【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

9-9 ★ 万のことに節度ある賢い貴女

「このたびは多大なご心労とご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「本日はお集まりいただき、心より感謝申し上げます」

 マーガレット王女様とハンター殿下は同時にこうべれた。

 円卓に集った両王家は吃驚仰天びっくりぎょうてん壁際かべぎわに設けられた席にいる教会関係者たちも口をあんぐりとさせている。服装からして高位こういの聖職者と思われるので、教皇様きょうこうさまの目となり耳となり、情報をあまねく伝達するために同席しているのだろう。

 ――教皇様が和平の場に不在なのは残念だけど、外せない聖務日課せいむにっかもあるのだろうし仕方ないわ。教皇区で会議を開くことに意味があるから、不在でも問題はないでしょう。

「マーガレット王女殿下」

 おごそかに席を立ったのはモンスーンの王妃おうひ様だった。国王様も腰を上げると、二人は同時にマーガレット王女様へ深々と頭を下げた。

不肖ふしょうの子、ハンターのあやまちをどうかお許しくださいませ」

「全てわたくしたちのいたらぬところでございますわ」

「どうか……どうかお顔を上げてくださいませ。謝罪を申さなければならないのは私でございます。全ては未熟な私の早計そうけいが招いたことです。ハンター殿下とは和解致しました」

「父上、母上。私は不道徳なあやまちは何もおかしておりません。もう何度も申しているではありませんか。どうして実子じっしの言葉を信じてくださらないのですか。私に関する一連の不貞騒動ふていそうどうは、私とマーガレットの仲をうとむ第三者が仕組んだものでございました」

 ハンター殿下は国王夫妻を交互に見ながら強くうったえた。

「ハンター殿下のおっしゃることは本当でございます」

私共わたくしどもが証人でございますわ」

「兄夫婦の証言は、僕が保証致します」

 ヴェルノーンの王位継承者であるチャールズは、私たちの強い後ろだてとなってくれた。

「詳細をマーガレットとともに皆様に説明致します」

 ハンター殿下とマーガレット王女様は、円卓に並んで着席する。私、アル、チャールズも向かい側に腰掛けた。

 一連の事件について、ハンター殿下とマーガレット王女様は交互に語り聞かせる。そして私たちが二人の主張を補足、裏付けを与えた。両王家から疑問が投じられたり、感情的な発言をする者がいなかったことがさいわいし、この事件の全貌ぜんぼうとからくり、今後早急にとらなければならない捜査と関係者への処置を余すことなく伝えることができた。

「策略にめられた私が失望し、ハンター殿下を糾弾きゅうだんしてもなお、彼は一途いちずに私を信じ、変わらぬ愛を告げてくださいました」

 マーガレット王女様は隣のハンター殿下をそっと見上げた。

「私は殿下との婚約を解消したくございません。貴方あなた以上に一途いちずじゅん御方おかたに会うことは生涯しょうがいないでしょう」

「マーガレット……」

 ハンター殿下は感極かんきわまっている。

「二人が前よりも親密に見えるのは私だけかい?」

「いいえ、陛下。私にもそう見えますわ。以前よりもずっと血の通った間柄あいだがらに」

 モンスーン国王夫妻は二人の和解を好意的にとらえたようね。

 ――さて、問題は。

 エデン王室の方々の反応よ。先ほどから放心状態といった風だ。娘を傷付けた相手とその家族にご対面と思いきや、マーガレットは謝るわ、第三者の黒幕が指摘されるわで理解が追いつかないのでしょう。

「まぁ……何はともあれ、良かったではありませんか」

 最初に口を開いたのは、マーガレット王女様の兄であるドナルド殿下だった。

いもうとマーガレットは一度こうだと決めたら二度とそれを曲げない。そのマーガレットが発言を撤回てっかいしたということは、ハンター殿下はヴェルノーン王家の方々がおっしゃる通りの人格者じんかくしゃであったというわけですね」

 ドナルド殿下は国王様とおきさき様に視線をくべながら話した。

 ――賢い王子様だわ。でも、行方不明だった妹の身を案ずる言葉は一つもないのね。

 かりにも実兄じっけいなら「怪我はないか、マーガレット」と一言ひとことかけそうなものなのに。ドナルド殿下は空気を読むのが上手いけれど、ややかでしたたかな人物なのではないかしら。遺書事件の前、チャールズと一緒に面会した時にも感じたことだ。 

 ――ドナルド殿下はともかく、国王夫妻はなんと出るのかしら?

 マーガレット王女様が出奔しゅっぽんした後、エデン王室は娘を探す為に積極的な行動をしなかった。私の中でエデン王室の印象は悪い。

「マーガレット」
「は、はい。お母様」

 エデン王妃様が険しい面持ちで呼びかけると、マーガレット王女様は姿勢をぴんと正した。

貴女あなたがいつか王室を飛び出していくのではないかと、幼い頃から私たちは冷や冷やしていました」

 王妃様が真一文字に結んだくちびるをそっと開いた。

不貞ふていの件について、貴女あなたが私に相談した時、我慢を強要したことが逆に、自由で正義感の強い貴女あなたの背中を押したことを、私は後悔しました。けれども心のどこかで安堵あんどもしていたのです。私が出来なかったことをむすめ貴女あなたはできる人だったのだ、と」

 ――エデン王妃様の言う〝私が出来なかったこと〟って、マーガレット王女様が国を出奔しゅっぽんしたこと……よね?

「私がこの御方おかたとついで、どれだけ気苦労きぐろういられたかは、貴女あなたもよく存じているでしょう、マーガレット?」

 王妃様が国王様を見遣みやると、彼は大変ばつが悪そうに視線を落とした。

 ――きっと、王妃様も逃げ出したいと感じたことがあったのね。

 チャールズと婚約していた期間、自分がいずれ王妃になることに何度気が重くなったことか。私はチャールズにとって姉のように立ち回っていたこともあり、未来への不安はふくらむばかりだった。

「時事に通じ、欲深くなく、よろずのことに節度せつどあるかしこ貴女あなたなら、王宮でなくても世界のどこかで幸せになれるだろう、と私は考えていました。けれど貴女あなたは……戻ってきて、ハンター殿下と共に両王家の架け橋になってくれている」

 エデン王妃様の目から一筋の涙がこぼれる。

「私は、むすめの勇気とかしこさをほこりに思います」

 エデン国王様はそうおっしゃると、席を立ち、円卓に集う人々へ順に視線を合わせた。

皆々様みなみなさまむすめために動いてくださりありがとうございます。教皇様きょうこうさまのお膝元ひざもとにて和解の場をもうけていただいた、この奇跡に心より深く感謝申し上げます」

 国王様にならい王妃様も席を立つと、二人は同時に深々と一礼した。

 ――これで一件落着ね。

 数え切れない受難じゅなんこうむったけれど、万事ばんじ好転こうてんしたので、これも神様の采配さいはいというべきかしら。何はともあれ本当に良かったわ。最善の救済が導かれたのはまさしく奇跡ね。

【つづく】




 次話の更新は【8月28日(水曜日)】を予定しています。

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