【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
10-1 ★ 我が身に相応の職位
【第10章】は、アルフレッドが語り手です。
旅に出る前は時が長く感じるが、終わると瞬く間に日が過ぎていく。
俺とミミが、チャールズと共に帰国し、早一週間が経過した。
旅行中、留守を任せていたザックは王都の教会本部へと戻った。いつもの日常が再開するかと思いきや。
「こんなにうちの教会が賑わっていたことってある?」
「大入りだね」
日曜礼拝には、教会に入りきらないくらいの信徒と見物客がつめかけたのだ。これには二つの理由がある。
一つ目は、俺の母親、キャロル・エーデルシュタインの出自と、王に見初められた経緯が世間に公表されたこと。ジャービス・エーデルシュタインの書簡とともに、王室が公式のものとした。
二つ目は、マーガレット王女様とハンター殿下の件だ。旅行中に王女様を救出し、大使館にて保護に至り、教皇区での和解をすすめたことが世間に公表された。マーガレット王女様とハンター殿下が二人して「リンドバーグ夫婦のご助言」と口にしたことで、世間の注目が更に集まったというわけだ。
「マーガレット王女様と出会った時のことを詳しく教えてください!」
「ハンター殿下とは、どのようなご歓談をされたのですか?」
「ナンシー・シュタイン……失礼、ナンシー・エーデルシュタインと面会を……」
礼拝に必ず参加するナンシーは、俺たちの家の客間に避難している。俺たちがそうするようにすすめたのだ。今頃は、おそらく編み物や裁縫、読書に耽っていることだろう。亡き母キャロルと共に罪が晴らされたことに関して、ナンシーは、
「アルフレッド殿下、チャールズ殿下、ギョーム陛下のお名前に傷をつけるわけには参りません。感謝しかありませんわ。姉も天国で胸をなで下ろしていることでしょう」
このように快い反応を見せてくれた。
「ジャービスさんがナンシーに会いたがっていたよ」
「……ジャービスが?」
ナンシーは眉を顰めて唸った。
「彼が幼い頃の記憶しかありませんし、ジャービスに会うとなれば、姉のアニータがついてくるでしょう? 個人的に、面会は御免被りたいですわ」
とのことだったので、腹違いの姉弟との再会は先送りにされそうだ。
ギョーム陛下は「体裁上の和解の場」を望んでいて、ナンシーもそれを理解している。ただナンシーに無理強いはできないし、急いては事をし損じる。少しずつ、ゆっくりで良いだろう。
「鉱山王エーデルシュタインとの血縁をどうお考えで?」
「アルフレッド殿下に、王位継承の話題が上がっておりますが」
「チャールズ殿下は廃嫡となるのでしょうか?」
記者たちの質問があまりに五月蠅くて、礼拝がすすめられない。
「お集まりの皆様。しばしご静聴願います」
俺は語気を強め、礼拝堂いっぱいに声を響かせた。
「私、アルフレッド・リンドバーグは、神と国と王に仕える身。国教会の司祭は、我が身に相応の職位でございます。全ては神の御心のままに、現世の治世者たる国王陛下に忠義と誠を尽くしていく所存です。それ以上の詮索は御免被りたい」
それでもざわめきが止まなかったので、
「ここは神の家です。静謐な祈りに身を置く信徒の理性を乱さないでいただきたい」
厳しい言葉を呈したところ、礼拝堂は急に静けさを増した。やれやれ、理解してくれたようだ。言わなければならない時はある。礼拝が終わった後も執拗な質問をされることもなかったのだが。
「アルフレッド。今朝の貴方の言葉が、夕刊を飾っているわよ」
ミミが差し出した夕刊を見て、肩から力が抜けた。もう何もかもがネタになるらしい。
「アルフレッド・リンドバーグ。邪推を否定、記者に節度を説く。礼拝を重視した発言に、治世者たる風格を滲ませた。以下、全文を記載……あら、一言一句丁寧に……まぁ」
ミミはハサミを持ってきて、ちょきちょきと切り取った。
「な、なんでそんなの切り取ったのさ、ミミ」
「今朝の貴方はカッコ良かったもの。夫の評判が上がっているのが嬉しくない妻はいないわよ。これは永久保存版ね」
「そ、そんなに褒めないで。なんだかものすごく変な気持ちだよ」
ミミが切り取った記事を画帳に貼り付けたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。扉を開けると、そこにいたのは郵便局員だった。今は配達時間ではないはずだけれど、一体どうしたのだろう。
「夕時にすみません、司祭様。チャールズ殿下から手紙が届いています。大切なお手紙かもしれないからと、局長がすぐにお届けに上がるようにと」
「お手数をおかけして申し訳無い。ありがとうございます」
