【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

10-2 ★ 善い方に、善い方にと

「手紙を出すのが遅れてしまい、突然の訪問となりましたこと、誠に申し訳ございません。手紙に書いた通り、内輪うちわで話し合いたいことがございまして……。五人は余裕で乗れる大きめの馬車で来ましたので、ご一緒に王城へ来て欲しいのです」

「今から行くとなると、帰りはだいぶ遅くなるな」

「兄上、ミミ、ナンシーさんには王城に客間を整えております。明日の朝にはこちらへお戻りになることができると存じます」

「留守は俺が預かるから心配いらないよ。オスカルの世話もまかせて」

「ありがとう、ザック。――じゃあ、すぐに支度をするから少し待っていてくれ、チャールズ」

 新婚旅行中に留守を任せたザックに、特段伝えなければならないこともないので、俺たちは身支度みじたく調ととのえると、チャールズの馬車へ乗った。馬車が動き始めてすぐ、夕日が山の向こう側へ沈み、夜のとばりが下りた。

「大事な話とは一体なんだ、チャールズ」

「王宮についてからでないと話せません」

「そんなに大事なことなのか? まさかエーデルシュタインの……」

「いいえ。僕の……僕自身に関わることでもあるので。陛下へいか兄上あにうえ、心許せる親しい方々かたがたにおたずねしたうえで、冬の入りに開かれる舞踏会でも公表したいと考えています」

「チャールズに関わること?」

「はい。それ以上は、申せません」

 無言の時間が過ぎた。

 ――家族だというのに、なんだか窮屈きゅうくつな空間だ。

 ぎこちない雰囲気を察してか、ミミとナンシーがお菓子に関する話題を始めた。新作のお菓子をどう改良するか、隠し味に今度は何を混ぜようか、と。甘い物好きのジーニー秘書が加わり、馬車の中は和気わき藹々あいあいとした雰囲気に包まれる。難しい表情をしていたチャールズの表情にも笑みが浮かんだので、ほっとした。

 馬車にゆられて数時間、ようやく王都へ辿たどり着いた。街灯がいとう橙色だいだいいろの明かりを石畳へこぼしている。王城へ続く大通りは活気に満ちており、夜でも馬車の中にいる人物が誰か分かるほどだ。窓越しに俺たちの顔を見た者が、馬車を指差したり、名前を呼んだりする。

 ――注目されると、緊張で肩がりそうだ。チャールズは昔から、こんな風に過ごしてきたのか。王子ってのは大変だな。

 微笑みをたたえ、街頭がいとうの人々へ手を振るチャールズにならう。婚外子といえど「アルフレッド殿下」と名前を呼ばれて、そっぽを向いているのは印象が悪いからだ。

 そもそも俺は司祭であり「殿下」と呼ばれる身分ではない。出自にまつわる秘密が知られてからはすっかり「殿下」呼びが定着してしまったがなんだか恥ずかしい。

 馬車はへいをくぐり、巨大な城郭じょうかくへ入った。城の玄関口は、第一の庭、第二の庭、第三の庭と三重構造になっている。馬車でそのまま第三の庭まで行けるのは、王族だけだ。

 馬車を降りて王宮内部へ入る。

 ――ここに来るのは二度目か。

 一度目はチャールズの偽葬式にせそうしきあと内輪うちわ晩餐ばんさんに招かれた時だ。勝手知ったるほど城内を把握はあくしたわけではないが、最初に来た時と比べれば、さほど緊張はしていない。

 天井のガラス照明がきらめく広間へと通された。たくにはすで実父じっぷと、もう一名の客人がいていた。

「ご無沙汰ぶさたしております、皆様」

 アラベラさんは席を立ち、深々とお辞儀じぎをした。

 ――なぜ、アラベラさんが?

 チャールズをうかがうと、

「僕が彼女をここに呼んだのです」
「そ、そうか」

 弟は特段とくだんあわてたり、顔を赤らめる様子もない。ひょっとすると恋仲こいなかにでもなったのかと考えたが、俺の早とちりだったようだ。ではどうしてアラベラさんは招待されたのだろう。

「好きな席におかけなさい」

 実父が俺たちに着席をうながす。俺、ミミ、ナンシー、アラベラさんの四人は、チャールズ、陛下、ジーニーの三人と向かい合う形で腰掛こしかけた。

「わざわざご足労そくろういただいて、大変申し訳なかった。実はチャールズから、皆様に大事な話があるとのことです。ぜひお聞きいただきたい」

 ギョーム陛下の言葉でチャールズは席を立ち、胸に右手をえて一礼いちれいした。

「裁判から半年以上が経過けいかし、僕の周囲は、去年とは想像もつかないほどに目まぐるしく変化しました。ほうに、ほうにと」

 チャールズはミミをじっと見つめた。

「ミミ。思い返せば、全てのはじまりは君の遺書だった。命をかけて苦言くげんていし、無実を主張した君の勇気と正義感に、僕はかさねて感謝をげたい」

恐縮きょうしゅくでございます、殿下」

 ミミは一礼し、微笑ほほえんだ。

「兄上」

 チャールズは視線を俺へと移動した。

「病院の屋上で、貴方あなたが僕にさとしてくださったことを、おぼえておいでですか」

 屋上から飛び降りようとした彼にさとしたことは生涯しょうがいわすれることはないだろう。

「さあ。おそらく俺は、取るに足らないことを口にしたのだろう」

 忘れているふりをして、弟を立てることにした。

「兄上は、短く愛のある言葉で、治世者ちせいしゃ心得こころえを僕に教えてくれました」

 チャールズの目が透明な水でらめいた。相変あいかわらず泣き虫な弟だ。あれくらいの言葉なら俺でない司祭でも口にできるというのに。養父ようふに聞かせたら「未熟者みじゅくもの」とはねられそうだ。

「兄上、貴方あなただけが〝愛にえた王になるな〟と僕におっしゃてくださった。僕はあの時、何もかも満たされてほこらしかったのです」

 あの言葉がチャールズの心持ちを変えるきっかけになったのなら、司祭としてこれ以上の喜びはない。

一度いちどでも王に望まれたことは生涯しょうがいほこりです」

 ――一度いちどでも?

 弟の言葉に違和感をおぼえた。この言い方は、まるで……。


「チャールズ・ヴェルノーンはつつしんで次の玉座ぎょくざ辞退じたいいたします」


 柱時計のかねが八回、静寂しじまひびわたる。

 残響ざんきょうんでもなお、弟の言葉を受け入れることができなかった。

【つづく】

コメント

  • 旭山リサ

    レモンさん、こんばんは。最新話にビックリしていただき、私はちょっとにやっとしております。ちょっとだけよ~。そうなんです、この「チャールズの決意」に至るまで、違和感と伏線を意図的にちょこちょこと盛り込んで参りました。気付いていただき嬉しいです! 次話乞うご期待! どうぞお楽しみに!

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  • 清水レモン

    うわあ、すごいなあ!
    え、え、え、の連続!
    じわじわと違和感が重なって、ついにまさかのまさかです、うわあ、理由と展開が楽しみです!
    楽しみすぎて、想像してしまうし、どっち? と混乱し錯乱してます!

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