【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-9 ★ 愛を誓います
司祭と私の仲を、うまいこと勘ぐってくれたのは、雑誌記者だった。司祭が毎日私のもとへ来ていることに気付いたのだ。これは怪しい、と。私達はわざと庭に出て、二人きりで楽しそうにお茶をした。好きな本やお菓子のこと、こっそり聞かれても困らない話題をしようと、二人であらかじめ決めていた。足音一つ立てずに庭に不法侵入した記者は、私達の仲睦まじい姿を写真におさめた。
「出たよ、ミミ。大きな見出し記事だ」
すっかり私の【恋人】として噂の立った司祭アルフレッド。記者は隠し撮りした写真つきで、あることないこと書き立ててくれた。
「庭でキスをしていたって書いてあるわね」
「脚色だよ。記者のよくやることさ。あんまりやられると、仲間にからかわれる」
司祭の顔は真っ赤だった。
「私とあなたのこと、教会のお仲間さんにも知られているの?」
「知らない人はいないくらい。結婚はまだか、子どもはまだかと茶化された」
「まさか……いじめられたの?」
「いや、からかわれただけ。教会本部へ出入りするのが恥ずかしいだけ」
「それなら良かった。噂が高まっている今が好機そうね」
「一体、なんの好機だい?」
「決まっているでしょ。婚約発表よ」
「……。数ヶ月前まで、死にたいと言っていた割りには、目が活き活きしているよ、ミミ」
「まぁね。あの王子がどんな顔をしているか、見てみたいと思っただけよ」
後日、私と司祭は正式に婚約を交わし、世間に大々的に公表した。新聞記事の見出しは【首吊り令嬢と司祭の婚約】だった。
      + + +
昔から、自殺は七代祟ると言う。
前世の業を解消する為に、人は何度も生まれて、同じような苦境に立たされて、それを乗り越えられるかどうか試されているそうだ。
この世界に生まれて、いつかどこかで見たような言葉と再会した。ヴェルノーン王立図書館の、埃をかぶった古い本に。国籍も世界も越えて、人は似たような哲学を思いつくらしい。
「病める時も健やかなる時も、愛することを誓いますか」
結婚式の誓いの言葉でさえ、人間は同じような言葉を思いつく。アメリカだろうが異世界だろうが、人の根本は似たようなものだ。
「誓います」
私の誓いの言葉が、静かな教会に響く。両親は涙ぐみ、報道関係者は手帳に記事の下書きをしていた。ここにいる全員が証人だ。
「愛し続けると誓います」
花婿の司祭は、幸せそうな笑みを湛えて私を見つめた。なんだかちょっと、こそばゆい。
首吊り令嬢と結婚することで「司祭は自分に注目を集めたいだけではないか」という批判が週刊誌に載ったが、大衆の関心を惹くことは無かった。本人は「友達がいない」と言っていたが、仕事真面目で、人望が厚いというのは良いことだ。
結婚式当日の夕刊は、どの新聞も【首吊り令嬢と司祭の結婚】の記事を大きく掲載した。まるで一国の王子の結婚式のような盛り上がりである。元々私は王子と並んで祝福されるはずだった。もしも私が【遺書】をばらまかなければ、司祭との結婚もひっそりと報道されただろう。王子に振られた悪女の末路、聖職者をたぶらかした、とでも噂されたかもしれない。
「想像以上に騒がしくなってごめんなさい」
「謝るなんて君らしくもない」
式の後、控え室で隣の花婿は笑った。
「結構楽しかったよ」
「結構……」
なんだろう。ただの祭りのような言い方だ。私の渋い顔を見て花婿は心情を悟ったようだ。
「訂正。かなり楽しかったです」
「かなり楽しい、とな? へ~え、ほーう」
「きみは、どうなのさ? 一生に一度の晴れ舞台なのに」
「記者の目がギンギラギンで、己の幸せのことはすっかり忘れていました」
「次はどんな記事になると思う?」
