手帳と万年筆、堂々としたものだ。隠れる気はもう無いらしい。
いつも通り、冷静さを装って礼拝を始める。ミミに話した通り「綺麗事と眠くなる物語」の始まりだ。神の言葉を唱えることが俺の仕事なので、講壇に立つ以上、逸脱した言動は許されない。
――ミミの為だ。真面目な司祭だと思われなければ、彼女を傷つけてしまう。
子は親の鏡だと言う。夫は妻の鏡とまでは言わないし、そうとも思わないが、言葉一つ、行動一つが、お互いの社会的信用に影響を及ぼすのは確かなことだ。
「今日は、新しい家族を皆様にご紹介します」
司祭の妻となったミミが、アンダンテ教会区の信徒さんの前で挨拶する大事な日でもある。
「ミミ、こちらへ」
「はい」
ミミは講壇への階段をのぼると、俺の隣に立った。
「ご紹介します。私の妻、ミミです」
「ミミと申します。はじめまして」
ミミはゆっくりとした仕草で腰を折ると、集まった信徒さんを見回し、微笑んだ。礼拝堂は時を止めたように静まり返る。なんだなんだ、急に全員だんまりになって。なんだか感じが悪いな、と思ったその時だった。
「私のことを新聞で存じている方も多いことと思います」
ミミは背筋を真っ直ぐに伸ばし、はっきりと通る声を上げた。
「私が町に越してきたことで、何かとお騒がせをして誠に申し訳ございませんでした」
ミミは深々と頭を下げ、教会のすみにいる記者へ視線をくべた。町の人の視線が記者へ向く。
「あの男、見覚えがあるぞ」
「新聞の記者だって言っていたね」
「根掘り葉掘り、いろいろ聞かれたよ」
町人達の陰口があちこちから聞こえた。記者は居心地が悪そうに、辺りをきょろきょろする。ざまぁみろと思ってしまった俺の心根の司祭らしからぬことよ。
「真実を告げる者も、事実を歪曲して伝える者もいます。何を選び信じるかは受取手次第です。誰が私のことでどんな嘘を立てようと、司祭の妻である私はより誠実に、より正直に生きていくつもりです。しばらくは身辺が騒がしいとは思いますが、何卒お許しください。これからどうぞよろしくお願い致します」
ミミは深々と頭を下げると、俺に振り向いた。
「ミミ」
「はい」
愛と賞賛を告げる口は、一人の男の拍手にさらわれた。町議会の男が席を立ち、惜しみなく手を叩いていたのだ。次々に町人達は立ち上がると、ある者は歓声を上げ、ある者は口笛を吹き、ある者は「結婚おめでとう」「町へようこそ」と祝福を送ってくれた。
ミミは迎えられたのだ。この町に。けれどもミミを快く思わない者達も多くいた。俺は気付いていないと思っているだろうが、数名の町娘さんは椅子に座ったまま、ミミを睨み付けている。知的で利発そうなミミは、少なからず女性の嫉妬を買ってしまったようだ。
――同性にひがまれるだけ、ミミは輝くものを持っているということだけど。
人もそれぞれだ。はじめに「おめでとう」と言ってくれた人。右に倣えで祝福を送る人。心から祝っていない人。祝う気など毛頭無い人。記者にかわり、迷惑をかけたと謝る俺の妻。
誰に惹かれるかと訊ねられたら、迷うことなくミミである。これほど心根の真っ直ぐな女性は他にいない。ミミのせいではないのに、彼女は謝った。妻が謝罪をしたのなら、俺から伝えることは一つ。
「祝福を賜り、御礼申し上げます」
俺は心からの感謝を述べることにした。
【つづく】
世にも恐ろしい礼拝の日が。
「生まれたばかりの子鹿のように震えていますよ、アル」
「他に言い方は無いのかい、ミミ」
「緊張しているんですか。日夜記事のネタにされ、雑誌に散々私との仲を書き立てられても涼しい顔をしていた貴方らしくもない」
「君は俺を買いかぶり過ぎ」
「心配しなくても大丈夫、番犬がそばにいるじゃないですか」
ミミが自分を指差す。
「自分を番犬呼ばわりしない。君は俺の奥さん。分かった?」
「はい。相応しい振る舞いを心がけます」
ミミは俺の腕に右手をそっとかけた。
「大丈夫ですよ。私がそばにいますからね。そういえば私、アルの説教を聞くのは初めてです。どんなことを語るんですか」
