【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-1 ★ 御嬢様というよりは御姫様
この章の語り手は【ミミ】です。
夫である司祭アルフレッド・リンドバーグには、エーデルシュタイン鉱山王の血が流れているという。
一昔前なら「鉱山王」という言葉は富と名声の象徴であった。鉱毒をはじめ事故など、負の側面が報道されるようになってからは、羨望とは異なる印象が付加されている。いつぞやナンシーが「呪われた一族」と語り、エーデルシュタインの名を伏せた理由だ。
「俺の血が、ここまで厄介だとは思わなかった」
当のアルフレッド本人でさえそうぼやくくらいだ。更に、彼はヴェルノーン国王陛下の血を引く婚外子。血縁でこれだけ悩まされる男性もそうそういまい。馬車の中で憂鬱そうに俯く彼の手に、私はそっと触れた。
「お義母様の冤罪を解くのでしょう、アルフレッド」
「そうだね。チャールズと陛下に迷惑をかけるわけにはいかない」
アルフレッドの母君の名は、キャロル・エーデルシュタイン。鉱山王の正妻の娘であり長女だった。本来なら彼女が家督を継ぐはずだったようだが、実父が目をかけていたのは妾の産んだ腹違いの姉弟だったという。
キャロルと妹のナンシーは、腹違いの姉弟に毒を盛ったと濡れ衣を着せられ、エーデルシュタインを名乗ることも許されず、「エーデル」つまりは高貴さを奪われた「シュタイン姓」で追放となったという。
――このままではアルフレッドが、罪人の子として後ろ指をさされてしまう。
アルがヴェルノーン王族の子として知られた以上は、母親にまつわる影を早急に取り払わなくてはならない。でないとキャロルを愛したギョーム陛下、弟であるチャールズにも影響が及ぶのだ。
――私にできることはないの、ミミ?
先程から自分に問いかけているけれど、答えは見つからない。今日の私は夫の同伴者に過ぎないからだ。表向きは「リンドバーグ夫婦とチャールズ殿下が、エーデルシュタイン領の観光をしたいと言ったので、ハンター殿下が水先案内を買って出た」という名目だ。
――王族を歓待するのは王族。〝訪問の理由〟として怪しまれることはないでしょう。
マーガレット王女様は「チャールズ付きの侍女」として変装している。自分を散々な目に遭わせたエーデルシュタインの当主をこの目に焼き付けたいのだそうだ。
――王女様はともかくとして、ちょっと危険な同行者がいるのよね。
先頭のハンター殿下、チャールズ、侍女に扮したマーガレット王女様の馬車。
後続の、私とアルをのせた馬車。
そして最後尾の、三台目。不安要素というのは、ジーニーさんが見張ってくれている……あの女だ。
――ダーシー。いえ偽名は……マリンダ。二枚舌の悪魔が私の背後にいるというだけで、謎の悪寒が……。
憎まれっ子世に憚るとはまさにこのことか。
――男の趣味は悪かったけれど、宝石だけは見る目のある彼女が、私たちを助けることになるとはね。
彼女には宝石の善し悪しを判別させる為に同行させた。エーデルシュタインは鉱山で潤った領地と聞く。街はそれは賑わっているのだろうと思いきや。
「案外……殺風景ね」
エーデルシュタイン領の中心街は小売店が軒を連ね、市場も開かれているようだが、活気があるという風ではない。人々の面持ちも晴れやかではなかった。
「鉱山で栄えている領地でしょう? 宝石商の店はあちこちにあるけど」
「宝石以外、必要最低限のものしか無い場所なんだよ、ミミ」
「綺麗なものは、籠いっぱいあるのに? 領主に財力があることと、市民の豊かさは別物なのね」
――ナンシーと、亡き義母キャロルは、この土地を離れる時に何を思ったのだろう。