「……。あなた、案外目立ちたがり屋?」
「失礼な。ただ、きみより人に見られるのに慣れているだけだよ。礼拝では全員に注目されるからね。正直、寝ている人を見ると、ほっとする」
「じゃあ、礼拝の時は、私も寝るわ」
「いやいや。しばらくは起きていて。でないと、週刊誌になんて叩かれるか分からないよ。新婚のうちから、司祭の妻が居眠りしている。夫婦の愛は本物なのか、なんて書かれたらどうするんだい」
――結婚したからといって気は抜けないわね。
「そろそろ、移動しようか」
「移動?  どこへ行くんだったっけ?」
アルフレッドの上司? 教会関係者? 挨拶回りで、くたくただ。
「どこってアンダンテ教会区にある俺達の家だよ。この前、君もご両親と一緒に来たじゃないか」
「礼拝堂の横にある家だったわね」
代々、教会区を任された司祭が住んでいた家だ。
「レンガ造りで隙間風も吹かなそうな頑丈な家に見えたけど、独身の司祭は狙われやすいんでしょ? だから今をときめく悪女の私があなたの番犬になるのだったわね」
「待って、待って。ものすごーく俺が悪い男に聞こえる言い方、やめて!」
「誰もいないわよ、この部屋」
「どこで聞き耳を立てられているか分からないだろ。君のことでまた嫌な噂が立ったら……」
「大丈夫。既に悪女だから」
「自分で言うほど、君はそうではないと思う」
アルフレッドは赤い顔で言った。愛していると言われるより、嬉しかった。
カチコチの石のような誓いのキスよりも。そうだったわ、私、この人とキスを……。
「あ、あれもこれも、台本通りなので! ここから先も台本は無いけど打ち合わせ通りよ」
「う……うん、そうだね……打ち合わせ通り」
なぜこの人は落ち込んでいるのだろう。心なしか元気が無いように見える。彼も、多少なりと不安を抱えているようだ。
「それじゃ、我が家へ行きましょうか」
「はい」
「声、裏返ってるよー」
嘘を吐き過ぎて、喉がかれただけよ。
【第2章へつづく】
次話から、アルフレッドの視点で物語が綴られます。
ミミへどんな「本心」を抱いているか明らかにされますのでお楽しみに。
「出たよ、ミミ。大きな見出し記事だ」
すっかり私の【恋人】として噂の立った司祭アルフレッド。記者は隠し撮りした写真つきで、あることないこと書き立ててくれた。
「庭でキスをしていたって書いてあるわね」
「脚色だよ。記者のよくやることさ。あんまりやられると、仲間にからかわれる」
司祭の顔は真っ赤だった。
「私とあなたのこと、教会のお仲間さんにも知られているの?」
「知らない人はいないくらい。結婚はまだか、子どもはまだかと茶化された」
「まさか……いじめられたの?」
「いや、からかわれただけ。教会本部へ出入りするのが恥ずかしいだけ」
「それなら良かった。噂が高まっている今が好機そうね」
「一体、なんの好機だい?」
「決まっているでしょ。婚約発表よ」
「……。数ヶ月前まで、死にたいと言っていた割りには、目が活き活きしているよ、ミミ」
「まぁね。あの王子がどんな顔をしているか、見てみたいと思っただけよ」
後日、私と司祭は正式に婚約を交わし、世間に大々的に公表した。新聞記事の見出しは【首吊り令嬢と司祭の婚約】だった。
      + + +
昔から、自殺は七代祟ると言う。
前世の業を解消する為に、人は何度も生まれて、同じような苦境に立たされて、それを乗り越えられるかどうか試されているそうだ。
この世界に生まれて、いつかどこかで見たような言葉と再会した。ヴェルノーン王立図書館の、埃をかぶった古い本に。国籍も世界も越えて、人は似たような哲学を思いつくらしい。
「病める時も健やかなる時も、愛することを誓いますか」
結婚式の誓いの言葉でさえ、人間は同じような言葉を思いつく。アメリカだろうが異世界だろうが、人の根本は似たようなものだ。