「綺麗事と、眠くなる物語を少々」
ミミが声を殺して笑い出した。
「笑っている方が綺麗だよ、ミミ」
「えっ」
「さあ、行こうか」
ミミと並んで礼拝堂へ移動する。教会の席は半分が埋まっていた。
「司祭様、奥様、おはようございます」
「ご結婚おめでとうございます」
数人が挨拶がてら祝福を述べてくれた。やがて礼拝の時間になる。空席は一つも無くなっていた。立ち見の者もいる。
――町の人に紛れた、記者発見。
挨拶を交わしたことは一度も無いが、顔を覚えてしまった。それにしても首に写真機をさげ、右手には手帳と万年筆、堂々としたものだ。隠れる気はもう無いらしい。
いつも通り、冷静さを装って礼拝を始める。ミミに話した通り「綺麗事と眠くなる物語」の始まりだ。神の言葉を唱えることが俺の仕事なので、講壇に立つ以上、逸脱した言動は許されない。
――ミミの為だ。真面目な司祭だと思われなければ、彼女を傷つけてしまう。
子は親の鏡だと言う。夫は妻の鏡とまでは言わないし、そうとも思わないが、言葉一つ、行動一つが、お互いの社会的信用に影響を及ぼすのは確かなことだ。
「今日は、新しい家族を皆様にご紹介します」
司祭の妻となったミミが、アンダンテ教会区の信徒さんの前で挨拶する大事な日でもある。
「ミミ、こちらへ」
「はい」
ミミは講壇への階段をのぼると、俺の隣に立った。
「ご紹介します。私の妻、ミミです」
「ミミと申します。はじめまして」
ミミはゆっくりとした仕草で腰を折ると、集まった信徒さんを見回し、微笑んだ。礼拝堂は時を止めたように静まり返る。なんだなんだ、急に全員だんまりになって。なんだか感じが悪いな、と思ったその時だった。
「私のことを新聞で存じている方も多いことと思います」
ミミは背筋を真っ直ぐに伸ばし、はっきりと通る声を上げた。
「私が町に越してきたことで、何かとお騒がせをして誠に申し訳ございませんでした」
ミミは深々と頭を下げ、教会のすみにいる記者へ視線をくべた。町の人の視線が記者へ向く。
「あの男、見覚えがあるぞ」
「新聞の記者だって言っていたね」
「根掘り葉掘り、いろいろ聞かれたよ」
町人達の陰口があちこちから聞こえた。記者は居心地が悪そうに、辺りをきょろきょろする。ざまぁみろと思ってしまった俺の心根の司祭らしからぬことよ。
「真実を告げる者も、事実を歪曲して伝える者もいます。何を選び信じるかは受取手次第です。誰が私のことでどんな嘘を立てようと、司祭の妻である私はより誠実に、より正直に生きていくつもりです。しばらくは身辺が騒がしいとは思いますが、何卒お許しください。これからどうぞよろしくお願い致します」
ミミは深々と頭を下げると、俺に振り向いた。
「ミミ」
「はい」
愛と賞賛を告げる口は、一人の男の拍手にさらわれた。町議会の男が席を立ち、惜しみなく手を叩いていたのだ。次々に町人達は立ち上がると、ある者は歓声を上げ、ある者は口笛を吹き、ある者は「結婚おめでとう」「町へようこそ」と祝福を送ってくれた。
ミミは迎えられたのだ。この町に。けれどもミミを快く思わない者達も多くいた。俺は気付いていないと思っているだろうが、数名の町娘さんは椅子に座ったまま、ミミを睨み付けている。知的で利発そうなミミは、少なからず女性の嫉妬を買ってしまったようだ。
――同性にひがまれるだけ、ミミは輝くものを持っているということだけど。
人もそれぞれだ。はじめに「おめでとう」と言ってくれた人。右に倣えで祝福を送る人。心から祝っていない人。祝う気など毛頭無い人。記者にかわり、迷惑をかけたと謝る俺の妻。
誰に惹かれるかと訊ねられたら、迷うことなくミミである。これほど心根の真っ直ぐな女性は他にいない。ミミのせいではないのに、彼女は謝った。妻が謝罪をしたのなら、俺から伝えることは一つ。
「祝福を賜り、御礼申し上げます」
俺は心からの感謝を述べることにした。
【つづく】
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