【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-3 ★ 本当の娘ではない
「その山賊たちは当然、縛り首ですわね」
客人、仮にも王族がいる前で平気と「縛り首」という言葉を口にした彼女の教養と品性を疑った。死に纏わる忌み言葉は社交場では避けるようにと習わなかったのかしら。
「兄上と義姉上が事件に巻き込まれたのは、僕の責任でもあるのです。この旅行を提案して、行き先を工面したのは僕でした」
チャールズにはじめて「義姉上」と呼ばれた。姉のような気持ちと遺書にも書いたし、その気持ちもずっと変わらなかったけれど、いざ「義姉」と呼ばれると、なんだかむずむずする。
「そこでお詫びをしたいと思いまして。旅行の記念になる特別な何かを拵えてはどうかと考えておりましたところ、我々の訪問をお耳に入れたハンター殿下が、ザルフォークまで足を運んでくださったのです」
「ヴェルノーンのご兄弟に、ぜひともお目にかかりたくて」
「モンスーンは北、ヴェルノーンは南ですから、なかなか会う機会がないですしね。ハンター殿下は快く僕の相談に乗ってくださいました。特別な夫婦には特別なものを、と。エーデルシュタインならば、希少な鉱石を使った宝物を求めることができるでしょうからご案内します、と」
「ハンター殿下はなんてお優しいの。素晴らしいですわ」
ヴェロニカ嬢が熱い眼差しを注ぐと、ハンター殿下の表情が岩のように固まった。
「エーデルシュタインには、腕の良い宝石の加工技師が多いでしょう? ご領主ならばご存じだろうと、うかがった次第です」
事前に聞いていた台本とはいえ、チャールズが一言一句間違えずに、すらすらとこれを語っているなんて吃驚よ。あっ、そういえば前から「読む」のだけは上手だったわね。
「鉱石を使った記念品といっても数多くありますからね」
領主ジャービスは困り顔で視線を膝に落とす。
「アルフレッド殿下と奥様のお好みを聞いてからになります」
「ご夫婦でしたらお揃いのものが良いでしょう。奥様には耳飾り、殿下にはネクタイ留めなどでわけて、彫り物を同じにするのはいかがですか。置物でも構わないのなら、良い彫り師を頼んで……ただし少々値が張ってしまいますが……」
ヴェロニカは息継ぎの間もないほど、自分勝手に宝石の知識を語り始めた。
――誰かと似ているわね……。あっ、思い出した。メラニー・チーズマン!
もう欠伸が出るほど自慢話が長いところなんて、特に。
――しかもこの人、ずっとハンター殿下を見ているし。
博識な自分をハンター殿下に売り込みたいという本心が丸見えだった。
「ヴェロニカ、そのへんで。おまえは席を外しなさい」
領主ジャービスが厳しい口調で娘を戒めたのは、なんとも意外だった。
「な、なぜですか、お父様」
「言うことを聞きなさい」
「……。分かりました」
ヴェロニカはハンター殿下をじっと見つめて微笑むと「それでは失礼致します」としなやかにお辞儀し、応接間を退室する。
「娘が皆様に不快な思いをさせて、誠に申し訳ございませんでした」
「そんなことは。とてもステキなお嬢様ではないですか」
場を取り持つ為に私はお世辞を口にしたけれど。
「いいえ。何分ご容赦いただきたい。ヴェロニカは本当の娘ではないので……」
「というと? 差し支えなければ教えていただけますか」
アルフレッドが訊ねた。
「はい。別に隠すことでもありませんし。ハンター殿下もご存じでしょう」
ハンター殿下は「はい」と肯いた。
「ヴェロニカは私の姉が生んだ娘です。もう一人、幼い男子がおります。粗相をしてはかないませんから、乳母が別室で面倒を見ております。その子、もしくはヴェロニカが……この家を継ぎます。実子ではありませんが、姉の子ではありますから……」
領主ジャービスはそう言うと、一同の顔色をうかがうような仕草をした。
「すみません。このような話を王族の皆様に語るつもりは……」
「構いません。どうしてお姉様の子どもを、貴方の子どもに?」
チャールズが問うと、領主ジャービスはしばし沈黙した。
「姉は離婚後、二人の子どもを連れて出戻ってきたのでございます。私は持病があるので、生涯結婚するつもりはございません。ですので姉の子どもを養子として、跡取りに致しました」
「そのようなご事情とは、私も存じませんでした。持病をお持ちとは……本日もあまり顔色が優れないようですが、お加減が悪いのでは?」
「ご心配いただき恐縮です、ハンター殿下。体調は万全とは言いがたいですが、至らない私を姉が支えてくれています」
「お姉様を信頼しておいでなのですね」
チャールズが訊ねると、
「ええ……は、はい」
――今。返答に間があった?