「誓います」
私の誓いの言葉が、静かな教会に響く。両親は涙ぐみ、報道関係者は手帳に記事の下書きをしていた。ここにいる全員が証人だ。
「愛し続けると誓います」
花婿の司祭は、幸せそうな笑みを湛えて私を見つめた。なんだかちょっと、こそばゆい。
首吊り令嬢と結婚することで「司祭は自分に注目を集めたいだけではないか」という批判が週刊誌に載ったが、大衆の関心を惹くことは無かった。本人は「友達がいない」と言っていたが、仕事真面目で、人望が厚いというのは良いことだ。
結婚式当日の夕刊は、どの新聞も【首吊り令嬢と司祭の結婚】の記事を大きく掲載した。まるで一国の王子の結婚式のような盛り上がりである。元々私は王子と並んで祝福されるはずだった。もしも私が【遺書】をばらまかなければ、司祭との結婚もひっそりと報道されただろう。王子に振られた悪女の末路、聖職者をたぶらかした、とでも噂されたかもしれない。
「想像以上に騒がしくなってごめんなさい」
「謝るなんて君らしくもない」
式の後、控え室で隣の花婿は笑った。
「結構楽しかったよ」
「結構……」
なんだろう。ただの祭りのような言い方だ。私の渋い顔を見て花婿は心情を悟ったようだ。
「訂正。かなり楽しかったです」
「かなり楽しい、とな? へ~え、ほーう」
「きみは、どうなのさ? 一生に一度の晴れ舞台なのに」
「記者の目がギンギラギンで、己の幸せのことはすっかり忘れていました」
「次はどんな記事になると思う?」
「……。あなた、案外目立ちたがり屋?」
「失礼な。ただ、きみより人に見られるのに慣れているだけだよ。礼拝では全員に注目されるからね。正直、寝ている人を見ると、ほっとする」
「じゃあ、礼拝の時は、私も寝るわ」
「いやいや。しばらくは起きていて。でないと、週刊誌になんて叩かれるか分からないよ。新婚のうちから、司祭の妻が居眠りしている。夫婦の愛は本物なのか、なんて書かれたらどうするんだい」
――結婚したからといって気は抜けないわね。
「そろそろ、移動しようか」
「移動?  どこへ行くんだったっけ?」
アルフレッドの上司? 教会関係者? 挨拶回りで、くたくただ。
「どこってアンダンテ教会区にある俺達の家だよ。この前、君もご両親と一緒に来たじゃないか」
「礼拝堂の横にある家だったわね」
代々、教会区を任された司祭が住んでいた家だ。
「レンガ造りで隙間風も吹かなそうな頑丈な家に見えたけど、独身の司祭は狙われやすいんでしょ? だから今をときめく悪女の私があなたの番犬になるのだったわね」
「待って、待って。ものすごーく俺が悪い男に聞こえる言い方、やめて!」
「誰もいないわよ、この部屋」
「どこで聞き耳を立てられているか分からないだろ。君のことでまた嫌な噂が立ったら……」
「大丈夫。既に悪女だから」
「自分で言うほど、君はそうではないと思う」
アルフレッドは赤い顔で言った。愛していると言われるより、嬉しかった。
カチコチの石のような誓いのキスよりも。そうだったわ、私、この人とキスを……。
「あ、あれもこれも、台本通りなので! ここから先も台本は無いけど打ち合わせ通りよ」
「う……うん、そうだね……打ち合わせ通り」
なぜこの人は落ち込んでいるのだろう。心なしか元気が無いように見える。彼も、多少なりと不安を抱えているようだ。
「それじゃ、我が家へ行きましょうか」
「はい」
「声、裏返ってるよー」
嘘を吐き過ぎて、喉がかれただけよ。
【第2章へつづく】
次話から、アルフレッドの視点で物語が綴られます。
ミミへどんな「本心」を抱いているか明らかにされますのでお楽しみに。
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