【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

1-3 ★ これがスッピンよ

 前世の日本人、ミナの人生は十四歳という短さにしては不幸が長かった。
 幸せだったのは生まれた時くらいである。両親の喧嘩は絶えず、学校では常に仲間外れにされた。優秀だったミナは、頭の良い男子にやっかまれることも多々あり、女子からは鼻持ちならないと敬遠された。

 ミナは、感情をあらわにすることは無かった。感情を爆発させる両親を見てきたので、言葉の恐ろしさに怯えていたのだ。口は災いの元だ。何を言われても、黙っていた方が良いという考えは、十四歳の時に受けたイジメによって覆された。

 ――黙っても、喋っても、いじめられる。

 加害者は、被害者ヅラが得意だからだ。教室の真ん中で、しくしくすすり泣くこの女が全ての原因で、私を孤独にした加害者だと誰が思うだろう。

「私は謝ったのに、なぜ許してくれないの」

 ――謝った? いつ?

 理不尽な要求と言い訳ばかりしてくるから、相手にしなかっただけなのに。

 ――教室の真ん中で、泣いて逆ギレなんて……。

 ナヨさんは「謝ったのに」と言って、私を悪役に仕立て上げた。実に狡猾だ。

「ミナさん、最悪」
「謝ったって言っているのに」
「冷たい人だね」

 泣く女の戯れ言に、クラスメイトの男子は騙された。他の女子もひそひそ陰口を叩きだす。

 ――これは何? 巷に溢れている悪役令嬢モノの、断罪イベント?

 流行りの小説の「断罪イベント」という言葉が嫌いだった。
 加害者呼ばわりされる苦痛を経験したことも無い人間が、エンターテイメントとして悪役令嬢を量産していく。僻地へ飛ばされた可哀想な女のスローライフ、真の王子様の登場、身の潔白の証明。なんてご都合主義的なのだろう。可哀想な女を書いて、可哀想な女が愛されるストーリーにはあきあきだ。そんなのあるはずが無い。あるとは思えない。

 たかが十四歳の中学二年生が断罪されている今、絵に描いたような救済が訪れるはずが無かった。地方へ引っ越しする余裕も無く、ステキな彼氏が出来る未来も、私が被害者だと訴える方法も、希望は何一つ浮かばなかった。イジメ、両親の不仲と離婚危機、私の周囲は問題が多過ぎる。私は望まれない子どもで、望まれない同級生で、誰かの自尊心や日常を脅かす加害者なのか。

「私は何もしていないわ」

 信じてくれる人がいなかったから、私は……首吊りをし、命を対価に被害者となった。
 椅子を蹴る前に考えたのは、娘の遺体を見つけた両親が「どんな顔をするだろうか」ということ。妄想しながら笑みが止まらなかった。彼女は狂っていたのだ。前世の自分の両親が、その後どんな人生を歩んだのか知る由も無い。知りたいとも思わなかった。

 ぶらぶら揺れるセーラー服の自分を見上げながら、悪夢から目覚める。
 新しい私、ミミ・キャベンディッシュは病室に横になっていた。窓から夕日が差し込んでいる。

「あれ? 私……」

 すると寝台のそばで物音がした。緑色の目に赤髪の青年司祭が、私をのぞきこんでいる。

 ――この人を……私、どこかで。

「良かった! 目が覚めたんだね」

 彼は忽ち笑み、瞼の端に涙を浮かべた。書庫で首を吊る前の記憶が蘇る。首吊りの現場を彼に見られてからの記憶が一切無い。

「ここは……どこ?」

「病院だよ。王立図書館から、ここへ運ばれてきたばかりさ。気分はどうだい?」

 ――気分はどうか? 正直なところ悪いばかりだ。夢見も酷かった。

「私は……生きているの?」

「生きているよ。どうして自殺なんか……」

 司祭は訊ねようとして、口をハッと押さえた。

「ごめんね。何か深い事情があるんだよね。とにかく、先生を呼んでくるよ」

 司祭は寝台のそばを離れると、医者を呼んできた。すぐに診察が始まった。

「お嬢さん、あなたの名前は?」

 医師の問診に答えたく無かった。今、私の名を知らない国民はいないだろう。王子に振られた婚約者の名前を、新聞社、雑誌社がこぞってかき立てたのだから。そういえば、彼らに送りつけた私の遺書は届いたのだろうか。だが私は死に損なった。とても微妙な気分だ。

「そういえばお嬢さんの顔を、どこかで……」

 私の顔をまじまじと見た看護師は、ハッと目を剥いた。

「まさか……とは思いますけれど、キャベンディッシュのお嬢様では?」

 どこの誰が私の写真を世にばらまいたのか。写真機の文化の無い、剣と魔法の世界に転生できたなら、私の顔と名前が世間に広まることは無かったろう。

「そうです。王子に振られたミミ・キャベンディッシュは私ですわ」

 それから医師と看護婦は、がらりと態度を変えた。王子から振られた婚約者の私に、なぜへこへことする必要があるのだろう。

 ――診察が終わったら、陰口を叩くんだろうな。

 あっちでひそひそ、こっちでひそひそ。この病院で首吊りに再挑戦して、私に陰口を叩いた病院関係者を全員祟ってやろうか。うらめしや。

「きみが、あのキャベンディッシュ嬢? 写真で見た時と印象が違うな」

 窓辺で様子を見守っていた、第一発見者の司祭も驚いていた。

 ――悪かったわね、世間に出回った私の写真は化粧で盛った姿。これがスッピンよ!

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