【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

1-2 ★ 早まるな――‼

 我ながら、よく出来た【遺書】だと思う。
 この手紙を読んだ人は、ぐしゃぐしゃに丸めるか、びりびりに引き裂くだろう。

 しかし、既に手は打ってある。

 この手紙は本日、国王陛下、馬鹿王子、ダーシー、イジメの加害者、見て見ぬ振りをした関係者、裁判官さいばんかん、あらゆる公共機関、新聞社、雑誌社、王国中へ一斉配達される。郵便局上層部に両親の親友がおり「私の無実の罪を晴らす為」の文書を送るよう準備を整えたのだ。

 父様、母様、苦しい思いをさせてごめんなさい。
 身の潔白を訴える為には、手荒な方法だけどこれしかないのです。生半可な文章では太刀打ちできないの、許して。

「さて。準備も整ったし、そろそろ逝かなくては」

 天井から吊されたランタンの真下に、木椅子を移動した。
 それにしても真っ暗な部屋だ。ここは王立図書館の宗教学の本を集めた書庫である。宗教本は、教会本部の図書館の方が豊富なので、この書庫は人の立ち入りがほとんど無く、いつも無人だ。幼い頃から私はここを隠れ家にしていた。親戚が司書として勤めており、私は自由に書庫へ出入りできた。お妃教育の一環として必要なことだと、全ての部屋の出入りを許してくれた。

 だが今日は「どうしても一人になりたくて」という個人的な理由。親戚の司書は快く通してくれた。胸が痛い。私は彼の厚意を利用した。ここを死に場所に選んだのだから。

 自宅で死ぬのが一番良いとは思った。
 だが自宅で首をくくっても、密葬にされてしまう。

「ああ、ミミは死んだのね。可哀想に」

 なーんて言われちゃ死にきれない。死に場所は大事である。
 誰もが「そこで死ぬか?」と驚く場所でないといけない。
 人の記憶に残る場所である必要があった。親が殺したと思われても困る。「一人であった時間」を証明できるのが書庫であった。この書庫に入る為には、衛兵の警備の目をくぐらなければならない。宗教本の集められたこの書庫は、衛兵の目が届く分かりやすい場所にありながら、人の出入りが無い密室である。窓も無く、四方を壁と書棚に囲まれたこの部屋でなら、自殺だと証明できるのだ。

「とうとう……やるのね」

 椅子の上に立ち、ランタンに首吊り縄を結ぶ。ドレスの膨らみの中に縄を隠すのは簡単なことだった。首吊りの準備が終わると、手鏡を見ながら唇に紅をさした。

「綺麗。死に顔は、ね」

 長い亜麻色の髪に、黒い目。劣等感を抱いていた自分の顔を、初めて綺麗だと思った。「可愛い人」とは言われたが「美人」だと言われたことは一度も無い。分かっていた。ダーシーの方がずっと美人だ。私は王子好みの顔では無かったということだろう。
 死に化粧が終わると、遺書を一通閲覧机に置き、椅子の上に立つ。首に縄をかけて、しばし目を閉じた。それにしてもなんて安らかな気持ちだ。王子に断罪され、婚約を破棄されてからは、食べたものを毎日吐いて過ごした。生理は月に二回訪れ、ドレスを何着も汚してしまった。

「私は何もしていないわ」

 決意とともに、閉じた瞼を開く。椅子を蹴ろうと、右足を上げたまさにその時だった。私しか訪れる人がいないはずの、書庫の扉が開けられ、誰かが部屋に入ってきたのだ。
 私と同じ年齢であろう、赤髪の若い男性だ。

 ――チャールズ殿下?

 同じ赤髪なので一瞬見間違えたが、男は裾の長い釣り鐘型の外套を身に纏っている。おそらく教会の司祭だろう。外套の下、白い詰め襟には王冠と鳩の記章が輝いていた。緑色の目が今まさに首を吊らんとする私を捉える。彼は口をぽかんと開き、激しくまばたきした。

「は……は、早まるなああーー!!」

 司祭が血相を変えて部屋へ飛び込む。

「わ、私は……その……キャッ」

 慌てた拍子に私は椅子を蹴飛ばした。ロープが首を締め付け、呼吸が出来なくなる。外界の音が遠ざかり、頭が燃えるように熱くなった。私の身体は司祭に抱えられたようだが、視界が点滅し、周囲の状況を把握できない。

 ――ああ……前は、上手くやれたのに。

 前は? 上手く?
 考えるより早く、頭の中に情報がなだれ込んできた。
 ここでない世界の言語、常識、乗り物、服装、言語化するのも嫌な記憶。縄が首に食い込む。心臓が酸素を求めて破裂しそうなほど締め付けられた。不遇の記憶と感情が私の魂を縛り付けていたのだ。前世から繰り返す因果の鎖だ。

 ここでない別の世界で、私は同じような目に遭い、首をくくって死んだことを思い出した。
 ミミではない、ミナとしての人生を。

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