【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

9-7 ★ 王家の和解

 ジャービス直筆の書簡を手に入れた私たちは、夕刻にエーデルシュタイン城からおいとますることにした。

 アニータは終始ご機嫌きげんななめであったが、娘のヴェロニカはその逆で、

「アルフレッド司祭様、チャールズ殿下と親戚になれるなんて! 本当の本当に夢のようですわ」

 とにかく、ごますりがすごい。
 アルフレッドとチャールズは邪険にはしなかったものの、

「血縁は、チャールズだけでいい」

「そうですとも! 僕だって同じ気持ちですよ、兄上!」

 出発前の応接室で、二人は本音を漏らした。「チャールズだけ」と言われたことがよほど嬉しかったらしく、弟の彼は興奮気味だ。美しき兄弟愛。良かった良かった。

 ――今回だけはダーシーに感謝だわ。彼女のおかげで突破口ができたし。

 ダーシーはここにはおらず別室に待機している。「王族の団欒にご一緒するのは気が引ける」とダーシーみずから敬遠したからだ。それでもやはり「彼女を一人にしてはいけない」とジーニーさんがそばで見張っていた。彼女が逃げ出さないかと心配らしい。

 ――別室で良かったわね。ダーシーがそばにいるとチャールズが凍り付くし。

 ダーシーが近くにいないと、チャールズは朗らかな表情を浮かべる。アルフレッドに対しては特に気を許しているようだ。

「アルフレッド司祭様とチャールズ殿下は本当に仲がよろしいのですね」

 和気わき藹々あいあいとした兄弟の様子を眺めながら、侍女にふんしたままのマーガレット王女様が表情をしぼませた。

「ご家族の仲が良いのは素晴らしいことです。けれど私はもう……家族に合わせる顔がありません。さらに皆様に大変なご迷惑をおかけしてしまい……」

「それは言わない約束ですよ、王女様」

「ミミ様……」

 私は椅子に座る王女様と同じ目線にかがんだ。

「遺書事件の時、私も散々、周囲に迷惑をかけました。自分をそれは責めたけれど、今は夫のアルフレッドをはじめ家族に、感謝を伝えるようにしています」

「感謝を……」

 マーガレット王女様は無言でうつむいた。新聞に掲載された王女様の手紙には、家族が自分の主張を理解してくれないことへの嘆きがつづられていたが、ハンター殿下に纏わる不義の疑いは全て第三者に仕組まれたものだった。

「家族は私を、はじさらしと思っていることでしょう」

 マーガレット王女様の目が涙でゆらめいた。

「私は多大な勘違いをして、王家の名に泥を塗ったのですから。和解をせねばなりませんが、情けないことに一人ひとりで……実家に帰る勇気が無くて」

無論むろん、僕が貴女あなたに同行します」

 ハンター殿下が王女様の隣に腰掛け、彼女の手をすくい取った。

「そのかわり、一つだけ僕からの条件を受け入れてはもらえないでしょうか」
「条件?」

 ハンター殿下は、マーガレット王女様へ、ほんの少し顔を近付けた。

「マーガレット。此度こたびの騒動が収束したら、どうか僕と結婚してください」

 マーガレット王女様の目が驚きに見開かれる。

 ――まさかのまさか。エーデルシュタインの居城きょじょう……悪のド真ん中で求婚とは驚いたわね。

 さいわいにもこの応接室には、私、アル、チャールズしかいないけれど。どこかに隠し窓や、盗み聞き用の穴がないことを祈るばかりだ。

 マーガレット王女様とハンター殿下は、お互いへ温かい眼差しを注いでいる。大使館では険悪だったけど、どういうきっかけでわだかまりが解消したのかしら。

「私も殿下を心からおしたいしております。不束者ふつつかものですが……どうか末永すえながくよろしくお願いいたします」

 私、アル、チャールズの三人は「おめでとうございます」と二人を心から祝福した。

「マーガレット王女様と、両王家の方々との和解。一つ、提案があるのですが」

 アルフレッドが突如とくじょそのように話を切り出した。

「もしもご実家での会談に一抹いちまつの不安を覚えるようでしたら、教皇区きょうこうくにて、和解の場をすのはいかがですか」

「それは名案だわ、アル。エデン王家もモンスーン王家も、教皇管轄の宗派でしょう?」

 マーガレット王女様とハンター殿下は肯いた。

「国教会ですと首長が陛下ですからそれが叶いませんが、同じ宗派ならば教皇きょうこうのお膝元ひざもとで和解の場を設けるのが最善かと存じます。どちらかの王家で、内輪うちわのみの会談をもうけるよりも、教皇区から発信するのが最適か、と」

 ――なるほど。アルのかしこさには脱帽だわ。

 教皇区で国際的な会議が開かれると、情報はまたたに大陸中へ広まる。マーガレット王女様の置き手紙を撤回し、ハンター殿下との関係修復を世間に公表するならば、中立と平和の立場をつらぬく教皇区を利用するのはありだろう。

「ご助言、大変助かります。アルフレッド殿下。マーガレットを守るため全身全霊ぜんしんぜんれいで交渉にのぞみます」

 口下手だというハンター殿下が、使命感に燃えている。

「私はハンター殿下の名誉回復に努めます。私の口から、貴方あなたにかけた不義の汚名を晴らさなければ」

 マーガレット王女様は責任感の強い人だ。ハンター殿下と一緒ならば、両王家の深いみぞを解消できるだろうと予感がした。


【次話、教皇区へ!】



 次話は8月22日【木曜日】に更新します。

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