【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

10-3 ★ 王子のあるべき姿を映す鏡

 あいえたおうになるな、と俺は弟にさとした。
 生まれた時から王になることをのぞまれ、そのためだけに彼はつとめたのに。


「チャールズ・ヴェルノーンはつつしんで次の玉座ぎょくざ辞退じたいいたします」


 いつぞや彼は「兄上が王子なら良かったのに」とつぶやいたことがあった。そのかぎりのまよごとではなく、弟の本心だったのか。

「僕は王に相応ふさわしくない。国民の声を認め、受け入れます」

 このような弱音をかせる為に、俺は彼に愛をいたわけではない。俺はたまらず席を立つと、弟に身を乗り出した。

「おまえは王に相応ふさわしいよ、チャールズ。誰よりも、誰よりも。おまえ以上に玉座ぎょくざ相応ふさわしい男はいない」

「それは詭弁きべんです、兄上あにうえ

「いいや、うそじゃない。俺は司祭だ。神にちかって本心しかくちにしない」

「兄上のお心は大変嬉しいです。けれども神は、僕を王に望んでいるのでしょうか。ものわぬ神は残酷ざんこくに、目に見えるかたちで、僕の前に御心みこころを示してくださいました。兄上は僕の前に現れた、王子のあるべき姿を映す鏡でした」

すべての他者たしゃが、自己じこの鏡だ」

「いいえ、貴方あなたは特別です。さかさまにうつすだけのありふれた鏡ではなく、模範もはんとすべきとうとい存在だ」

 どんなに弟の心を立てようとも、彼は俺の言葉に首をる。

「僕は国民が求める王位継承者おういけいしょうしゃではありません。もうずっと……気付いていたのです」

 チャールズは声をしぼり出し、肩をかすかにふるわせた。

兄上あにうえほどかしこくなく、世間せけんうとく、機知きちんだ判断はんだんくだすことも、弱者じゃくしゃこころはかることもできない。まなんでもまなんでも、兄上あにうえにはおよびません」

 そんな涙をたたえた目で、俺を見ないでくれ。俺は苦しめるためにおまえを助けたわけじゃない。愛される王になって欲しくて、精一杯せいいっぱい背中を押してきたんだ。弟へのいたわりもはげましもすべてがしてしまう。

王位継承おういけいしょう辞退じたいしたのちは、兄王あにおうかたわらでささえ、公務こうむせいを出してまいります。兄上あにうえためならば、僕は喜んでこの身を差し出す覚悟かくごでございます。それから政務せいむ以外に、僕がこころれたいこともございます。兄上のように愛に生き、救いの輪を広げたいと考えているのです」

 チャールズは俺から目を離さずに告げると、アラベラさんへ優しい眼差まなざしをくべた。

「僕は、医療の道を選択したアラベラさんの姿に、感銘かんめいを受けました」

 看護師をこころざし、王都で学んでいるアラベラさん。チャールズはお忍びで彼女の元をおとずれたいと以前話していた。これは単なる友情なのか、親愛以上なのか。ただチャールズが男女の恋愛感情を抜きにして、アラベラさんに深い尊敬の念を抱いていることだけは伝わる。

父上ちちうえ。ヴェルノーン王国は、大陸のどの場所よりも経済に活気かっきがあり、資源にも食料にもめぐまれた幸せな国です。他国を視察する度に、僕はこの国の豊かさをほこりに思っておりました」

 チャールズはこの国を深く愛している。おそらく俺よりもずっと。弟の愛国心を俺は見倣みならわなければならないくらいだ。

「けれども僕は豊かさばかりを目で追い、弱者に心を配ることをおろそかにしていました。調べてみれば、親のいない孤児は多く、医療の助けを必要とする子どもがあふれています」

「どんなに国を豊かにしても、けられない問題だよ、チャールズ。個人的に福祉ふくしほど難しい問題はないと思っている」

 ギョーム陛下は諦観ていかんしたような口調だ。長年ながねんこの手の問題に頭を悩ませてきたのだろう。

「同感でございます、陛下。僕は……夏に一人の少女を救う手助けが出来た時に、この国の影に気付いたのです」

 カリンさんのことか。チャールズのおかげで一命をとりとめ、療養りょうようを続けながら森で両親と暮らしているが、先進的な医療を必要としており、またいつ発作が起こるともしれない。

「小さないのちひとつ守ることのとうとさを知りました。思えば、兄上あにうえがミミを助けるために動いたことが、救いのを広げていった。僕はそれをすべたりにしました」

「おまえもまた、その輪の一員じゃないか、チャールズ」

「はい。兄上のおかげです。怨嗟えんさ因縁いんねんから僕は抜け出すことができた」

  怨嗟えんさ因縁いんねん。王宮は愛憎あいぞう策略さくりゃくちている。おそらくチャールズはただの箱入りではなく、長い年月をかけて王宮の影に心をむしばまれていたのだろう。しがらみから解き放たれたような、安堵あんどの面持ちのチャールズを見ていると、王子として彼が人知れずかかえてきた苦悩くのうおもい胸がけそうだ。

「僕の私有地に、大量の呪いの御札おふだられていた、という話をおぼえておいでですか」

 ――いきなりなぜその話題を?

「兄上のご紹介で、人並ひとなはずれてかんいというアレックス主教に霊視れいしを頼んだところ、かくされていた呪いの御札おふだがさらに見つかりましてね。以来、幽霊の目撃情報は無くなりました。呪いは本物だったようです」

 ――ヒース殿下、どれだけ強力な呪いの御札おふだをばらまいたんだよ、末恐すえおそろしい。

「幽霊騒ぎはおさまったのに、屋敷もその周辺もすっかりさびれてしまいまして……悪評あくひょうをはべらしたままにするには、しい場所なのです」

 王子の呪われた屋敷。もういっそそれを売りにして観光名所にするのもありかもしれない。幽霊が出ると看板にかかげて、いわきの屋敷を宿泊施設に転用てんようするのは多いと聞く。

「僕の私有地と屋敷を、親をくした孤児こじ養護ようご施設ならびに医療の助けを求める子どもたちの療養地りょうようちとして機能させたいのです」

 俺のぞくっぽい考えより、チャールズの提案のほうがよほど純粋じゅんすいだった。

【つづく】




 次話の更新は2024/09/22【日曜日】を予定しております。

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