【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
10-4 ★ 悪女の再来
「僕の私有地と屋敷を、親を亡くした孤児の養護施設ならびに医療の助けを求める子どもたちの療養地として機能させたいのです」
俺の俗っぽい考えより、チャールズの提案の方がよほど純粋だった。
「幸いにもあの土地の周辺は空気が綺麗で、水資源も、子どもの発育に必要な食料も豊富に調達できます」
――なるほど、条件が揃っているというわけか。
ただ「屋敷を再利用できるから」という理由ではなく、きちんと下調べを行った上で、チャールズが提案している。チャールズはこういう発想や企画の才能があるのだな。
「看護の道に進んだアラベラさんから、このような施設に必要な人員や資材について、情報を提供いただいておりました。もしも僕の計画が現実のものとなりましたら、彼女は卒業後、子どもたちのために勤めてくださるとおっしゃっています」
「殿下のお志に感銘を受けたからです。謹んで尽力致します」
「ありがとうございます、アラベラさん」
「とんでもない。とはいえ私はまだ学徒の身の上でございます。私以外の経験と知識を有した方のご意見を募るべきだと思います」
アラベラさんはとても賢い女性だ。的確な助言をチャールズに呈してくれる。
「アルフレッド」
ギョーム陛下と俺の目が合う。
「チャールズの意思は今聞いた通りだ。あとは君の意向次第となる」
ゴクリと唾をのみこむ音一つ大きく聞こえた。
「次の玉座を引き受けてくれるだろうか。アルフレッド・ヴェルノーン」
実父は俺を「リンドバーグ」ではなく「ヴェルノーン」で呼んだ。
――リンドバーグの姓に別れを告げる、ということか。
俺の姓は養父との絆だ。おそらく王族の一員となれば、妻のミミともども戸籍の変更を余儀なくされる。
――あまりに唐突だ。
弟の意思を尊重したい。けれども福祉への貢献は、チャールズが玉座を継承しても行えることではないのか。玉座を俺に譲らずとも……。俺はこれまで通り、つかず離れずの関係で、司祭として弟に助言を与える立場であり続けることはできないのだろうか。
「自分の本心を正直に申し上げるなら……」
俺は今まで義務感を優先して生きてきたけれど。
「慣れ親しんだ姓に別れを告げ、自己の研鑽と神の導きで得た司祭の職位を離れることに、強い抵抗があります」
俺がこれまで努めたこと全てに意味があったのか、と疑問が浮かぶ。
「王の血縁というだけで玉座に望まれることは、私の幸いではございません。男として、司祭として……空しさすら覚えます」
これ以上の不敬な発言は無いだろうという自覚はあった。
――王の血に振り回されている。
偽の葬式の時には棺桶に入れと迫られた。チャールズの為に致し方ないと妥協した。忠実に従ってきた俺は……これ以上、何を折れる必要があるのだろうか。俺も血の通った人間なのだ。
「アンダンテという小さな教会区を、信徒の為、家族の為、妻の為に生きる日常に、至上の幸福を感じています」
これは綺麗事でも、建前でもない。俺の幸いを教えてくれた妻の手を握る。
「それ以上の地位も名声も望みません。ミミと過ごすこの安寧を手放したくない」
人生で初めて、国王陛下を前に、我が儘を告げた。
「ミミを社交界に戻したくないのです。彼女が死に臨む姿を俺は見ました。陛下もチャールズもそれをご覧になってはいないではないですか。彼女がどれほど苦しんだか」
――俺ばかりを中心に話を進めて、ミミが置いてけぼりじゃないか。
彼女と結婚した時「死にたいなどと二度と思わせるものか」と誓ったのだ。再び彼女を愛憎と怨嗟渦巻く社交界へ戻すなど、恐ろしくて仕方がない。
――ミミを失いたくない。彼女は世間が想像するより、脆いんだ。
「私のことを案じてくれているのね」
ミミが濡れた眼差しで俺を見つめた。
「ありがとう、アルフレッド。でも……」
コンコンッと部屋の扉が鳴らされ、ミミの言葉を攫う。
「お話し中のところ恐縮です。鑑定士のマリンダでございます」
――鑑定士のマリンダ? ま、まさか……。
「入りなさい」
陛下が入室を促す。「失礼します」と入ってきたその女性を見て、口元が引きつった。
――ダーシー! まだ王宮にいたのか!
変装して、鑑定士マリンダという名を得たダーシーは、一同を見回し、丁寧にお辞儀をした。牢屋に繋がれた元極悪人とは思えない態度だ。
「陛下。例の見積もりができましたので、持参致しました」
ダーシーの手には分厚い書類の束が握られていた。
「アルフレッド殿下の王位継承に必要な装飾品でございます。新調するものについては、鉱山王の繋がりを意識し、エーデルシュタインの鉱石を用いるべきと思いますが……」
事務的な口調で淡々と語っていたダーシーは、陛下とチャールズの気落ちした面持ちを見て、首を傾げた。
「あの、どうされました?」
「悪いが、その見積もりは、見送ってくれないか」
ギョーム陛下が溜め息を落とす。
「あら、何故ですの? 今夜中に打ち合わせをなさるとおっしゃるので、急いでこしらえて参りましたのに」
「アルフレッドが王位継承の打診を断ったからだ」
ダーシーは目を激しく瞬き、俺の顔を食い入るように見つめると青筋を立てた。
「はい? なぜ? それでは私の努力が水の泡ではないですか」
――私の努力?
