【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-10 ★ 離れていても、近くにいても
教皇区から両王家和解の声明が発表された後、私たちはエデン王国へと移動した。王家の方々が、アル、私、チャールズの三人を歓迎してくださったからだ。
ハンター殿下は国王夫妻と共に帰国の途に就いた。この事件にまつわる関係者を洗い出すためだという。
エデン王国でも早速捜査に進展があった。王女様の偽旅券を手配した秘書のジェンキンスと、不審な侍女メーガンの身柄が拘束されたのだ。
逮捕に貢献したのは、私たちのよく知る二人組だった。
「カツラもその服も似合っているじゃない。すっかり変装の達人ね、シモン」
「奥様もそう思います? 何を着てもシモン様は私の王子様です」
燕尾服を纏うシモンは、伊達眼鏡をかけ、雪色のカツラをかぶっている。ドレス姿のパムは、彼の腕に手をからめ、満面の笑みを浮かべた。シモンとパムは功労者として、マーガレット王女様から今宵の舞踏会に招待されたのだ。
「パムさん。念の為、シモンという名で呼ばないでください」
「大丈夫、このバルコニーには私とシモン様と奥様しかおりませんもの」
風に当たろうと外に出たら、偶然バルコニーにいる二人が目に留まったのだ。
アルフレッドとチャールズはお偉いさんにつかまって長話の最中だ。本当は彼のそばにいるべきだけれども、アルに断りを入れて抜け出してきたのだ。
――最近、変なところで動悸がしたり、身体が怠くなるのよね。
旅の疲れが出ている私に対して、元悪党シモンと元泥棒パムの元気なことといったら。
「シモンとパムが、犯人逮捕に協力してくれたそうね」
「まぁ……一筋縄ではいきませんでしたけど。エデンの公的機関で調べたところ、ビアンカ・シュタインの旅券はやはり偽物でしたので、これを証拠にジェンキンスとメーガン逮捕の手筈を関係各所と調整しておりましたら……国王一家が教皇区へ発たれたその日に二人とも行方不明になりまして」
シモンは頭をくしゃりと撫でた。
「困っていたら……こっそり僕についてきたパムさんが〝犯人は絶対、南のヴェルノーン王国に逃げる〟と仰ったのですよ」
「教皇区のあるザルフォーク、ハンター殿下のいるモンスーン王国に逃げる阿呆はいませんわ。エーデルシュタインを頼ったところで用済みの駒と切り捨てられるでしょうしね」
悪の親玉エーデルシュタインを粛正できないのが残念で仕方ないけれど、ダーシーのおかげでしっかり牽制できたし、ひとまず良しとしますか。
「本来なら大使館を通して国境警備に伝令を出すのが筋ですが、一刻を争う事態でしたので、各所に速達を送った後、エデン王都に一番近いヴェルノーン東側国境へ飛びました。そうしたら、ジェンキンスとメーガンが自分用の偽旅券を携えてやってきたんです」
「シモン様が事前に二人の顔写真を手に入れていたのは幸いでした。私に見破れない変装はございません! すぐにジェンキンスとメーガンだと分かりましたとも! 偽旅券使用の疑いで、憲兵の立ち会いのもと、現行犯逮捕というわけです」
――パムとシモンの二人三脚。お見事だわ。
「シモン様、一緒に踊りませんか。事件解決を祝って」
「断っても……貴女は僕の腕を引いていくのでしょう?」
「勿論。では行きましょう、さあ行きましょう、踊りましょーう」
パムはシモンをぐいぐいと王宮の広間へ引っ張っていく。二人と入れ違いにバルコニーに入る者がいた。
「ミミ様、こちらにいらっしゃいましたか」
なんとマーガレット王女様だ。純白のドレスを身に纏った彼女は、しなやかに腰を折る。
「本日は、このように華やかな場へお招きいただき、誠にありがとうございます」
私もお辞儀を返した。
「司祭様とチャールズ様が、紳士の皆様に囲まれておりましたわ」
「難しい話が延々と続きそうだったから私だけ抜け出してきちゃった。アルは聞き上手だし、チャールズは年上のおじさんに好かれやすいのよ」
「やはり兄弟。似ているところがあるのですね。私と……ドナルド兄様とは違います。アルフレッド様のような方がお兄様なら良かったのに」
「ドナルド殿下を……あまり慕っていないのね」
「賢い人ですけれど、冷たいところがあって……」
王女様は言葉を濁し、胸の中央にそっと手を添えた。
「王女として生まれ落ちて、心許せる人に今まで出会ったことがありませんでした。けれど私は心のどこかで〝本当の親愛がなんたるか〟知っている気がしてならなかったのです。遠い昔の記憶のような気がして……」
「ひょっとして……前世ということ?」
マーガレット王女様の目が驚きに見開かれた。
「前世がないと仰る方も多いですが、私は〝ある〟と信じています。私はミミ様に……血を分けた兄弟よりも深い信頼を置いております。おこがましいと重々承知ですが、まるで実の姉のように感じるのです」
