【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-8 ★ 教皇区にて
一度ヴェルノーン大使館に戻った私たちは、ケビン大使の協力の元、教皇区で和解の場を設ける準備を始めた。
マーガレット王女様とハンター殿下の為、私たち夫婦も和解の場に参席することとなったので、新婚旅行は予定していた期間よりも長くなってしまった。ザックさんとナンシーに宛てた手紙に返信が届いたくらいだ。
エーデルシュタイン一族との交渉につきまして
ご迷惑をおかけし、重ねてお詫び申し上げます。
皆様のご無事のご帰還を心よりお祈り申し上げます。
ナンシー・シュタイン
こちらへの心配は不要ですので、
平和維持活動に専念してください。
ザック・ブロンテ
――心配性のナンシーの顔が浮かぶ。留守が長引いてしまって申し訳ないわ。
今すぐにでも我が家に帰りたい気持ちは強いけれど、早急に解決しなければならない問題がある。
――ザックさんの言う通り、平和維持活動ね。
エデン王室とモンスーン王室の仲を取り持たなくてはならないのだもの。
「私達のせいで、お二人のご旅行の予定が変更を余儀なくされましたこと、大変申し訳ないですわ」
「大変ご迷惑をおかけしてしまい心苦しいばかりです」
マーガレット王女様とハンター殿下を気遣わせてしまっているのも恐縮だわ。
「今は和解に専念しましょう。さあ出発よ」
私たちは馬車で首都から教皇区へ出発した。ケビン大使の計らいで、会談前にエデン王室とモンスーン王室の方々と鉢合わせしないよう時間が調整されている。予定されていた時間に到着した私たちは、馬車を下り、巨大な聖堂の入口に立った。
「皆様のご来訪をお待ちしておりました」
案内役の男がにこやかな笑顔を浮かべ立っていた。おそらく高位の聖職者だろう。ヴェルノーン国教会の服装とは異なるけれど、お召し物には金糸で聖句が刺繍されている。
「広間はこちらでございます」
案内役の彼に次いで、マーガレット王女様とハンター殿下、チャールズ、私とアルの順番で先へ進む。
巨大な柱の間を抜け、一面大理石の床へ進み出た。天井が高く、至る所に神を賛美する装飾が施されており、今にも動き出しそうなくらい精巧な造形の聖人像が左右に並んでいた。
私たちを歓迎しているのは物言わぬモノだけではなかった。
――右見ても左見ても聖職者。ここは聖職者の殿堂ね。
聖職者以外の、本日たまたまその場に言わせた観光客らしき紳士淑女の姿もある。
警備の者が「道をあけて」と彼らを誘導し、私たち一行の通る道を作ってくれた。両王室を招いた和平会談が行われるとはいえ、一般の方々の立ち入りは禁じられない。ここは教皇派の信仰者が集う場所であり、歴史的にも大変価値が高いので、年中人があふれていると紀行本に記されていた。
「さすが教皇区。ここにあるもの全てが神がかりの芸術だ」
――アルが楽しそう。歴史ある建物と美術品が好きなのだ。
一つ一つの彫刻や絵画をじっくり鑑賞したいようだけど、今から大事な話し合いだもの。私たちの前を歩く案内役の方の歩調がゆっくりなのが幸いね。恍惚としたアルの表情を隣でうかがっていると、館内のあちこちから視線を感じた。教皇区の聖職者達の話し声も聞こえてくる。
「いいなぁ、改革派の教会奉仕者は妻帯が許されて」
――教会奉仕者?
