【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-8 ★ 貴女が僕に求めた盾と剣
明朝に、私たちは馬車で大使館を出発しました。
前の馬車に、私、ハンター殿下、チャールズ殿下の三人。
後方、オスカルくんの引く馬車に、アルフレッド司祭とミミ様が二人で乗っています。
さらに後続の馬車には、ジーニー秘書と、ヴェルノーン王室の宝石鑑定士が乗っていました。当初はこの鑑定士が一人で馬車に乗る予定でしたが、なぜかジーニー秘書が「彼女を一人にするのは危険だ」と険しい顔で言ったのです。
――また山賊に襲われる恐れがあるのでしょうか。
三台の馬車の周囲にはハンター殿下の護衛が騎馬でつくので警備は万全のはず。
――なぜジーニー秘書は、あの鑑定士をやたらと気にするのかしら?
まるでお目付役のような気もしましたが、一体彼女は何者なのでしょう。
――私も後方の馬車に乗ることはできなかったのでしょうか。できれば、ミミ様と同じ馬車が良かったです。
一応はチャールズ殿下の侍女を装って同行している身なので、致し方ありません。このカツラと眼鏡にも慣れなければ。私には、ヴェルノーン大使による極秘の計らいで【デイジー・リンデマン】の名で旅券が発行されました。ただしこの訪問を終えたら、この旅券は大使に返却する約束をしています。
――チャールズ殿下、後続の馬車をちらちらご覧になっていますね。
チャールズ殿下とオスカルくんは大の仲良しだそうです。オスカルくんの馬車に乗りたそうにしていましたが、ミミ様が「貴方は王位継承者なのだから、ハンター殿下と同乗した方が良いわ」と提案した為、侍女役の私と共に最前列となりました。
――パムさんがいたら、気が紛れたのに。
彼女は下着愛好家ですが、私にとっては良いお友達です。けれどもシモン・コスネキンが、私にまつわる事件の関係者をさらに詳しく調べる為エデンへ旅発つことになるや否や、それを目敏く察知して、こっそり彼についていくことにしたようです。
私がなぜ知っているのかというと、部屋の扉下に「パムさんの置き手紙」が挟まっていたからでした。彼と彼女は今どこにいるのだろうと考えているうち、ザルフォークの首都はあっという間に後方に遠ざかり、険しい山々の峰が視界に広がりました。
――あそこが国境かしら?
国境の検問所には、強健な兵士が佇んでいました。「ハンター殿下がヴェルノーン客人一行を連れてきた旨」を護衛の騎馬隊長が説明すると、案の定、楽々と国境を突破できました。
道中、ハンター殿下とチャールズ殿下は国の内情や防衛について議論されています。私は適度に相槌を打ちながら、変わりゆく窓の景色を眺めていました。
どれほどの時間が経ったことでしょう。眠気を催していた私は、天頂に達した昼の光で目を覚ましました。どうやらそろそろ目的地に着くようです。
「エーデルシュタインの領地では常に気を抜かないように。マーガレットのことは僕が守りますからね」
――あれだけ世間から叩かれても、なぜ私に優しいのでしょうか。
私の舌禍で彼は散々な目に遭ったというのに。こんなに人を恨まない王子様が存在することに驚きを隠せません。
「あの、お二人のなれそめを聞いても構いませんか」
チャールズ殿下がにこやかに訊ねました。恋愛の与太話(よたばなし)を突然振られて、私の心は大騒ぎです。
「親のすすめで、貴方にぴったりな御姫様がいると紹介された時に……その、一目惚れで」
――えっ、嘘。一目惚れ?