「私も、貴女に不思議なご縁を感じているわ」
マーガレット王女様の目に涙の膜が張る。彼女は胸の前で祈るように両手を組み合わせると、コクリと喉を鳴らした。
「美名……姉さん」
彼女は計り知れない勇気を以て、その名で私を呼んでくれたのだ。
――私を〝姉さん〟と呼んだのは〝あの子〟しかいない。
「懐かしい名前だわ。貴女につらいものを見せて御免なさい、英舞」
英舞は、前世の美名の従姉妹だ。前世の私がリビングで事切れる寸前、彼女の声を聞いた。
「姉さんが……謝ることなんて。姉さんは、すてきな御本をたくさん教えてくださいました」
「貴女に本をたくさん教えたのは、汚いものを見せたくなかったからなの。私たちの周りの大人は喧々としていたから、雑音を遠ざけたかったのに……」
――この子に一生いや来世まで残る心の傷を与えたのは私だわ。
首をくくったことで、私を慕ってくれた人までをも悲しみの海に溺れさせてしまったのだ。
「美名姉さんは幸せにならなければ。今よりもっと……ずっと」
「ありがとう。私、幸せよ。アルフレッドと……出会えたから。彼もまた前世を憶えているの」
「なんと! どなたです?」
「彼は、私の先生だったのよ」
彼女は大きく目を見開くと「そうだったのですね」と哀しげな微笑を湛えた。
「棺の前で泣いている先生がいました。私と同じかそれ以上に美名姉さんの死を悼んでいた御方です」
以前、棺の中で彼と吐息を重ねた時に、アルフレッドが私の耳元で囁いたことが蘇る。
「どれだけ泣いたか知れないって……本当だったのね」
私はもう命を投げ出すことは決してない。私を愛してくれた人への感謝と恩返しを胸に生きたいからだ。
「英舞、いいえ……マーガレット」
前世から私を追いかけてきた妹と目を合わせ、彼女の両手を包み込む。前世の悲しい最期を見せてしまった彼女の為に、現世にて私が奔走したことは贖罪であったのだ。
「離れていても、近くにいても、貴女の幸せを常に心に留めて、日々の祈りを捧げます」
古い名前に別れを告げ、新しい名前を得た私たちは現世を精一杯生きる。愛しい人の為、救ってくれた人の為に心を尽くすと私は誓う。
「私が幸せなのは、ミミ姉様のおかげです」
私もただひたすらに妹に感謝を告げた。
【10章 へ つづく】
第9章をご愛読いただき誠にありがとうございます。
第10章【アルフレッド編】は【9月1日・日曜日】より開始致します。
ハンター殿下は国王夫妻と共に帰国の途に就いた。この事件にまつわる関係者を洗い出すためだという。
エデン王国でも早速捜査に進展があった。王女様の偽旅券を手配した秘書のジェンキンスと、不審な侍女メーガンの身柄が拘束されたのだ。
逮捕に貢献したのは、私たちのよく知る二人組だった。
「カツラもその服も似合っているじゃない。すっかり変装の達人ね、シモン」
「奥様もそう思います? 何を着てもシモン様は私の王子様です」
燕尾服を纏うシモンは、伊達眼鏡をかけ、雪色のカツラをかぶっている。ドレス姿のパムは、彼の腕に手をからめ、満面の笑みを浮かべた。シモンとパムは功労者として、マーガレット王女様から今宵の舞踏会に招待されたのだ。
「パムさん。念の為、シモンという名で呼ばないでください」
「大丈夫、このバルコニーには私とシモン様と奥様しかおりませんもの」
風に当たろうと外に出たら、偶然バルコニーにいる二人が目に留まったのだ。
アルフレッドとチャールズはお偉いさんにつかまって長話の最中だ。本当は彼のそばにいるべきだけれども、アルに断りを入れて抜け出してきたのだ。
――最近、変なところで動悸がしたり、身体が怠くなるのよね。
旅の疲れが出ている私に対して、元悪党シモンと元泥棒パムの元気なことといったら。
「シモンとパムが、犯人逮捕に協力してくれたそうね」
「まぁ……一筋縄ではいきませんでしたけど。エデンの公的機関で調べたところ、ビアンカ・シュタインの旅券はやはり偽物でしたので、これを証拠にジェンキンスとメーガン逮捕の手筈を関係各所と調整しておりましたら……国王一家が教皇区へ発たれたその日に二人とも行方不明になりまして」
シモンは頭をくしゃりと撫でた。
「困っていたら……こっそり僕についてきたパムさんが〝犯人は絶対、南のヴェルノーン王国に逃げる〟と仰ったのですよ」
「教皇区のあるザルフォーク、ハンター殿下のいるモンスーン王国に逃げる阿呆はいませんわ。エーデルシュタインを頼ったところで用済みの駒と切り捨てられるでしょうしね」
悪の親玉エーデルシュタインを粛正できないのが残念で仕方ないけれど、ダーシーのおかげでしっかり牽制できたし、ひとまず良しとしますか。
