【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-2 ★ この親子、なんだか変ね
「既にお耳に入っているのなら話は早い。ヴェルノーン王族の皆様が安全を期した形で旅が出来るよう、ハンター殿下が取り計らってくださったのです」
ジーニーさんが、チャールズとハンター殿下の馬車、後続の私たちがいる馬車を手の平でそっと示す。窓から外をうかがえる位置にいた私とアルが会釈すると、エーデルシュタインの警備の者は背筋をピンッとのばした。
「アルフレッド殿下とミミ様は新婚旅行の最中に事件に巻き込まれております。本来の予定ならば、ザルフォークを旅行後は、モンスーンへ足を運ぶご予定だったのです。このエーデルシュタイン領に」
ジーニーさんは優秀だわ。流石、ザックさんの従兄弟ね。
「そ、それはそれは! 噂のご夫妻がこの地にご滞在を望まれていたとは、領主もさぞお喜びになるでしょう」
「至急、領主に取り次いでいただけますか。予定が押していて、事前に連絡がない形の来訪となり申し訳無い。皆様はご領主への面会を望まれております」
「か、かしこまりました! すぐに門を開けますので、城内でお待ちを。さあ、どうぞ」
門が軋みながら開き、馬車に乗ったまま塀の中へと入る。城の玄関の前で、馬車が停まった。ハンター殿下、チャールズ、侍女に扮したマーガレット王女様、ハンター殿下付きの護衛、私とアル、秘書のジーニーさん、ダーシーの順で入城する。
「こちらでお待ちください」
私たちは南向きの光あふれる応接間へ通された。城の女中が紅茶やお菓子を運んでくる。それらに手を付ける間もなく、再び扉が鳴らされ、女中が顔を出した。
「お待たせ致しました。領主がお見えです」
――いよいよ、悪の親玉とご対面ってわけね。
使用人が応接間の扉を開ける。黒い背広を纏った、痩せ身の中年男性だ。私たちが席を立つと、彼は「どうぞそのままで」と着席を促した。
「本日は……お目にかかれて誠に嬉しく存じます。ジャービス・エーデルシュタインです。一族を代表し……皆様のご来訪を……心より歓迎致します」
彼は胸に手を添え一礼すると、傾いた眼鏡をそっとかけ直す。表情が乏しく、王族を前にして笑みの一つも浮かべない。彼をまとう雰囲気は陰鬱で、歓迎の色は皆無である。だが邪険にしているわけでも、突然の来訪に苛立っている様子でもない。
――こ……これほど覇気の無い領主は見たことがないわ。
悪の親玉と聞いていたから「ようこそ」と笑顔で歓待しながら、お世辞をあるだけ並べて取り入ってくると思ったのに肩透かしだわ。
――な、なんなのこの暗いおじさんは。死神でも取り憑いているの?
「お、遅れて申し訳ございません!」
エーデルシュタイン伯の背後から、息を切らして現れたのは。
――派手な女、来た――!!
真っ赤な夜会用のドレスを召し、長い髪を頭の左右でお団子にまとめている。年は十代後半かしら。彼女が応接間に入った途端、刺激的な香水が漂ってきた。ダーシーも顔をしかめるほどの強烈な香りだ。
「私の……む、娘でございます」
――娘? 親子で印象が随分違うものね。
父親は娘から視線を逸らした。なにかしらこの違和感は。アラベラさんとロビンさんも印象が百八十度違う親子だったけど……。
「ヴェロニカ・エーデルシュタインでございます。ハンター殿下、ご無沙汰しております。ヴェルノーン王室の皆々様、お初にお目にかかります。どうぞお見知りおきを」
彼女は腰を落として、品のあるお辞儀をした。作法は整っているけれど、癖の強い女性なのではないかしら。
エーデルシュタイン伯ジャービスとヴェロニカ嬢は、チャールズ、ハンター殿下、アルフレッド、私と順に握手を交わすと、深々と頭を下げて向かいの席に腰掛けた。
――あっ。当主の眼鏡がずり落ちそう。
エーデルシュタイン伯は傾いた眼鏡をかけ直そうともしない。するとヴェロニカ嬢が、
「お父様。眼鏡が傾いていますわ」
手をのばして、彼の眼鏡に触れようとしたが、
「ああ、本当だね」
彼は娘の手をそっと押しやると、自分でかけなおした。
――この親子、なんだか変ね。
女性の勘かしら。今のやりとりに違和感があった。あまり娘を好いていないような……。
「ヴェルノーン王室の方々がザルフォークにみえていることは新聞でうかがっておりました。アルフレッド殿下と奥様は大変な目に遭われたそうで……お怪我などは?」
領主ジャービスは弱々しい声色で訊ねた。
「ご心配ありがとうございます。妻も私もこの通り、無事でございます」
アルフレッドが私の肩をそっと引き寄せた。
「新婚旅行の最中に山賊に襲われたのでしょう?」
ヴェロニカ嬢が訊ねたので、私とアルは肯いた。
「その山賊たちは当然、縛り首ですわね」
客人、仮にも王族がいる前で平気と「縛り首」という言葉を口にした彼女の教養と品性を疑った。死に纏わる忌み言葉は社交場では避けるように習わなかったのかしら。
