【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

1-8 ★ 司祭を狙う者

「実は前から、所帯を持てと言われていて」

 司祭アルフレッドは、これまた突拍子の無いことを語り出した。

「ヴェルノーン国教会には、司祭は結婚して家族を持つことで信徒の悩みに寄り添えるという風潮があるのさ」
「ああ、なるほど。独身だからなめられたとか?」
「そうはっきり言わないで……」

 司祭は消え入りそうな声で言う。

「今の担当教会区にいる、町娘さん達は、ちょっとなぁ」

 ちょっとなぁ、という言葉にカチンと来た。

「町娘より、貴族の娘が良いと? 女を値踏みですか」
「違う! どうして君は、そうひねくれて物事を考えるんだい?」
「そりゃあ、自殺未遂の女ですから」

 司祭は絶句した。

「ごめん、責めるような物言いをして」
「別に。舞踏会の真ん中で断罪されるのと比べたら、可愛いものですよ」

 鼻で「はんっ」と笑う。我ながら鼻につく態度だとは思うが、司祭は苦笑しただけだった。

「大勢の前で一人を攻撃するのはずるい。一対一で口喧嘩する方がまだ良いと思いません?」

「一対一……か」

「どうしたのですか。顔色が悪いですよ」

「一対一でも大勢でも怖いなぁと思って。町娘さんの件で。今の担当教会区に来てからというもの、彼女らに命を狙われているような気がするんだよ」

「なぜ町娘が司祭の命を狙うのです?」

「昔からこんな言葉がある。ある小説家が婚期を逃した娘の相談に答えたのが始まりとされる」

 司祭は、ピンッと人差し指を立てた。

「結婚相手がいない? 司祭がいるじゃないか、とね」

 彼は彼自身を指差した。なんだかこの人、顔が青いわ。

「どういうことです?」
「教会の司祭なら一定の教養もあるし、伴侶には最適だよ、という……ね」
「それで狙われていると?」

 生まれる前の日本で例えるなら、神主やお坊さんの嫁が、この世界では人気がある、ということか。

「本当に怖いんだよ!? 差し入れのお菓子から毎回薬っぽい変な臭いはするし、町を歩いていると視線を感じるし」

「ひょっとすると、司祭のあなたに救いを求める幽霊の視線ではないのですか?」

「違う。あれは生きた人間の視線だ。最初は自意識過剰だと思ったさ。でも違った。町娘さんから結婚相手として値踏みされているのは俺の方なんだよ」

「でもあなただって、私を婚約者として値踏みしたのでしょう?」

「そう……だね、確かに……そうだ」

 彼は握っていた私の手をほどく。

「その……失礼をお許しください」

 今度は急に弱々しくなって、なんだか変な人だ。よほど町娘さん達から恐ろしい目に遭ったと見える。

「町娘に命を狙われるあなた。自殺現場を、あなたに見られた私。悪女の私は、死に損ないの時の人」
「死に損ないの時の人って……自分で言っちゃうのかい?」
「ええ。私のような悪女は、命を狙われる司祭様の番犬に良さそうね。賢いあなたは、そう考えたのでは?」
「いや違うよ。本当に、きみを……」
「いいんです、同情は結構。恋も愛も、すっ飛ばして、双方の利益の為に、手を結ぶというのなら納得です」
「……手を結ぶ、か」

 なぜだろう。彼が少し気落ちした表情なのは。他にも何か私を利用したいことがあるのかもしれない。それはおいおい聞いていこう。

「司祭の俺と結婚すれば、君の評判は随分と変わると思う。今よりも生きやすくなるだろう」
「悪くないです。居場所が……あるだけで」

 もう泣かないと思っていたのに。今日の私は泣き虫だ。

「使って」

 司祭が差し出したハンカチを受け取る。

「改めてもう一度」

 司祭は再び跪いた。

「俺と結婚してくださいませんか。ミミ」

 目頭を押さえると、涙がさらに溢れるのはなぜだろうか。

「喜んで」

 仮面夫婦、契約成立である。

「一つだけ不安があるの」
「なんでも言っていいよ」
「私たちは、会ったばかり。突然結婚は早過ぎる。私が尻軽だと思われてしまう」
「自殺現場を阻止した司祭が、相談相手としてミミの見舞いに何度も通い、次第に仲良くなった、というのはどう?」
「初めからそのつもりだった?」
「そうかもね。――あいたっ」

 私は、司祭のおでこを指ではじいた。

【つづく】

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