【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

2-4 ★ 手を繋いでいただけないでしょうか

「君のお願いって何?」

 彼女は言い出しにくそうにもじもじしていた。
 おそらく俺の期待するような、お願いではないだろう。これまでの彼女の言動を振り返れば予想がつく。金勘定、生活必需品、記者対策。そんなものだろうな。

「手を繋いでいただけないでしょうか」
「手?」

 ――一体いったい何の為にだろう?

「お願いって、それだけ?」
「それだけですよ。ダメですか?」
「どういう理由で?」
「ただ繋ぎたいだけです」
「俺の手で良いなら、いくらでも」

 おそらく何か理由があるのだろうが、とりあえず言われた通り、両手で包み込む。

「片手だけで、良いです」

 彼女は俺の右手を、そっと遠慮した。

「ありがとう、アル。とても落ち着くわ」

 手を握ったまま、チクタク秒針は進む。

「男性の手は少しゴツゴツしているのですね」
「細い手の方が良かった?」
「いいえ。私はこの手の方が」

 ミミは花のように柔らかく笑んだ。

「熱くて大きいのですね。幼い頃に父としか手を繋いだことがないので。親不孝者で、その時のことはすっかり忘れてしまったものだから、初めて男性の手に触れたようです」

「今まで一度も? 前の婚約者とは?」
「一度も」

 彼女は彼に愛されたことが無かったのだ。
 親の愛とは別物だ。第三者に心から愛されたことが無く、手も繋いだことが無かったのか。

「もう誰も、私と繋いでくれる人がいないのだとあきらめていました」

 ミミの手が汗ばむ。

「本当は怖くてたまらないの、アル」

 ミミの目から、せきを切ったように大粒の涙が零れ落ちた。

「しばらくしたら王宮は、私を不敬罪で訴えるでしょう。けれどそれは私が撒いた種です」

 ミミは無理に笑った。

「もし私の首に縄がかけられたとしても貴方に迷惑をかけたくない。未来に希望があると確証が無いから」

 絶望の淵にいる彼女の気持ちを汲み、俺は片手を握り続けるだけだろうか。悩んだ末、俺は彼女の手を離した。

「アル?」

 ミミの表情がたちまち寂しげに萎む。

「君は欲が無さ過ぎる」

 たまらず彼女を両腕で強く抱きしめた。

「俺は欲しいものがたくさんあるよ」
「欲しいもの?」
「そう。司祭なのに欲深いんです」

  すると俺の腕の中で、ミミが少し笑った。

「私に叶えられるものなら良いのに」

 ミミは両腕を俺の背中に回し、噎び泣いた。

「迷惑かけて、ごめんなさい」
「いいよ」

 ミミの涙が左胸に染み、熱くて痛い。

「嫌なこと、たくさん言って、ごめんなさい」
「いいよ。俺も、たくさんごめん」

 頭をポンポンとそっとでる。

「同情だとしても……」

 ミミはしゃくり上げた。

「私と結婚してくれてありがとう」
「同情じゃないよ」

 涙に腫れた顔を上げて、俺を見つめるミミ。

「この意味、分かる?」

 ぽかんとする彼女の額にキスを一つ落とした。

【つづく】

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