「本来なら大使館を通して国境警備に伝令を出すのが筋ですが、一刻を争う事態でしたので、各所に速達を送った後、エデン王都に一番近いヴェルノーン東側国境へ飛びました。そうしたら、ジェンキンスとメーガンが自分用の偽旅券を携えてやってきたんです」
「シモン様が事前に二人の顔写真を手に入れていたのは幸いでした。私に見破れない変装はございません! すぐにジェンキンスとメーガンだと分かりましたとも! 偽旅券使用の疑いで、憲兵の立ち会いのもと、現行犯逮捕というわけです」
――パムとシモンの二人三脚。お見事だわ。
「シモン様、一緒に踊りませんか。事件解決を祝って」
「断っても……貴女は僕の腕を引いていくのでしょう?」
「勿論。では行きましょう、さあ行きましょう、踊りましょーう」
パムはシモンをぐいぐいと王宮の広間へ引っ張っていく。二人と入れ違いにバルコニーに入る者がいた。
「ミミ様、こちらにいらっしゃいましたか」
なんとマーガレット王女様だ。純白のドレスを身に纏った彼女は、しなやかに腰を折る。
「本日は、このように華やかな場へお招きいただき、誠にありがとうございます」
私もお辞儀を返した。
「司祭様とチャールズ様が、紳士の皆様に囲まれておりましたわ」
「難しい話が延々と続きそうだったから私だけ抜け出してきちゃった。アルは聞き上手だし、チャールズは年上のおじさんに好かれやすいのよ」
「やはり兄弟。似ているところがあるのですね。私と……ドナルド兄様とは違います。アルフレッド様のような方がお兄様なら良かったのに」
「ドナルド殿下を……あまり慕っていないのね」
「賢い人ですけれど、冷たいところがあって……」
王女様は言葉を濁し、胸の中央にそっと手を添えた。
「王女として生まれ落ちて、心許せる人に今まで出会ったことがありませんでした。けれど私は心のどこかで〝本当の親愛がなんたるか〟知っている気がしてならなかったのです。遠い昔の記憶のような気がして……」
「ひょっとして……前世ということ?」
マーガレット王女様の目が驚きに見開かれた。
「前世がないと仰る方も多いですが、私は〝ある〟と信じています。私はミミ様に……血を分けた兄弟よりも深い信頼を置いております。おこがましいと重々承知ですが、まるで実の姉のように感じるのです」
「私も、貴女に不思議なご縁を感じているわ」
マーガレット王女様の目に涙の膜が張る。彼女は胸の前で祈るように両手を組み合わせると、コクリと喉を鳴らした。
「美名……姉さん」
彼女は計り知れない勇気を以て、その名で私を呼んでくれたのだ。
――私を〝姉さん〟と呼んだのは〝あの子〟しかいない。
「懐かしい名前だわ。貴女につらいものを見せて御免なさい、英舞」
英舞は、前世の美名の従姉妹だ。前世の私がリビングで事切れる寸前、彼女の声を聞いた。
「姉さんが……謝ることなんて。姉さんは、すてきな御本をたくさん教えてくださいました」
「貴女に本をたくさん教えたのは、汚いものを見せたくなかったからなの。私たちの周りの大人は喧々としていたから、雑音を遠ざけたかったのに……」
――この子に一生いや来世まで残る心の傷を与えたのは私だわ。
首をくくったことで、私を慕ってくれた人までをも悲しみの海に溺れさせてしまったのだ。
「美名姉さんは幸せにならなければ。今よりもっと……ずっと」
「ありがとう。私、幸せよ。アルフレッドと……出会えたから。彼もまた前世を憶えているの」
「なんと! どなたです?」
「彼は、私の先生だったのよ」
彼女は大きく目を見開くと「そうだったのですね」と哀しげな微笑を湛えた。
「棺の前で泣いている先生がいました。私と同じかそれ以上に美名姉さんの死を悼んでいた御方です」
以前、棺の中で彼と吐息を重ねた時に、アルフレッドが私の耳元で囁いたことが蘇る。
「どれだけ泣いたか知れないって……本当だったのね」
私はもう命を投げ出すことは決してない。私を愛してくれた人への感謝と恩返しを胸に生きたいからだ。
「英舞、いいえ……マーガレット」
前世から私を追いかけてきた妹と目を合わせ、彼女の両手を包み込む。前世の悲しい最期を見せてしまった彼女の為に、現世にて私が奔走したことは贖罪であったのだ。
「離れていても、近くにいても、貴女の幸せを常に心に留めて、日々の祈りを捧げます」
古い名前に別れを告げ、新しい名前を得た私たちは現世を精一杯生きる。愛しい人の為、救ってくれた人の為に心を尽くすと私は誓う。
「私が幸せなのは、ミミ姉様のおかげです」
私もただひたすらに妹に感謝を告げた。
【10章 へ つづく】
第9章をご愛読いただき誠にありがとうございます。
第10章【アルフレッド編】は【9月1日・日曜日】より開始致します。
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