【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

1-7 ★ 結婚できる司祭 結婚できない司祭

「ミミ。俺と婚約するってのは、どうかな?」

 ――どうかな? 誰と? 婚約? 俺?
 あまりに軽く、あまりに唐突な提案に、頭の中は雪原のように真っ白になった。

 ――俺と婚約するってのは、どうかな?

 彼の言葉を十回ほど、頭の中で繰り返した。

「え。なんで?」

 ようやく口から出た四文字を前に「なんでも、なにも」と司祭は半笑いを浮かべた。

「いきなりなんですか? ふざけているの?」
「ふざけていないよ。本気」
「司祭は結婚できないでしょう?」
「君は知らないね。世の中には二種類の司祭がいる。結婚できる司祭と結婚できない司祭。これは宗派に因る」

 ――知らなかった。聖職者が結婚できるなんて。

 そういえば、と前世を振り返る。

 ――お坊さんや神主さんにも妻子がいたわ。

 この世界でもおかしなことではないのかもしれない。

「きみは一国の王子から汚名を着せられ、不敬罪覚悟で暴露文をばらまいた。きみの言う通り、まともな縁談は来ないだろう。きみが死にたい気持ちが分かる」
「だから同情で、さっきのような提案を?」
「……いや、違う」
「違わないでしょう? 同情以外に、あなたが私に求婚する理由が見当たらないですもの」
「きみは自己肯定感があまりに低いから、この際言っておくけど」

 司祭は、私の右手を包み込む。

「きみはきみが思うより綺麗だよ、ミミ」

 握られた手の指先が熱を帯びた。面と向かって男性から「綺麗だ」と褒められたのは初めてだったからだ。あの馬鹿王子にも言われたことが無い。

「それに君の遺書。あれは傑作だ」

 ドキドキと高鳴る胸が静かになっていくのを感じた。
 ――傑作……とな。
 そういえばさっき「笑った」とは言っていた。

「よくぞあの馬鹿に馬鹿と言ってくれた。君は凄い。国民の中には君の遺書を高く評価する者も多いくらいだ」

「なん……ですって? あの遺書を?」

「分かる人には分かる。見抜いている人は見抜いていた。あの王子が阿呆の権化だと。あの王子が視察に来ると血税が夜遊びに費やされる。あの王子の提案で国教会の予算が削られ、真っ先にしわ寄せが来たのは図書管理費。高名な神学者の新刊すら購入できない」

 予想の斜め上を行く司祭の発言である。彼に少し親しみを感じた。あんた、よく分かっているじゃないの。人を見る目があるわ。

「自ら首をくくっても、馬鹿の思うツボだよ。死人に口なし、いくらでも隠蔽できると思っていただろうが、幸い、きみは死ななかった。俺が偶然、きみの自殺現場に居合わせたことでね。だから、きみの自死を止めた俺は、きみを幸せにする責任がある」

「そ……そんな大げさな」
「いいや、大げさじゃない」
「なぜ……そこまで私を助けようと?」

 司祭の彼は、人の心情を推し量るのが得意。
 けれども私は苦手だ。王子の浮気にも、親友の裏切りにも気付かなかったくらいだから。
 ――この人も、私を裏切るのでは?
 彼への疑念が生じた。

 ――理解できない。馬鹿な王子を馬鹿と言っただけで? 私の勇気を買ったのか?

「なにか本心を隠しているでしょう?」

 司祭の肩が、びくりと跳ね上がった。

「ただで私と婚約したいわけではないでしょう。お金ですか? 世界で一番儲かっているのは宗教ですからね、私は知っていますよ。私の実家の金庫を、したたかに狙っているのでは?」
「お金には……興味が無いよ」

 彼の目が泳いでいるのが何よりの証拠だ。

「やっぱりお金……ですか」
「だから違うって!」

 跪いていた彼は急に立ち上がった。

「本当に違い……ます」

 信じられない、腑に落ちない、胡散臭い。

「お金じゃないのなら、なぜ?」
「それは……その……」

 彼は赤い顔で目を逸らす。

「はっきりおっしゃってくださらないかしら?」

 本心を打ち明けない彼に苛立った。

「実は前から、所帯を持てと言われていて」

 これまた突拍子の無いことを語り出した。

 【つづく】




【著者ひとこと】アルフレッドの所属する国教会について。

モデルは英国国教会です。国教会の司祭は結婚できます。
国教会は、カトリックとプロテスタントの中道とする見方が一般的です。
当初は「結婚、妻帯が認められている」ことが広く知られている「牧師」を考えておりましたが、舞台がヴェルノーン王国という【異世界】なので「神父、牧師」という言葉のどちらかを作中で用いることに抵抗があり、本作では「司祭」に致しました。

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