アルを聖職者と呼ばないことに胸がもやもやとした。
「彼は司祭、聖職者だぞ?」
近くにいた別の男がそう囁く。
「ヴェルノーン国教会は聖職位を与えられるからな」
「どっちつかずの中道を掲げる教会だろう? いいとこ取りの」
「シッ、聞こえるぞ」
――聞こえているわよ、全部。
私は隣を歩くアルを見上げた。
「なんだか噂されているね。物珍しいんだろうなぁ」
「それだけでは……ないと思うわ」
「というと?」
「アルのことを聖職者ではなく、教会奉仕者と言っていたわ」
するとアルは、肩をすくめて少し笑った。
「勘違いしているのだろうね。国教会は改革派の影響を受けているから。でも〝教会奉仕者〟という言葉は意地悪ではないよ、ミミ」
「えっ、そうなの?」
「改革派は聖職者という言葉を敬遠するんだ。宗教改革では特権を与えられた聖職者が教会の腐敗を招いたことが問題視されただろう。彼らは〝聖職者の位〟が与えられることや、教会関係者を特別扱いすることに今も否定的なんだ。宗派の違いを意識して教会奉仕者と言うんだよ」
「でもアルフレッドには司祭の位が与えられているのでしょう?」
「その通り。俺は聖職者と呼ばれている。同じ司祭の位が与えられていても、教皇派の司祭は結婚できない。だから思うところがあるんだろう。〝いいとこ取りの中道〟か、アハハ。言うねぇ」
――アルは地獄耳だわ。ぜーんぶ、聞いていたのね。
「こちらでございます。既にエデン王室とモンスーン王室の方々はご到着されています」
案内役が扉の前で立ち止まる。
ハンター殿下とマーガレット王女様が顔を見合わせる。二人は固く手を握ると、開け放たれた扉をくぐった。二人のあとからチャールズ、アル、私も入室する。
円卓の左側にはエデン国王夫妻と嫡男ドナルド殿下、右側にはモンスーン王室のご夫妻が着席していた。
双方のご夫妻もドナルド殿下も険しい面持ちであったが、ハンター殿下とマーガレット王女様が連れ立っている姿を見て、ぎょっと目を剥いた。これは何事だと言いたげな表情ね。
「この度は多大なご心労とご迷惑をおかけし申し訳ございません」
「本日はお集まりいただき、心より感謝申し上げます」
マーガレット王女様とハンター殿下は同時に頭を垂れた。
【つづく】
次話の更新は【8月25日(日曜日)】を予定しています。
マーガレット王女様とハンター殿下の為、私たち夫婦も和解の場に参席することとなったので、新婚旅行は予定していた期間よりも長くなってしまった。ザックさんとナンシーに宛てた手紙に返信が届いたくらいだ。
エーデルシュタイン一族との交渉につきまして
ご迷惑をおかけし、重ねてお詫び申し上げます。
皆様のご無事のご帰還を心よりお祈り申し上げます。
ナンシー・シュタイン
こちらへの心配は不要ですので、
平和維持活動に専念してください。
ザック・ブロンテ
――心配性のナンシーの顔が浮かぶ。留守が長引いてしまって申し訳ないわ。
今すぐにでも我が家に帰りたい気持ちは強いけれど、早急に解決しなければならない問題がある。
――ザックさんの言う通り、平和維持活動ね。
エデン王室とモンスーン王室の仲を取り持たなくてはならないのだもの。
「私達のせいで、お二人のご旅行の予定が変更を余儀なくされましたこと、大変申し訳ないですわ」
「大変ご迷惑をおかけしてしまい心苦しいばかりです」
マーガレット王女様とハンター殿下を気遣わせてしまっているのも恐縮だわ。
「今は和解に専念しましょう。さあ出発よ」
私たちは馬車で首都から教皇区へ出発した。ケビン大使の計らいで、会談前にエデン王室とモンスーン王室の方々と鉢合わせしないよう時間が調整されている。予定されていた時間に到着した私たちは、馬車を下り、巨大な聖堂の入口に立った。
「皆様のご来訪をお待ちしておりました」
案内役の男がにこやかな笑顔を浮かべ立っていた。おそらく高位の聖職者だろう。ヴェルノーン国教会の服装とは異なるけれど、お召し物には金糸で聖句が刺繍されている。