「たくさん話してみたかったのですが、彼女の趣味は読書で、僕は狩猟と乗馬。肉体の鍛錬や、剣の稽古に励んでばかりの僕には……彼女の読んでいる難しい本は理解できず、共通の話題もなくて」
「狩りや鍛錬に打ち込むきっかけがあったのですか」
チャールズ殿下が訊ねました。
ハンター殿下は長い沈黙のあと、私の目をじっと見つめました。
「僕の守りたい御姫様は、この国に来たらきっと好ましくない目に遭う。政略結婚ですから。とても小さくて儚い存在に見えました。彼女を守る男になりたい。頼りがいがあると思われたくて、我武者羅に努めました」
口下手な王子が精一杯の言葉を紡いだことは、茹だった赤い顔を見れば分かります。こんな言葉をかけられたら、ほとんどの御姫様は胸がときめくのでしょう。
――私は可愛げのない女です。
私の心臓は、とても静かでした。今ようやく彼との間に存在する大きな溝に気付いたのです。
「私も貴方も、お互いを知らなすぎました」
「そう思います。御姫様は僕の想像以上に凜々しく勇敢です。貴女が僕に求めた盾と剣は、学識と教養であったと、今……痛感しています」
「私は筆を剣にして、貴方の心を傷付けました」
私は彼へ深く頭を下げました。
「殿下に心から深く謝罪致します。私は貴方を傷付け、道化の策略に嵌められた愚者です」
「そんなことはありません!」
ハンター殿下は向かいの席から、私の隣に移動しました。
「正直で負けん気が強い、素顔の貴女を知ることができて僕は嬉しかった。貴女との距離が近付いた気がします」
彼は初めから、私を王女としてではなく、マーガレットとして理解しようと努めてくれていたのです。それが嬉しくて、目頭が熱くなりました。
「お二人が仲直りされて、本当に良かった」
チャールズ殿下が向かいの席で微笑んでいました。
ミミさんが彼を許したと新聞で読んだ時には驚きましたが……。
――これがチャールズ殿下の素顔なのですね。
今まで私が目を通した報道には偏りがあったようです。盾の表面だけを見ても本質を理解したとは言えません。
「エーデルシュタインの居城が見えてきた」
ハンター殿下が窓の外へ視線を遣ります。小高い丘の上に、白亜の城がそびえていました。
「思っていたよりもずっと小さいのですね。もっと大きい城かと」
チャールズ殿下の言葉に、私とハンター殿下は顔を見合わせました。エデンとモンスーンの王宮も広いですが、ヴェルノーンの巨大城郭にはとても敵いません。
――小さい敵ですわ。
チャールズ殿下の言葉は、私を奮い立たせました。恐るるに足らず。敵の顔をとくと拝んで、引導を授けてやろうではありませんか。
【 第9章:ミミ編 につづく】
【第8章:マーガレット編】をお読みいただき誠にありがとうございます。
次話の更新は7月25日(木曜日)を予定しています。
前の馬車に、私、ハンター殿下、チャールズ殿下の三人。
後方、オスカルくんの引く馬車に、アルフレッド司祭とミミ様が二人で乗っています。
さらに後続の馬車には、ジーニー秘書と、ヴェルノーン王室の宝石鑑定士が乗っていました。当初はこの鑑定士が一人で馬車に乗る予定でしたが、なぜかジーニー秘書が「彼女を一人にするのは危険だ」と険しい顔で言ったのです。
――また山賊に襲われる恐れがあるのでしょうか。
三台の馬車の周囲にはハンター殿下の護衛が騎馬でつくので警備は万全のはず。
――なぜジーニー秘書は、あの鑑定士をやたらと気にするのかしら?
まるでお目付役のような気もしましたが、一体彼女は何者なのでしょう。
――私も後方の馬車に乗ることはできなかったのでしょうか。できれば、ミミ様と同じ馬車が良かったです。
一応はチャールズ殿下の侍女を装って同行している身なので、致し方ありません。このカツラと眼鏡にも慣れなければ。私には、ヴェルノーン大使による極秘の計らいで【デイジー・リンデマン】の名で旅券が発行されました。ただしこの訪問を終えたら、この旅券は大使に返却する約束をしています。
――チャールズ殿下、後続の馬車をちらちらご覧になっていますね。
チャールズ殿下とオスカルくんは大の仲良しだそうです。オスカルくんの馬車に乗りたそうにしていましたが、ミミ様が「貴方は王位継承者なのだから、ハンター殿下と同乗した方が良いわ」と提案した為、侍女役の私と共に最前列となりました。
――パムさんがいたら、気が紛れたのに。
彼女は下着愛好家ですが、私にとっては良いお友達です。けれどもシモン・コスネキンが、私にまつわる事件の関係者をさらに詳しく調べる為エデンへ旅発つことになるや否や、それを目敏く察知して、こっそり彼についていくことにしたようです。
私がなぜ知っているのかというと、部屋の扉下に「パムさんの置き手紙」が挟まっていたからでした。彼と彼女は今どこにいるのだろうと考えているうち、ザルフォークの首都はあっという間に後方に遠ざかり、険しい山々の峰が視界に広がりました。
――あそこが国境かしら?