そういえばナンシーがいつぞやこんなことを零していた。
〝王宮の女中として仕えている時は、姉妹で本当に楽しいひとときを過ごすことができたのですから。実家にいた時よりも、ずっと〟
きっとキャロルさんが亡くなった時は、片腕を失ったように、私には推し量れない絶望に伏したのでしょう。
――気苦労を重ねてきたナンシーの為に、重荷となっている無実の罪科を取り払わなければ。
馬車は丘の上へと向かっていた。尖塔のそびえる、雪のように白い城が見えてきた。どうやらあそこがナンシーの実家である、エーデルシュタイン城のようだ。
――良家の御嬢様というよりは……まるで御姫様じゃないの、ナンシー。
ヴェルノーンの王城の大きさには劣るけど、私のキャベンディッシュ邸の二倍はある。小国の王城と聞いても疑わないたたずまいだ。城は豊かさの象徴という。ここに来る前、ハンター殿下が「エーデルシュタイン辺境伯は財を蓄え過ぎている」と語った理由が分かった。
馬車が城門の前で停まると、警備の者が慌ただしく出てきた。後方の馬車から、秘書のジーニーさんが出て来て、ハンター殿下の騎馬隊長と共に、ここに来た〝表向きの経緯〟を説明する。
「ハンター殿下のご視察、でございますか!」
警備の者は、素っ頓狂な声を上げて、ただただ驚嘆している。
「チャールズ殿下とリンドバーグご夫妻が、ザルフォークにご滞在のことはご存じですか」
秘書のジーニーさんが警備に訊ねた。
「は、はい。新聞で読みました。リンドバーグご夫妻が、ザルフォークで大変な目に遭われたとかで……」
「既にお耳に入っているのなら話は早い。ヴェルノーン王族の皆様が安全を期した形で旅が出来るよう、ハンター殿下が取り計らってくださったのです」
ジーニーさんが、チャールズとハンター殿下の馬車、後続の私たちがいる馬車を手の平でそっと示す。窓から外をうかがえる位置にいた私とアルが会釈すると、警備の者は背筋をピンッとのばした。
【つづく】
次話は【7月29日(月曜日)】に更新します。
夫である司祭アルフレッド・リンドバーグには、エーデルシュタイン鉱山王の血が流れているという。
一昔前なら「鉱山王」という言葉は富と名声の象徴であった。鉱毒をはじめ事故など、負の側面が報道されるようになってからは、羨望とは異なる印象が付加されている。いつぞやナンシーが「呪われた一族」と語り、エーデルシュタインの名を伏せた理由だ。
「俺の血が、ここまで厄介だとは思わなかった」
当のアルフレッド本人でさえそうぼやくくらいだ。更に、彼はヴェルノーン国王陛下の血を引く婚外子。血縁でこれだけ悩まされる男性もそうそういまい。馬車の中で憂鬱そうに俯く彼の手に、私はそっと触れた。
「お義母様の冤罪を解くのでしょう、アルフレッド」
「そうだね。チャールズと陛下に迷惑をかけるわけにはいかない」
アルフレッドの母君の名は、キャロル・エーデルシュタイン。鉱山王の正妻の娘であり長女だった。本来なら彼女が家督を継ぐはずだったようだが、実父が目をかけていたのは妾の産んだ腹違いの姉弟だったという。
キャロルと妹のナンシーは、腹違いの姉弟に毒を盛ったと濡れ衣を着せられ、エーデルシュタインを名乗ることも許されず、「エーデル」つまりは高貴さを奪われた「シュタイン姓」で追放となったという。
――このままではアルフレッドが、罪人の子として後ろ指をさされてしまう。
アルがヴェルノーン王族の子として知られた以上は、母親にまつわる影を早急に取り払わなくてはならない。でないとキャロルを愛したギョーム陛下、弟であるチャールズにも影響が及ぶのだ。
――私にできることはないの、ミミ?