局員は「ではこれで」と一礼して我が家を去った。
「今、呼び鈴が鳴りませんでしたか? すみません、転た寝をしていて……」
ナンシーが慌てて居間から顔を出す。
「構わないよ、ナンシー。記者だったら質問攻めに遭うから、事が落ち着くまで来客対応をしなくていいと言ったじゃないか」
「そうは仰いましても癖で……おや郵便ですか? こんな時間には珍しい」
「チャールズから手紙が届いたんだ」
ミミのいる台所へ行き、蜜蝋のされた封筒を開ける。中には一枚の手紙が入っていた。
「王宮にて内輪で話し合いたいことがあるそうだ。ミミ、俺、ナンシーも一緒に来てほしいと。まさかギョーム陛下の御身に何かあったのかと思ったけど……急いた文面ではないし、大丈夫そうだな。午後五時に俺たちを迎えに来ると書いてある」
「午後五時? あと少しで五時だけど……まさか今日じゃないでしょ?」
ミミが台所の壁にかけた暦表を見ながら訊ねた。
「ミミ、そのまさかだよ……今日だ」
ミミとナンシーは目を丸くして、俺の持つ手紙をのぞき込んだ。
「まったくあいつは……。もっと余裕を持って手紙を出してくれ」
「アル……そこまで気が回らないのがチャールズなのよ。――さて、どうしましょう。ナンシーも呼ばれているし、その間、一体誰に教会区の留守を任せたら良いのかしら」
「教会区の留守番に、ザックが来ると書いてあるよ」
「どうしてそこだけ……気が利くのかしら」
――ほんとにな。
その時、再び呼び鈴が鳴った。
扉を開けると、そこには……。
「失礼します。皆様をお迎えに上がりました」
チャールズ、秘書のジーニー、ザックの三人が立っていた。
「やあ、チャールズ。おまえの手紙が、たった今届いたぞ」
「たった今? 二日前に出すよう、ジーニーに言ったはずですが……」
「二日前に出したら届くのは今日か明日だ、阿呆」
「ええっ、そうなんですか!」
「そうなんですよ、チャールズ殿下。ジーニーは秘書なのだから、殿下が手紙を出す前に止めないと。俺なんて突然アンダンテの留守番を頼まれて、慌てて支度をしたのだから」
ザックは右手に旅行鞄を携えていた。
「手紙には蜜蝋で封がされていたから、確認の仕様が無かったんだ」
ジーニーは困り顔で肩をすくめた。
「み、皆さん……迷惑をかけて御免なさい」
「もういいよ、チャールズ」
――まぁ、反省しているみたいだし、いいか。
【つづく】
次話の更新は【9月5日(木曜日)】を予定しています。
旅に出る前は時が長く感じるが、終わると瞬く間に日が過ぎていく。
俺とミミが、チャールズと共に帰国し、早一週間が経過した。
旅行中、留守を任せていたザックは王都の教会本部へと戻った。いつもの日常が再開するかと思いきや。
「こんなにうちの教会が賑わっていたことってある?」
「大入りだね」
日曜礼拝には、教会に入りきらないくらいの信徒と見物客がつめかけたのだ。これには二つの理由がある。
一つ目は、俺の母親、キャロル・エーデルシュタインの出自と、王に見初められた経緯が世間に公表されたこと。ジャービス・エーデルシュタインの書簡とともに、王室が公式のものとした。
二つ目は、マーガレット王女様とハンター殿下の件だ。旅行中に王女様を救出し、大使館にて保護に至り、教皇区での和解をすすめたことが世間に公表された。マーガレット王女様とハンター殿下が二人して「リンドバーグ夫婦のご助言」と口にしたことで、世間の注目が更に集まったというわけだ。
「マーガレット王女様と出会った時のことを詳しく教えてください!」
「ハンター殿下とは、どのようなご歓談をされたのですか?」
「ナンシー・シュタイン……失礼、ナンシー・エーデルシュタインと面会を……」
礼拝に必ず参加するナンシーは、俺たちの家の客間に避難している。俺たちがそうするようにすすめたのだ。今頃は、おそらく編み物や裁縫、読書に耽っていることだろう。亡き母キャロルと共に罪が晴らされたことに関して、ナンシーは、
「アルフレッド殿下、チャールズ殿下、ギョーム陛下のお名前に傷をつけるわけには参りません。感謝しかありませんわ。姉も天国で胸をなで下ろしていることでしょう」
このように快い反応を見せてくれた。
「ジャービスさんがナンシーに会いたがっていたよ」
「……ジャービスが?」
ナンシーは眉を顰めて唸った。
「彼が幼い頃の記憶しかありませんし、ジャービスに会うとなれば、姉のアニータがついてくるでしょう? 個人的に、面会は御免被りたいですわ」
とのことだったので、腹違いの姉弟との再会は先送りにされそうだ。
ギョーム陛下は「体裁上の和解の場」を望んでいて、ナンシーもそれを理解している。ただナンシーに無理強いはできないし、急いては事をし損じる。少しずつ、ゆっくりで良いだろう。