【つづく】
次話の更新は9月28日【土曜日】を予定しています。
俺の俗っぽい考えより、チャールズの提案の方がよほど純粋だった。
「幸いにもあの土地の周辺は空気が綺麗で、水資源も、子どもの発育に必要な食料も豊富に調達できます」
――なるほど、条件が揃っているというわけか。
ただ「屋敷を再利用できるから」という理由ではなく、きちんと下調べを行った上で、チャールズが提案している。チャールズはこういう発想や企画の才能があるのだな。
「看護の道に進んだアラベラさんから、このような施設に必要な人員や資材について、情報を提供いただいておりました。もしも僕の計画が現実のものとなりましたら、彼女は卒業後、子どもたちのために勤めてくださるとおっしゃっています」
「殿下のお志に感銘を受けたからです。謹んで尽力致します」
「ありがとうございます、アラベラさん」
「とんでもない。とはいえ私はまだ学徒の身の上でございます。私以外の経験と知識を有した方のご意見を募るべきだと思います」
アラベラさんはとても賢い女性だ。的確な助言をチャールズに呈してくれる。
「アルフレッド」
ギョーム陛下と俺の目が合う。
「チャールズの意思は今聞いた通りだ。あとは君の意向次第となる」
ゴクリと唾をのみこむ音一つ大きく聞こえた。
「次の玉座を引き受けてくれるだろうか。アルフレッド・ヴェルノーン」
実父は俺を「リンドバーグ」ではなく「ヴェルノーン」で呼んだ。
――リンドバーグの姓に別れを告げる、ということか。
俺の姓は養父との絆だ。おそらく王族の一員となれば、妻のミミともども戸籍の変更を余儀なくされる。
――あまりに唐突だ。
弟の意思を尊重したい。けれども福祉への貢献は、チャールズが玉座を継承しても行えることではないのか。玉座を俺に譲らずとも……。俺はこれまで通り、つかず離れずの関係で、司祭として弟に助言を与える立場であり続けることはできないのだろうか。
「自分の本心を正直に申し上げるなら……」
俺は今まで義務感を優先して生きてきたけれど。
「慣れ親しんだ姓に別れを告げ、自己の研鑽と神の導きで得た司祭の職位を離れることに、強い抵抗があります」
俺がこれまで努めたこと全てに意味があったのか、と疑問が浮かぶ。
「王の血縁というだけで玉座に望まれることは、私の幸いではございません。男として、司祭として……空しさすら覚えます」
これ以上の不敬な発言は無いだろうという自覚はあった。
――王の血に振り回されている。
偽の葬式の時には棺桶に入れと迫られた。チャールズの為に致し方ないと妥協した。忠実に従ってきた俺は……これ以上、何を折れる必要があるのだろうか。俺も血の通った人間なのだ。
「アンダンテという小さな教会区を、信徒の為、家族の為、妻の為に生きる日常に、至上の幸福を感じています」
これは綺麗事でも、建前でもない。俺の幸いを教えてくれた妻の手を握る。
「それ以上の地位も名声も望みません。ミミと過ごすこの安寧を手放したくない」
人生で初めて、国王陛下を前に、我が儘を告げた。
「ミミを社交界に戻したくないのです。彼女が死に臨む姿を俺は見ました。陛下もチャールズもそれをご覧になってはいないではないですか。彼女がどれほど苦しんだか」
――俺ばかりを中心に話を進めて、ミミが置いてけぼりじゃないか。
彼女と結婚した時「死にたいなどと二度と思わせるものか」と誓ったのだ。再び彼女を愛憎と怨嗟渦巻く社交界へ戻すなど、恐ろしくて仕方がない。
――ミミを失いたくない。彼女は世間が想像するより、脆いんだ。
「私のことを案じてくれているのね」
ミミが濡れた眼差しで俺を見つめた。
「ありがとう、アルフレッド。でも……」
コンコンッと部屋の扉が鳴らされ、ミミの言葉を攫う。
「お話し中のところ恐縮です。鑑定士のマリンダでございます」
――鑑定士のマリンダ? ま、まさか……。
「入りなさい」
陛下が入室を促す。「失礼します」と入ってきたその女性を見て、口元が引きつった。
――ダーシー! まだ王宮にいたのか!
変装して、鑑定士マリンダという名を得たダーシーは、一同を見回し、丁寧にお辞儀をした。牢屋に繋がれた元極悪人とは思えない態度だ。
「陛下。例の見積もりができましたので、持参致しました」
ダーシーの手には分厚い書類の束が握られていた。
「アルフレッド殿下の王位継承に必要な装飾品でございます。新調するものについては、鉱山王の繋がりを意識し、エーデルシュタインの鉱石を用いるべきと思いますが……」
事務的な口調で淡々と語っていたダーシーは、陛下とチャールズの気落ちした面持ちを見て、首を傾げた。
「あの、どうされました?」
「悪いが、その見積もりは、見送ってくれないか」
ギョーム陛下が溜め息を落とす。
「あら、何故ですの? 今夜中に打ち合わせをなさるとおっしゃるので、急いでこしらえて参りましたのに」
「アルフレッドが王位継承の打診を断ったからだ」
ダーシーは目を激しく瞬き、俺の顔を食い入るように見つめると青筋を立てた。
「はい? なぜ? それでは私の努力が水の泡ではないですか」
――私の努力?
【つづく】
次話の更新は9月28日【土曜日】を予定しています。
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