【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-3 ★ 寝相の悪い星の下
「私、ものすごく寝相が悪いんですよ」
「え?」
「尋常でなく、寝相が悪いんです。布団を全部蹴飛ばして、冬に何度風邪を引いたことか」
「へ……へぇ」
「だから。もしも私が旦那様を無意識に蹴飛ばして、貴方がベッドから転がり落ちそうになっても、右側なら壁が守ってくれますわ」
――いきなり何を言い出すのだろう、彼女は。
「私は左に寝返りを打って、左に転がることが多いので。旦那様の安全は保たれます」
「君の安全は?」
「私は床に転がるかもしれませんが、寝相の悪い星の下に生まれたので、自業自得です」
「あのね、そーじゃなくて」
頭をかきむしる。天然なのか、右脳が発達し過ぎて物事を斜め上から捉える癖がついているだけなのか。
「ちょっと、ここに座って」
俺はベッドに腰掛け、隣をポンポンと叩いた。彼女は素直に、隣に座った。
「この際……はっきりさせたいんだけど」
「はい……」
まただ。彼女の表情が氷の女王のように冷たいものに変わった。これは緊張しているのか。それとも俺には全く気は無いのか。
――台本は無いけれど、打ち合わせ通り、か。
ここに来る前、彼女はそう言った。
――はて。どこまで打ち合わせをしたっけ。
俺の記憶が正しければ、結婚式までだった気がする。その先は白紙のままだ。これは彼女の意見をきちんと聞かねばなるまい。
「まず一つ目なんだけど……」
コンコンと扉が優しく叩かれた。
「旦那様、紅茶をお持ちしました」
ナンシー。君は仕事が出来て素晴らしい家政婦だけれど、今日ばかりは早過ぎるよ。
「どうぞ」
扉を開けると、ナンシーがにこやかに入ってきて、机に茶器を並べた。ドライフルーツとナッツがのった美味しそうなタルトもある。
「これはナンシーさんの手作り? 可愛い」
ミミは目を輝かせた。
「はい。旦那様の好きなお菓子なんですよ」
「是非、私にも作り方を教えてくださいね」
「勿論ですとも。それでは、ごゆっくり」
俺とミミに紅茶のカップを皿ごと手渡すと、ナンシーは部屋を出た。
「本当にお料理上手な方なのね。彼女から習うことがたくさんありそう。わくわくするわ」
「ミミ、無理していないかい?」
俺の問いに、ミミは小首を傾けた。
「家事炊事はナンシーの仕事だ。彼女もタダで勤めているわけじゃない。だから……甘えて良いんだよ?」
「私が侯爵家の娘だからそう言うのですか」
「いや、違うよ」
「嘘ね。私が町娘だったなら違う言葉をかけたはずよ。旦那様は生まれで女を見るのですか」
「違うよ!」
するとつり上がった彼女の眉が穏やかな曲線を描いた。
「良かった」
彼女は息を吐くと、紅茶を一口飲み、カップを机に置いた。
「あまり私を甘やかさないでくださいな」
ほっとした表情で、俺の肩に頭をあずける。
あまりに自然な仕草で寄り添ってきたものだから、心臓が止まったかと思った。
――どうしたら、いいのだろう。
司祭になる為、神智の勉強に打ち込んできたので、電撃結婚したのに女性の扱いがまるで分からない。知識はあっても、実際に手足を動かすとなると未知の領域だった。とりあえず肩を抱き寄せてみたが、ぎこちない。
「旦那様。私、一つお願いがあるんですが」
「ちょっと待って。俺からも一つお願い」
「なんでしょう?」
「アルって、名前で呼んでくれないかな?」
「呼んで良いんですか?」
「うん。旦那様ってものすごく古風な言い方だから。俺は君を名前で呼ぶから、君もそうして欲しい」
「アルフレッド、と?」
「アルで良いよ。アルって呼んでくれたら、君のお願いを何でも叶えてあげる」
「アル」
「良し。――で、君のお願いって何?」