【つづく】
次話の更新は【8月2日(金) 18:30】を予定しています。
ジーニーさんが、チャールズとハンター殿下の馬車、後続の私たちがいる馬車を手の平でそっと示す。窓から外をうかがえる位置にいた私とアルが会釈すると、エーデルシュタインの警備の者は背筋をピンッとのばした。
「アルフレッド殿下とミミ様は新婚旅行の最中に事件に巻き込まれております。本来の予定ならば、ザルフォークを旅行後は、モンスーンへ足を運ぶご予定だったのです。このエーデルシュタイン領に」
ジーニーさんは優秀だわ。流石、ザックさんの従兄弟ね。
「そ、それはそれは! 噂のご夫妻がこの地にご滞在を望まれていたとは、領主もさぞお喜びになるでしょう」
「至急、領主に取り次いでいただけますか。予定が押していて、事前に連絡がない形の来訪となり申し訳無い。皆様はご領主への面会を望まれております」
「か、かしこまりました! すぐに門を開けますので、城内でお待ちを。さあ、どうぞ」
門が軋みながら開き、馬車に乗ったまま塀の中へと入る。城の玄関の前で、馬車が停まった。ハンター殿下、チャールズ、侍女に扮したマーガレット王女様、ハンター殿下付きの護衛、私とアル、秘書のジーニーさん、ダーシーの順で入城する。
「こちらでお待ちください」
私たちは南向きの光あふれる応接間へ通された。城の女中が紅茶やお菓子を運んでくる。それらに手を付ける間もなく、再び扉が鳴らされ、女中が顔を出した。
「お待たせ致しました。領主がお見えです」
――いよいよ、悪の親玉とご対面ってわけね。
使用人が応接間の扉を開ける。黒い背広を纏った、痩せ身の中年男性だ。私たちが席を立つと、彼は「どうぞそのままで」と着席を促した。
「本日は……お目にかかれて誠に嬉しく存じます。ジャービス・エーデルシュタインです。一族を代表し……皆様のご来訪を……心より歓迎致します」
彼は胸に手を添え一礼すると、傾いた眼鏡をそっとかけ直す。表情が乏しく、王族を前にして笑みの一つも浮かべない。彼をまとう雰囲気は陰鬱で、歓迎の色は皆無である。だが邪険にしているわけでも、突然の来訪に苛立っている様子でもない。
――こ……これほど覇気の無い領主は見たことがないわ。
悪の親玉と聞いていたから「ようこそ」と笑顔で歓待しながら、お世辞をあるだけ並べて取り入ってくると思ったのに肩透かしだわ。
――な、なんなのこの暗いおじさんは。死神でも取り憑いているの?
「お、遅れて申し訳ございません!」
エーデルシュタイン伯の背後から、息を切らして現れたのは。
――派手な女、来た――!!
真っ赤な夜会用のドレスを召し、長い髪を頭の左右でお団子にまとめている。年は十代後半かしら。彼女が応接間に入った途端、刺激的な香水が漂ってきた。ダーシーも顔をしかめるほどの強烈な香りだ。
「私の……む、娘でございます」
――娘? 親子で印象が随分違うものね。
父親は娘から視線を逸らした。なにかしらこの違和感は。アラベラさんとロビンさんも印象が百八十度違う親子だったけど……。
「ヴェロニカ・エーデルシュタインでございます。ハンター殿下、ご無沙汰しております。ヴェルノーン王室の皆々様、お初にお目にかかります。どうぞお見知りおきを」
彼女は腰を落として、品のあるお辞儀をした。作法は整っているけれど、癖の強い女性なのではないかしら。
エーデルシュタイン伯ジャービスとヴェロニカ嬢は、チャールズ、ハンター殿下、アルフレッド、私と順に握手を交わすと、深々と頭を下げて向かいの席に腰掛けた。
――あっ。当主の眼鏡がずり落ちそう。
エーデルシュタイン伯は傾いた眼鏡をかけ直そうともしない。するとヴェロニカ嬢が、
「お父様。眼鏡が傾いていますわ」
手をのばして、彼の眼鏡に触れようとしたが、
「ああ、本当だね」
彼は娘の手をそっと押しやると、自分でかけなおした。
――この親子、なんだか変ね。
女性の勘かしら。今のやりとりに違和感があった。あまり娘を好いていないような……。
「ヴェルノーン王室の方々がザルフォークにみえていることは新聞でうかがっておりました。アルフレッド殿下と奥様は大変な目に遭われたそうで……お怪我などは?」
領主ジャービスは弱々しい声色で訊ねた。
「ご心配ありがとうございます。妻も私もこの通り、無事でございます」
アルフレッドが私の肩をそっと引き寄せた。
「新婚旅行の最中に山賊に襲われたのでしょう?」
ヴェロニカ嬢が訊ねたので、私とアルは肯いた。
「その山賊たちは当然、縛り首ですわね」
客人、仮にも王族がいる前で平気と「縛り首」という言葉を口にした彼女の教養と品性を疑った。死に纏わる忌み言葉は社交場では避けるように習わなかったのかしら。
【つづく】
次話の更新は【8月2日(金) 18:30】を予定しています。
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