国境の検問所には、強健な兵士が佇んでいました。「ハンター殿下がヴェルノーン客人一行を連れてきた旨」を護衛の騎馬隊長が説明すると、案の定、楽々と国境を突破できました。
道中、ハンター殿下とチャールズ殿下は国の内情や防衛について議論されています。私は適度に相槌を打ちながら、変わりゆく窓の景色を眺めていました。
どれほどの時間が経ったことでしょう。眠気を催していた私は、天頂に達した昼の光で目を覚ましました。どうやらそろそろ目的地に着くようです。
「エーデルシュタインの領地では常に気を抜かないように。マーガレットのことは僕が守りますからね」
――あれだけ世間から叩かれても、なぜ私に優しいのでしょうか。
私の舌禍で彼は散々な目に遭ったというのに。こんなに人を恨まない王子様が存在することに驚きを隠せません。
「あの、お二人のなれそめを聞いても構いませんか」
チャールズ殿下がにこやかに訊ねました。恋愛の与太話(よたばなし)を突然振られて、私の心は大騒ぎです。
「親のすすめで、貴方にぴったりな御姫様がいると紹介された時に……その、一目惚れで」
――えっ、嘘。一目惚れ?
「たくさん話してみたかったのですが、彼女の趣味は読書で、僕は狩猟と乗馬。肉体の鍛錬や、剣の稽古に励んでばかりの僕には……彼女の読んでいる難しい本は理解できず、共通の話題もなくて」
「狩りや鍛錬に打ち込むきっかけがあったのですか」
チャールズ殿下が訊ねました。
ハンター殿下は長い沈黙のあと、私の目をじっと見つめました。
「僕の守りたい御姫様は、この国に来たらきっと好ましくない目に遭う。政略結婚ですから。とても小さくて儚い存在に見えました。彼女を守る男になりたい。頼りがいがあると思われたくて、我武者羅に努めました」
口下手な王子が精一杯の言葉を紡いだことは、茹だった赤い顔を見れば分かります。こんな言葉をかけられたら、ほとんどの御姫様は胸がときめくのでしょう。
――私は可愛げのない女です。
私の心臓は、とても静かでした。今ようやく彼との間に存在する大きな溝に気付いたのです。
「私も貴方も、お互いを知らなすぎました」
「そう思います。御姫様は僕の想像以上に凜々しく勇敢です。貴女が僕に求めた盾と剣は、学識と教養であったと、今……痛感しています」
「私は筆を剣にして、貴方の心を傷付けました」
私は彼へ深く頭を下げました。
「殿下に心から深く謝罪致します。私は貴方を傷付け、道化の策略に嵌められた愚者です」
「そんなことはありません!」
ハンター殿下は向かいの席から、私の隣に移動しました。
「正直で負けん気が強い、素顔の貴女を知ることができて僕は嬉しかった。貴女との距離が近付いた気がします」
彼は初めから、私を王女としてではなく、マーガレットとして理解しようと努めてくれていたのです。それが嬉しくて、目頭が熱くなりました。
「お二人が仲直りされて、本当に良かった」
チャールズ殿下が向かいの席で微笑んでいました。
ミミさんが彼を許したと新聞で読んだ時には驚きましたが……。
――これがチャールズ殿下の素顔なのですね。
今まで私が目を通した報道には偏りがあったようです。盾の表面だけを見ても本質を理解したとは言えません。
「エーデルシュタインの居城が見えてきた」
ハンター殿下が窓の外へ視線を遣ります。小高い丘の上に、白亜の城がそびえていました。
「思っていたよりもずっと小さいのですね。もっと大きい城かと」
チャールズ殿下の言葉に、私とハンター殿下は顔を見合わせました。エデンとモンスーンの王宮も広いですが、ヴェルノーンの巨大城郭にはとても敵いません。
――小さい敵ですわ。
チャールズ殿下の言葉は、私を奮い立たせました。恐るるに足らず。敵の顔をとくと拝んで、引導を授けてやろうではありませんか。
【 第9章:ミミ編 につづく】
【第8章:マーガレット編】をお読みいただき誠にありがとうございます。
次話の更新は7月25日(木曜日)を予定しています。
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コメント
旭山リサ
マーガレットが「オスカルくん」と親しみをもって呼んでいることに気付いていただき嬉しい! さらにそこに「萌え」を感じてくださり、誠に誠にありがとうございます!
清水レモン
「オスカルくん」←萌え!