【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

9-5 ★ 私の夫を侮辱なさるの?

 領主ジャービスとの会談に突然現れた女性、アニータ・エーデルシュタイン。

 私の推測だけれど、領主ジャービスが頭が上がらない人物は、おそらく彼女だろう。姉だし、アニータの子どもを自分の跡取りとしているからではないか。

「ハンター殿下、ご機嫌きげんうるわしゅう」

 アニータは近付いて、お辞儀じぎした。

「チャールズ殿下、遠路えんろはるばるようこそおしくださいました」

 仰々ぎょうぎょうしいくらい丁寧ていねい挨拶あいさつをした彼女は、私とアルへくるっと向く。しばらく無言で私たちを凝視した後、彼女は溜め息を吐いた。

「あら、おうわさの、リンドバーグ夫婦でございますね」

 ハンター殿下、チャールズと打って変わって、突然冷ややかな態度だ。

 ――なにこの変わり身? 私たち、この人に何かしたかしら?

 アルと思わず目配せする。再びアニータをうかがうと、彼女の視線がアルフレッドへ向いていることに気付いた。まるで親のかたきを見るかのようだ。

 ――まさか、この人……アルフレッドの秘密を知って……。

「この度はご挨拶あいさつが遅れて申し訳ございませんでした、ハンター殿下、チャールズ殿下」

 アニータは花が咲いたような表情で、ハンター殿下とチャールズへ振り向いた。なんとも感じの悪い女性であるが、社交界ではよくあることだ。気に入らない相手とは目も合わせない、口もきかない、愚痴だけは言う腐った人間は多い。そういう精神年齢の低い部類のご婦人であることだけはよく分かった。私も伊達だて修羅場しゅらばんでいないしね。

「実は出先でさきから帰ったばかりですの。ジャービスはこのところ体調がすぐれないので、私がご用件を引きがせていただきますわ」

「いや、僕はもう大丈夫だよ……姉様ねえさま

「ダメよ、貴方あなたは安静にしなくては。私に全て任せてちょうだい」

「姉様。要件は全てうかがったところなんだ」

「まぁ、そうなの。でも貴方あなたではいたらないでしょうから、私がうけたまわるわ」

 ――完全に弟を尻にいている……。うわぁ。

「キャロル姉様ねえさまと、ナンシー姉様ねえさま冤罪えんざいの件で……」

「なんですって?」

「亡き父と母が、姉様方にかけた濡れ衣はあやまちであったことを認めて欲しいそうだ。なぜなら……」

 ジャービスはアルフレッドを見て、姉のアニータへ恐る恐る振り返る。

「アルフレッド殿下は、キャロル姉様の子どもなんだよ」
「ええ。存じているわ」

 ――やっぱり知っていたわね。

 先程さきほどアルをにらんだものだからピンと来た。とするとエーデルシュタインにまつわる一連の事件には、このひとが絡んでそうね。牛耳ぎゅうじっているのはおそらくこの人だわ。

「知っているのなら、なぜ僕に教えてくださらなかったんだ、アニータ姉様ねえさま!」

「それはそれ、これはこれ。ここはモンスーン王国。他国の王家に、あの姉妹が転がり込ん寵愛ちょうあいを得て身籠みごもろうと、既に私たちとは関係のない赤の他人のあやまちでございますから」

あやまち、ですって?」

 ――聞き捨てならない。アルの妻として黙っていられるか。

「私のおっとがこのせいを受けたことをあやまちとおっしゃっているのですか。実母じつぼへだてなく我が子をいつくしむギョーム国王陛下を、エーデルシュタイン家は侮辱ぶじょくされていると受け取られても仕方ありませんわよ」

「兄上は王の血を分けた長子ちょうしです。血縁がおおやけの場であかかされた時、父上ちちうえは僕たち兄弟へひとしい愛を告げてくださいました」

 尊敬する兄が侮辱ぶじょくされたとあって、チャールズも怒気をにじませた。王位継承者であるチャールズが嫌悪感をあらわにしたので、流石さすがのアニータも動揺どうようした。

「ヴェ、ヴェルノーン王家の方々には、ご迷惑をかけて恐縮きょうしゅくでございます。けれどもあの姉妹とは、すでえんが切れているのです。腹違いとはいえ、家族に毒を盛るような頭のいかれた姉たちでしたもの」

「母はそんな人間ではありません。ナンシーも」

 アルフレッドはまなじりをつり上げ、アニータを見据みすえる。

「お言葉ですが、私とジャービスは、あの二人に殺されかけたのです。大体、キャロルとナンシー以外に、誰が私たちの命を狙うと? 正妻せいさいが死んだものだから、めかけの子である私たちをうとんだに決まっていますわ」

 ――正妻せいさいが死んだ。言い方があるでしょう、言い方が!

 ナンシーならこんな言葉遣いは絶対にしない。品性と教養の違いは目に見えて明らかだ。

「アルフレッド司祭が誰の子であろうと、たとえ私たちと血縁であろうとも、先代の当主たる父の判断があやまっていたなどと、こちらのを認めるつもりは一切ございません」

 ――絶対に引かないか。女の敵は女。これは大物だわ。

 ナンシーが「関わりたくない」と言った理由が分かる。親は子どもの鏡ならば、アニータの姿が亡きめかけの姿なのだろう。「そっくり」といううわさは本当だったんだわ。

「お取り込み中、申し訳ございません。よろしいかしら?」

 陰険いんけんな雰囲気に、やんわりと言葉を差し込んだのは、ダーシーだった。変装し、鑑定士になりすましている彼女は、アニータへ柔和にゅうわな笑みを浮かべた。

貴女あなたは、どなた?」

「マリンダ・ダートムーアと申します。私はヴェルノーン王宮で、宝物の管理を任されております」

 アニータは意外そうに目をしばたき、チャールズ殿下へ向いた。

「彼女には、王室に献上けんじょうされる物の検品などを任せております」

 ダーシーのこととなると表情の強ばるチャールズにかわり、秘書のジーニーさんが手短てみじか補足ほそくしてくれた。やっぱりジーニーさんがそばにいないと心配だわ、チャールズ。

「アニータ様に、ぜひ見ていただきたいものがございますの」

 ダーシーはかばんから小箱を取り出し、机の上に置く。正面をアニータへ向け、ふたを開いた。

【つづく】



 次話の更新は8月16日(金)を予定しています

コメント

  • 旭山リサ

    【清水レモン殿 へ】 コメントありがとうございます。ダーシーが持ってきた必殺アイテム。さてなんだと思われますか? ちょっと「曰く付きのもの」なので次話をどうぞお楽しみに! 動作が目に浮かびますか! ありがとうございます、とっても嬉しいです! 

    1
  • 清水レモン

    「ぜひ見ていただきたいものがございますの」←
    すご~く、いいです、いいですね!
    正面を向けて、あける。その動作が目に浮かびます!
    コトリ

    1
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