「鉱山王エーデルシュタインとの血縁をどうお考えで?」
「アルフレッド殿下に、王位継承の話題が上がっておりますが」
「チャールズ殿下は廃嫡となるのでしょうか?」
記者たちの質問があまりに五月蠅くて、礼拝がすすめられない。
「お集まりの皆様。しばしご静聴願います」
俺は語気を強め、礼拝堂いっぱいに声を響かせた。
「私、アルフレッド・リンドバーグは、神と国と王に仕える身。国教会の司祭は、我が身に相応の職位でございます。全ては神の御心のままに、現世の治世者たる国王陛下に忠義と誠を尽くしていく所存です。それ以上の詮索は御免被りたい」
それでもざわめきが止まなかったので、
「ここは神の家です。静謐な祈りに身を置く信徒の理性を乱さないでいただきたい」
厳しい言葉を呈したところ、礼拝堂は急に静けさを増した。やれやれ、理解してくれたようだ。言わなければならない時はある。礼拝が終わった後も執拗な質問をされることもなかったのだが。
「アルフレッド。今朝の貴方の言葉が、夕刊を飾っているわよ」
ミミが差し出した夕刊を見て、肩から力が抜けた。もう何もかもがネタになるらしい。
「アルフレッド・リンドバーグ。邪推を否定、記者に節度を説く。礼拝を重視した発言に、治世者たる風格を滲ませた。以下、全文を記載……あら、一言一句丁寧に……まぁ」
ミミはハサミを持ってきて、ちょきちょきと切り取った。
「な、なんでそんなの切り取ったのさ、ミミ」
「今朝の貴方はカッコ良かったもの。夫の評判が上がっているのが嬉しくない妻はいないわよ。これは永久保存版ね」
「そ、そんなに褒めないで。なんだかものすごく変な気持ちだよ」
ミミが切り取った記事を画帳に貼り付けたその時、玄関の呼び鈴が鳴った。扉を開けると、そこにいたのは郵便局員だった。今は配達時間ではないはずだけれど、一体どうしたのだろう。
「夕時にすみません、司祭様。チャールズ殿下から手紙が届いています。大切なお手紙かもしれないからと、局長がすぐにお届けに上がるようにと」
「お手数をおかけして申し訳無い。ありがとうございます」
局員は「ではこれで」と一礼して我が家を去った。
「今、呼び鈴が鳴りませんでしたか? すみません、転た寝をしていて……」
ナンシーが慌てて居間から顔を出す。
「構わないよ、ナンシー。記者だったら質問攻めに遭うから、事が落ち着くまで来客対応をしなくていいと言ったじゃないか」
「そうは仰いましても癖で……おや郵便ですか? こんな時間には珍しい」
「チャールズから手紙が届いたんだ」
ミミのいる台所へ行き、蜜蝋のされた封筒を開ける。中には一枚の手紙が入っていた。
「王宮にて内輪で話し合いたいことがあるそうだ。ミミ、俺、ナンシーも一緒に来てほしいと。まさかギョーム陛下の御身に何かあったのかと思ったけど……急いた文面ではないし、大丈夫そうだな。午後五時に俺たちを迎えに来ると書いてある」
「午後五時? あと少しで五時だけど……まさか今日じゃないでしょ?」
ミミが台所の壁にかけた暦表を見ながら訊ねた。
「ミミ、そのまさかだよ……今日だ」
ミミとナンシーは目を丸くして、俺の持つ手紙をのぞき込んだ。
「まったくあいつは……。もっと余裕を持って手紙を出してくれ」
「アル……そこまで気が回らないのがチャールズなのよ。――さて、どうしましょう。ナンシーも呼ばれているし、その間、一体誰に教会区の留守を任せたら良いのかしら」
「教会区の留守番に、ザックが来ると書いてあるよ」
「どうしてそこだけ……気が利くのかしら」
――ほんとにな。
その時、再び呼び鈴が鳴った。
扉を開けると、そこには……。
「失礼します。皆様をお迎えに上がりました」
チャールズ、秘書のジーニー、ザックの三人が立っていた。
「やあ、チャールズ。おまえの手紙が、たった今届いたぞ」
「たった今? 二日前に出すよう、ジーニーに言ったはずですが……」
「二日前に出したら届くのは今日か明日だ、阿呆」
「ええっ、そうなんですか!」
「そうなんですよ、チャールズ殿下。ジーニーは秘書なのだから、殿下が手紙を出す前に止めないと。俺なんて突然アンダンテの留守番を頼まれて、慌てて支度をしたのだから」
ザックは右手に旅行鞄を携えていた。
「手紙には蜜蝋で封がされていたから、確認の仕様が無かったんだ」
ジーニーは困り顔で肩をすくめた。
「み、皆さん……迷惑をかけて御免なさい」
「もういいよ、チャールズ」
――まぁ、反省しているみたいだし、いいか。
【つづく】
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