【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-1 ★ お姫様抱っこの風習とは?
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【第2章】は、アルフレッドが語り手です。
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首吊り未遂の侯爵令嬢と、電撃結婚しました。
馴れ初めをいちいち説明せずとも、家族や親戚、職場の人間、普段ろくに会話もしない知り合いまで、こちらの事情を知っているというのは有り難い。どのような経緯で俺とミミが結婚に至ったか、下世話な記者が書き立てたからだ。
俺達の悪口を載せた記事もあったが、妻となったミミの【例の遺書】が強烈で、読者の関心は王子と新しい婚約者、彼らの金回りにあるようだ。いやあ、どちらも腐っていて結構結構。このまま皆、地獄に墜ちてよろしい。天にまします神にかわって、司祭が認める。
それにしてもあの日、書庫での一件は思い返すも衝撃だった。
扉を開けたら、長い亜麻色の髪の美女が、椅子の上に立っているではないか。
棚の高いところにある本をとろうとしているのではと思ったが、彼女は縄に首を通している。つややかな黒い目は涙に濡れ、紅をさした唇は悔しげに引き結ばれていた。
笑顔の女性を綺麗だと思うことは多かったが、死に臨む女性を美しいと思ったのは、彼女が最初で最後だろう。本当に最後であって欲しい。
――こんなに綺麗な人が死んではいけない。
止めようとしたら、彼女は椅子を蹴飛ばし、宙ぶらりんになってしまった。俺は自殺現場の目撃者から、自殺の誘導者になってしまったのだ。俺が自殺を止めるタイミングをちゃんと見計らえば、彼女の首に痣は出来なかった。後悔してもしきれない。
彼女はまだ死にたいという。
彼女の家を訪れたら、自殺の再挑戦、準備の真っ最中だった。
死ぬなと、毎晩耳元で囁いても、あくどい王子が彼女にかけた呪いは解けない気がした。
――では呪いを解いてみせようじゃないか。
命の尊さを語っても彼女の心には届かない。一国の王子様に振られた令嬢の受難に心から同情した。それを彼女は見抜いて「同情など犬にくれてやれ」と言わんばかりに俺に噛みついてきた。
――これが王子の元婚約者だって?
王子はミミの本性を見抜いていたのだろうか。いや「人を見る目が無い」と彼女が遺書に記した通り、あの王子は救いようのない馬鹿である。人を見る目があるのはミミの方だ。新聞に原文のまま掲載された【遺書】を読んだ時に、俺はミミに恋をした。
――それなのに、俺の好きな人ときたら。
新婚なのに、新居の前で、世界の終わりが来たかのような険しい顔をしている。今度の悩みはなんだろう。死にたい、以外なら受け付ける。
「ミミ、笑顔」
俺が小声で囁くと、ミミはハッとして微笑みを湛えた。茂みの中に何人記者が隠れているのだか。「二人は幸せそうだ」と記事に書いてくれよ、まったく。
俺は玄関扉を開けた。ミミがドレスをつまんで入ろうとしたけれど。
「待って、ミミ」
俺はミミを両腕で抱えようとしたが。
「えっ、ちょっ、なんで?」
ミミが抵抗したので、こう囁いた。
「風習さ」
「風習?」
「新居に到着したら、花婿が花嫁を両腕に抱えて家に入るんだよ」
「私、一度この家に来ていますよ?」
「うん。あの時は結婚前だったね」
ミミが両親と一緒に、俺の住まいを見に来たことがあった。
「お姫様抱っこするのは、結婚直後の風習だよ。花嫁が敷居で躓くのは不吉だからさ。花嫁衣装は裾が長く作られているだろう?」
「なるほど。裾を踏んで、こけやすいのね」
「そういうこと。だから、抱えさせて」
俺は妻を両腕に抱えた。
「私、重くない?」
「軽いよ」
恥ずかしそうにはにかむ彼女を抱えて玄関をくぐり、扉を閉めた。
「やっぱり重かったでしょう?」
「いいや。軽かったよ」
「その割には息が切れています」
「緊張して。君も……なんだか難しい顔をしていたけれど、どうして?」
「私がですか?」
「家に入る前。何か考え込んでいただろう?」
「今月の献立と、家計簿について少々」
「えっ」
「今後のことで相談しなければならないことが山ほどあると思うの。とりあえずあたたかい紅茶を飲みながら。台所は確か、こっちだったわね」
式の前に一度来ただけなのに、ミミは間取りを覚えていた。台所に入ったミミは、きょとんとした。白髪をお団子でまとめ、エプロンを着けた眼鏡のおばちゃんが、せっせと夕食の用意をしていたからだ。
「おかえりなさいませ」
おばちゃんは料理の手を止め、会釈した。眼鏡の下、緑色の目がミミを捉える。
「家政婦のナンシーだよ。この前ミミが来た時は、ナンシーと会う機会が無かったね」
ミミは首を縦に振った。
「ナンシー。こちらがミミ。俺の奥さんだ」
「お噂はかねがね。家政婦のナンシー・シュタインと申します」
「ミミ・リンドバーグです、はじめまして」
「なんとまあ、写真で見るよりもずっと可愛いお嬢様だこと」
ナンシーの言葉に思わずうなずく。白黒写真では、実物にかなわないよね、ほんと。
「奥様に会ったら、言わなきゃいけないと思っていたことがあるのよ」
「な、なんでしょう?」
ミミは緊張気味にごくりと喉を鳴らした。
【つづく】
【著者コラム】
花婿が花嫁をお姫様抱っこして新居へ入るのは、古代ローマからある風習です。
紳士的でロマンチックな風習なので、異世界ヴェルノーン王国にも取り入れました。