先程から自分に問いかけているけれど、答えは見つからない。今日の私は夫の同伴者に過ぎないからだ。表向きは「リンドバーグ夫婦とチャールズ殿下が、エーデルシュタイン領の観光をしたいと言ったので、ハンター殿下が水先案内を買って出た」という名目だ。
――王族を歓待するのは王族。〝訪問の理由〟として怪しまれることはないでしょう。
マーガレット王女様は「チャールズ付きの侍女」として変装している。自分を散々な目に遭わせたエーデルシュタインの当主をこの目に焼き付けたいのだそうだ。
――王女様はともかくとして、ちょっと危険な同行者がいるのよね。
先頭のハンター殿下、チャールズ、侍女に扮したマーガレット王女様の馬車。
後続の、私とアルをのせた馬車。
そして最後尾の、三台目。不安要素というのは、ジーニーさんが見張ってくれている……あの女だ。
――ダーシー。いえ偽名は……マリンダ。二枚舌の悪魔が私の背後にいるというだけで、謎の悪寒が……。
憎まれっ子世に憚るとはまさにこのことか。
――男の趣味は悪かったけれど、宝石だけは見る目のある彼女が、私たちを助けることになるとはね。
彼女には宝石の善し悪しを判別させる為に同行させた。エーデルシュタインは鉱山で潤った領地と聞く。街はそれは賑わっているのだろうと思いきや。
「案外……殺風景ね」
エーデルシュタイン領の中心街は小売店が軒を連ね、市場も開かれているようだが、活気があるという風ではない。人々の面持ちも晴れやかではなかった。
「鉱山で栄えている領地でしょう? 宝石商の店はあちこちにあるけど」
「宝石以外、必要最低限のものしか無い場所なんだよ、ミミ」
「綺麗なものは、籠いっぱいあるのに? 領主に財力があることと、市民の豊かさは別物なのね」
――ナンシーと、亡き義母キャロルは、この土地を離れる時に何を思ったのだろう。
そういえばナンシーがいつぞやこんなことを零していた。
〝王宮の女中として仕えている時は、姉妹で本当に楽しいひとときを過ごすことができたのですから。実家にいた時よりも、ずっと〟
きっとキャロルさんが亡くなった時は、片腕を失ったように、私には推し量れない絶望に伏したのでしょう。
――気苦労を重ねてきたナンシーの為に、重荷となっている無実の罪科を取り払わなければ。
馬車は丘の上へと向かっていた。尖塔のそびえる、雪のように白い城が見えてきた。どうやらあそこがナンシーの実家である、エーデルシュタイン城のようだ。
――良家の御嬢様というよりは……まるで御姫様じゃないの、ナンシー。
ヴェルノーンの王城の大きさには劣るけど、私のキャベンディッシュ邸の二倍はある。小国の王城と聞いても疑わないたたずまいだ。城は豊かさの象徴という。ここに来る前、ハンター殿下が「エーデルシュタイン辺境伯は財を蓄え過ぎている」と語った理由が分かった。
馬車が城門の前で停まると、警備の者が慌ただしく出てきた。後方の馬車から、秘書のジーニーさんが出て来て、ハンター殿下の騎馬隊長と共に、ここに来た〝表向きの経緯〟を説明する。
「ハンター殿下のご視察、でございますか!」
警備の者は、素っ頓狂な声を上げて、ただただ驚嘆している。
「チャールズ殿下とリンドバーグご夫妻が、ザルフォークにご滞在のことはご存じですか」
秘書のジーニーさんが警備に訊ねた。
「は、はい。新聞で読みました。リンドバーグご夫妻が、ザルフォークで大変な目に遭われたとかで……」
「既にお耳に入っているのなら話は早い。ヴェルノーン王族の皆様が安全を期した形で旅が出来るよう、ハンター殿下が取り計らってくださったのです」
ジーニーさんが、チャールズとハンター殿下の馬車、後続の私たちがいる馬車を手の平でそっと示す。窓から外をうかがえる位置にいた私とアルが会釈すると、警備の者は背筋をピンッとのばした。
【つづく】
次話は【7月29日(月曜日)】に更新します。
コメント
旭山リサ
清水レモン様 描写にフォーカスを当ててくださりありがとうございます。視覚的に情景がパッと思い浮かぶように、簡潔で読みやすい文章に整えました。三回もお読みいただけていたなんて! 感激です。ありがとうございます。
超シネマティックとの嬉しいお言葉に心震えております。作家さんによって情景イメージの思い浮かび方は「文字のみ」「マンガ」「アニメ」など様々だそうです。私は「アニメ」で情景が浮かびます。馬車のガタゴト音やヒヒーンという馬の嘶きも聞こえてくる感じです。こうなると「音楽」も付けたくなります。書くときには作業用BGMが欠かせません。
清水さんも創作の際に音楽を流したりしますか? ぜひ教えてください。
清水レモン
「窓から外をうかがえる位置にいた私とアルが」←
この一文に込められた描写がですね、その情景をこの一文で表現したセンスがですね、読めば読むほど洗練されていることがわかって絶妙すぎて。三度目に読んだとき、のげぞりそうになりました。っていうか、『あれ?』と振り返って読み直してそのすごさに気づいたのです!超シネマティック!!