「広間はこちらでございます」
案内役の彼に次いで、マーガレット王女様とハンター殿下、チャールズ、私とアルの順番で先へ進む。
巨大な柱の間を抜け、一面大理石の床へ進み出た。天井が高く、至る所に神を賛美する装飾が施されており、今にも動き出しそうなくらい精巧な造形の聖人像が左右に並んでいた。
私たちを歓迎しているのは物言わぬモノだけではなかった。
――右見ても左見ても聖職者。ここは聖職者の殿堂ね。
聖職者以外の、本日たまたまその場に言わせた観光客らしき紳士淑女の姿もある。
警備の者が「道をあけて」と彼らを誘導し、私たち一行の通る道を作ってくれた。両王室を招いた和平会談が行われるとはいえ、一般の方々の立ち入りは禁じられない。ここは教皇派の信仰者が集う場所であり、歴史的にも大変価値が高いので、年中人があふれていると紀行本に記されていた。
「さすが教皇区。ここにあるもの全てが神がかりの芸術だ」
――アルが楽しそう。歴史ある建物と美術品が好きなのだ。
一つ一つの彫刻や絵画をじっくり鑑賞したいようだけど、今から大事な話し合いだもの。私たちの前を歩く案内役の方の歩調がゆっくりなのが幸いね。恍惚としたアルの表情を隣でうかがっていると、館内のあちこちから視線を感じた。教皇区の聖職者達の話し声も聞こえてくる。
「いいなぁ、改革派の教会奉仕者は妻帯が許されて」
――教会奉仕者?
アルを聖職者と呼ばないことに胸がもやもやとした。
「彼は司祭、聖職者だぞ?」
近くにいた別の男がそう囁く。
「ヴェルノーン国教会は聖職位を与えられるからな」
「どっちつかずの中道を掲げる教会だろう? いいとこ取りの」
「シッ、聞こえるぞ」
――聞こえているわよ、全部。
私は隣を歩くアルを見上げた。
「なんだか噂されているね。物珍しいんだろうなぁ」
「それだけでは……ないと思うわ」
「というと?」
「アルのことを聖職者ではなく、教会奉仕者と言っていたわ」
するとアルは、肩をすくめて少し笑った。
「勘違いしているのだろうね。国教会は改革派の影響を受けているから。でも〝教会奉仕者〟という言葉は意地悪ではないよ、ミミ」
「えっ、そうなの?」
「改革派は聖職者という言葉を敬遠するんだ。宗教改革では特権を与えられた聖職者が教会の腐敗を招いたことが問題視されただろう。彼らは〝聖職者の位〟が与えられることや、教会関係者を特別扱いすることに今も否定的なんだ。宗派の違いを意識して教会奉仕者と言うんだよ」
「でもアルフレッドには司祭の位が与えられているのでしょう?」
「その通り。俺は聖職者と呼ばれている。同じ司祭の位が与えられていても、教皇派の司祭は結婚できない。だから思うところがあるんだろう。〝いいとこ取りの中道〟か、アハハ。言うねぇ」
――アルは地獄耳だわ。ぜーんぶ、聞いていたのね。
「こちらでございます。既にエデン王室とモンスーン王室の方々はご到着されています」
案内役が扉の前で立ち止まる。
ハンター殿下とマーガレット王女様が顔を見合わせる。二人は固く手を握ると、開け放たれた扉をくぐった。二人のあとからチャールズ、アル、私も入室する。
円卓の左側にはエデン国王夫妻と嫡男ドナルド殿下、右側にはモンスーン王室のご夫妻が着席していた。
双方のご夫妻もドナルド殿下も険しい面持ちであったが、ハンター殿下とマーガレット王女様が連れ立っている姿を見て、ぎょっと目を剥いた。これは何事だと言いたげな表情ね。
「この度は多大なご心労とご迷惑をおかけし申し訳ございません」
「本日はお集まりいただき、心より感謝申し上げます」
マーガレット王女様とハンター殿下は同時に頭を垂れた。
【つづく】
次話の更新は【8月25日(日曜日)】を予定しています。
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