このエピドード以降は、本文のみの投稿となります。諸々立て込んでおり、ボイスノベルにできず申し訳ございません。
【第2章】は、アルフレッドが語り手です。
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首吊り未遂の侯爵令嬢と、電撃結婚しました。
馴れ初めをいちいち説明せずとも、家族や親戚、職場の人間、普段ろくに会話もしない知り合いまで、こちらの事情を知っているというのは有り難い。どのような経緯で俺とミミが結婚に至ったか、下世話な記者が書き立てたからだ。
俺達の悪口を載せた記事もあったが、妻となったミミの【例の遺書】が強烈で、読者の関心は王子と新しい婚約者、彼らの金回りにあるようだ。いやあ、どちらも腐っていて結構結構。このまま皆、地獄に墜ちてよろしい。天にまします神にかわって、司祭が認める。
それにしてもあの日、書庫での一件は思い返すも衝撃だった。
扉を開けたら、長い亜麻色の髪の美女が、椅子の上に立っているではないか。
棚の高いところにある本をとろうとしているのではと思ったが、彼女は縄に首を通している。つややかな黒い目は涙に濡れ、紅をさした唇は悔しげに引き結ばれていた。
笑顔の女性を綺麗だと思うことは多かったが、死に臨む女性を美しいと思ったのは、彼女が最初で最後だろう。本当に最後であって欲しい。
――こんなに綺麗な人が死んではいけない。
止めようとしたら、彼女は椅子を蹴飛ばし、宙ぶらりんになってしまった。俺は自殺現場の目撃者から、自殺の誘導者になってしまったのだ。俺が自殺を止めるタイミングをちゃんと見計らえば、彼女の首に痣は出来なかった。後悔してもしきれない。
彼女はまだ死にたいという。
彼女の家を訪れたら、自殺の再挑戦、準備の真っ最中だった。
死ぬなと、毎晩耳元で囁いても、あくどい王子が彼女にかけた呪いは解けない気がした。
――では呪いを解いてみせようじゃないか。
命の尊さを語っても彼女の心には届かない。一国の王子様に振られた令嬢の受難に心から同情した。それを彼女は見抜いて「同情など犬にくれてやれ」と言わんばかりに俺に噛みついてきた。
――これが王子の元婚約者だって?
王子はミミの本性を見抜いていたのだろうか。いや「人を見る目が無い」と彼女が遺書に記した通り、あの王子は救いようのない馬鹿である。人を見る目があるのはミミの方だ。新聞に原文のまま掲載された【遺書】を読んだ時に、俺はミミに恋をした。
――それなのに、俺の好きな人ときたら。
新婚なのに、新居の前で、世界の終わりが来たかのような険しい顔をしている。今度の悩みはなんだろう。死にたい、以外なら受け付ける。
「ミミ、笑顔」
俺が小声で囁くと、ミミはハッとして微笑みを湛えた。茂みの中に何人記者が隠れているのだか。「二人は幸せそうだ」と記事に書いてくれよ、まったく。
俺は玄関扉を開けた。ミミがドレスをつまんで入ろうとしたけれど。
「待って、ミミ」
俺はミミを両腕で抱えようとしたが。
「えっ、ちょっ、なんで?」
ミミが抵抗したので、こう囁いた。
「風習さ」
「風習?」
「新居に到着したら、花婿が花嫁を両腕に抱えて家に入るんだよ」
「私、一度この家に来ていますよ?」
「うん。あの時は結婚前だったね」
ミミが両親と一緒に、俺の住まいを見に来たことがあった。
「お姫様抱っこするのは、結婚直後の風習だよ。花嫁が敷居で躓くのは不吉だからさ。花嫁衣装は裾が長く作られているだろう?」
「なるほど。裾を踏んで、こけやすいのね」
「そういうこと。だから、抱えさせて」
俺は妻を両腕に抱えた。
「私、重くない?」
「軽いよ」
恥ずかしそうにはにかむ彼女を抱えて玄関をくぐり、扉を閉めた。
「やっぱり重かったでしょう?」
「いいや。軽かったよ」
「その割には息が切れています」
「緊張して。君も……なんだか難しい顔をしていたけれど、どうして?」
「私がですか?」
「家に入る前。何か考え込んでいただろう?」
「今月の献立と、家計簿について少々」
「えっ」
「今後のことで相談しなければならないことが山ほどあると思うの。とりあえずあたたかい紅茶を飲みながら。台所は確か、こっちだったわね」
式の前に一度来ただけなのに、ミミは間取りを覚えていた。台所に入ったミミは、きょとんとした。白髪をお団子でまとめ、エプロンを着けた眼鏡のおばちゃんが、せっせと夕食の用意をしていたからだ。
「おかえりなさいませ」
おばちゃんは料理の手を止め、会釈した。眼鏡の下、緑色の目がミミを捉える。
「家政婦のナンシーだよ。この前ミミが来た時は、ナンシーと会う機会が無かったね」
ミミは首を縦に振った。
「ナンシー。こちらがミミ。俺の奥さんだ」
「お噂はかねがね。家政婦のナンシー・シュタインと申します」
「ミミ・リンドバーグです、はじめまして」
「なんとまあ、写真で見るよりもずっと可愛いお嬢様だこと」
ナンシーの言葉に思わずうなずく。白黒写真では、実物にかなわないよね、ほんと。
「奥様に会ったら、言わなきゃいけないと思っていたことがあるのよ」
「な、なんでしょう?」
ミミは緊張気味にごくりと喉を鳴らした。
【つづく】
【著者コラム】
花婿が花嫁をお姫様抱っこして新居へ入るのは、古代ローマからある風習です。
紳士的でロマンチックな風習なので、異世界ヴェルノーン王国にも取り入れました。
このエピドード以降は、本文のみの投稿となります。諸々立て込んでおり、ボイスノベルにできず申し訳ございません。
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