彼女は言い出しにくそうにもじもじしていた。
【つづく】
「え?」
「尋常でなく、寝相が悪いんです。布団を全部蹴飛ばして、冬に何度風邪を引いたことか」
「へ……へぇ」
「だから。もしも私が旦那様を無意識に蹴飛ばして、貴方がベッドから転がり落ちそうになっても、右側なら壁が守ってくれますわ」
――いきなり何を言い出すのだろう、彼女は。
「私は左に寝返りを打って、左に転がることが多いので。旦那様の安全は保たれます」
「君の安全は?」
「私は床に転がるかもしれませんが、寝相の悪い星の下に生まれたので、自業自得です」
「あのね、そーじゃなくて」
頭をかきむしる。天然なのか、右脳が発達し過ぎて物事を斜め上から捉える癖がついているだけなのか。
「ちょっと、ここに座って」
俺はベッドに腰掛け、隣をポンポンと叩いた。彼女は素直に、隣に座った。
「この際……はっきりさせたいんだけど」
「はい……」
まただ。彼女の表情が氷の女王のように冷たいものに変わった。これは緊張しているのか。それとも俺には全く気は無いのか。
――台本は無いけれど、打ち合わせ通り、か。
ここに来る前、彼女はそう言った。
――はて。どこまで打ち合わせをしたっけ。
俺の記憶が正しければ、結婚式までだった気がする。その先は白紙のままだ。これは彼女の意見をきちんと聞かねばなるまい。
「まず一つ目なんだけど……」
コンコンと扉が優しく叩かれた。
「旦那様、紅茶をお持ちしました」
ナンシー。君は仕事が出来て素晴らしい家政婦だけれど、今日ばかりは早過ぎるよ。
「どうぞ」
扉を開けると、ナンシーがにこやかに入ってきて、机に茶器を並べた。ドライフルーツとナッツがのった美味しそうなタルトもある。
「これはナンシーさんの手作り? 可愛い」
ミミは目を輝かせた。
「はい。旦那様の好きなお菓子なんですよ」
「是非、私にも作り方を教えてくださいね」
「勿論ですとも。それでは、ごゆっくり」
俺とミミに紅茶のカップを皿ごと手渡すと、ナンシーは部屋を出た。
「本当にお料理上手な方なのね。彼女から習うことがたくさんありそう。わくわくするわ」
「ミミ、無理していないかい?」
俺の問いに、ミミは小首を傾けた。
「家事炊事はナンシーの仕事だ。彼女もタダで勤めているわけじゃない。だから……甘えて良いんだよ?」
「私が侯爵家の娘だからそう言うのですか」
「いや、違うよ」
「嘘ね。私が町娘だったなら違う言葉をかけたはずよ。旦那様は生まれで女を見るのですか」
「違うよ!」
するとつり上がった彼女の眉が穏やかな曲線を描いた。
「良かった」
彼女は息を吐くと、紅茶を一口飲み、カップを机に置いた。
「あまり私を甘やかさないでくださいな」
ほっとした表情で、俺の肩に頭をあずける。
あまりに自然な仕草で寄り添ってきたものだから、心臓が止まったかと思った。
――どうしたら、いいのだろう。
司祭になる為、神智の勉強に打ち込んできたので、電撃結婚したのに女性の扱いがまるで分からない。知識はあっても、実際に手足を動かすとなると未知の領域だった。とりあえず肩を抱き寄せてみたが、ぎこちない。
「旦那様。私、一つお願いがあるんですが」
「ちょっと待って。俺からも一つお願い」
「なんでしょう?」
「アルって、名前で呼んでくれないかな?」
「呼んで良いんですか?」
「うん。旦那様ってものすごく古風な言い方だから。俺は君を名前で呼ぶから、君もそうして欲しい」
「アルフレッド、と?」
「アルで良いよ。アルって呼んでくれたら、君のお願いを何でも叶えてあげる」
「アル」
「良し。――で、君のお願いって何?」
彼女は言い出しにくそうにもじもじしていた。
【つづく】
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