これは何かある。出戻った姉と仲が悪いのかしら。
「領主様に、一つお訊ねしたいことがございます」
灰色の静寂に〝彼〟は自然に割って入った。
「申し遅れました。私はチャールズ殿下付きの秘書、ジーニー・ブロンテでございます」
――ついに本題に入るのね。
交渉はチャールズではなく、秘書の彼が執り成すことにしていた。
「領主様には他に、ご兄弟がおられるでしょう?」
領主ジャービスの眉がいぶかしげに歪んだ。
「いいえ、おりませんが……」
「失礼しました。――姉妹、の間違いでしたね」
ジーニーさんの視線が真っ直ぐに領主ジャービスを捉える。
「なぜ……それを……ご存じで?」
ただでさえ優れないジャービスの面持ちがさらに青みを帯びた。
【つづく】
次話の更新は【8月7日(水曜日)】を予定しています。
客人、仮にも王族がいる前で平気と「縛り首」という言葉を口にした彼女の教養と品性を疑った。死に纏わる忌み言葉は社交場では避けるようにと習わなかったのかしら。
「兄上と義姉上が事件に巻き込まれたのは、僕の責任でもあるのです。この旅行を提案して、行き先を工面したのは僕でした」
チャールズにはじめて「義姉上」と呼ばれた。姉のような気持ちと遺書にも書いたし、その気持ちもずっと変わらなかったけれど、いざ「義姉」と呼ばれると、なんだかむずむずする。
「そこでお詫びをしたいと思いまして。旅行の記念になる特別な何かを拵えてはどうかと考えておりましたところ、我々の訪問をお耳に入れたハンター殿下が、ザルフォークまで足を運んでくださったのです」
「ヴェルノーンのご兄弟に、ぜひともお目にかかりたくて」
「モンスーンは北、ヴェルノーンは南ですから、なかなか会う機会がないですしね。ハンター殿下は快く僕の相談に乗ってくださいました。特別な夫婦には特別なものを、と。エーデルシュタインならば、希少な鉱石を使った宝物を求めることができるでしょうからご案内します、と」
「ハンター殿下はなんてお優しいの。素晴らしいですわ」
ヴェロニカ嬢が熱い眼差しを注ぐと、ハンター殿下の表情が岩のように固まった。
「エーデルシュタインには、腕の良い宝石の加工技師が多いでしょう? ご領主ならばご存じだろうと、うかがった次第です」
事前に聞いていた台本とはいえ、チャールズが一言一句間違えずに、すらすらとこれを語っているなんて吃驚よ。あっ、そういえば前から「読む」のだけは上手だったわね。
「鉱石を使った記念品といっても数多くありますからね」
領主ジャービスは困り顔で視線を膝に落とす。
「アルフレッド殿下と奥様のお好みを聞いてからになります」
「ご夫婦でしたらお揃いのものが良いでしょう。奥様には耳飾り、殿下にはネクタイ留めなどでわけて、彫り物を同じにするのはいかがですか。置物でも構わないのなら、良い彫り師を頼んで……ただし少々値が張ってしまいますが……」
ヴェロニカは息継ぎの間もないほど、自分勝手に宝石の知識を語り始めた。
――誰かと似ているわね……。あっ、思い出した。メラニー・チーズマン!
もう欠伸が出るほど自慢話が長いところなんて、特に。
――しかもこの人、ずっとハンター殿下を見ているし。
博識な自分をハンター殿下に売り込みたいという本心が丸見えだった。
「ヴェロニカ、そのへんで。おまえは席を外しなさい」
領主ジャービスが厳しい口調で娘を戒めたのは、なんとも意外だった。
「な、なぜですか、お父様」
「言うことを聞きなさい」
「……。分かりました」
ヴェロニカはハンター殿下をじっと見つめて微笑むと「それでは失礼致します」としなやかにお辞儀し、応接間を退室する。
「娘が皆様に不快な思いをさせて、誠に申し訳ございませんでした」
「そんなことは。とてもステキなお嬢様ではないですか」
場を取り持つ為に私はお世辞を口にしたけれど。
「いいえ。何分ご容赦いただきたい。ヴェロニカは本当の娘ではないので……」
「というと? 差し支えなければ教えていただけますか」
アルフレッドが訊ねた。
「はい。別に隠すことでもありませんし。ハンター殿下もご存じでしょう」
ハンター殿下は「はい」と肯いた。
「ヴェロニカは私の姉が生んだ娘です。もう一人、幼い男子がおります。粗相をしてはかないませんから、乳母が別室で面倒を見ております。その子、もしくはヴェロニカが……この家を継ぎます。実子ではありませんが、姉の子ではありますから……」
領主ジャービスはそう言うと、一同の顔色をうかがうような仕草をした。
「すみません。このような話を王族の皆様に語るつもりは……」
「構いません。どうしてお姉様の子どもを、貴方の子どもに?」
チャールズが問うと、領主ジャービスはしばし沈黙した。
「姉は離婚後、二人の子どもを連れて出戻ってきたのでございます。私は持病があるので、生涯結婚するつもりはございません。ですので姉の子どもを養子として、跡取りに致しました」
「そのようなご事情とは、私も存じませんでした。持病をお持ちとは……本日もあまり顔色が優れないようですが、お加減が悪いのでは?」
「ご心配いただき恐縮です、ハンター殿下。体調は万全とは言いがたいですが、至らない私を姉が支えてくれています」
「お姉様を信頼しておいでなのですね」
チャールズが訊ねると、
「ええ……は、はい」
――今。返答に間があった?
これは何かある。出戻った姉と仲が悪いのかしら。
「領主様に、一つお訊ねしたいことがございます」
灰色の静寂に〝彼〟は自然に割って入った。
「申し遅れました。私はチャールズ殿下付きの秘書、ジーニー・ブロンテでございます」
――ついに本題に入るのね。
交渉はチャールズではなく、秘書の彼が執り成すことにしていた。
「領主様には他に、ご兄弟がおられるでしょう?」
領主ジャービスの眉がいぶかしげに歪んだ。
「いいえ、おりませんが……」
「失礼しました。――姉妹、の間違いでしたね」
ジーニーさんの視線が真っ直ぐに領主ジャービスを捉える。
「なぜ……それを……ご存じで?」
ただでさえ優れないジャービスの面持ちがさらに青みを帯びた。
【つづく】
次話の更新は【8月7日(水曜日)】を予定しています。
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