【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

8-7 ★ 行動あるのみ

「モンスーン王室は、エーデルシュタイン一族を牽制けんせいなさりたいのね」

 そっと言葉をはさんだのは、ミミさんでした。

「はい、そうです。あの一族はざいたくわえ過ぎています」

 ハンター殿下が答えると、ミミさんは「なるほど」とうなずいて、チャールズ殿下を見た。

「チャールズ、ジーニーさん、ちょっと話したいことがあるの。アルフレッドも来て」

 四人は一旦別室へと下がりました。私、ハンター殿下、カナン巡査、パムさん、ケビン大使の間に沈黙の時が訪れます。

 ――な、なんて微妙な空気感。息が詰まりそうですわ。

 カナン巡査が「今日は晴れて良かったですねぇ」と会話に困った時の常套句じょうとうくを口にしました。心の中はどんより曇り空、ところにより雷雨ですわ。

 鬱々うつうつした気持ちで四人の帰りを待っていると、案外早く彼らは戻って参りました。一体いったいなにを話されていたのでしょう。

「ヴェルノーン王室は、エーデルシュタインの権力を抑制よくせいできる情報を、モンスーン王室に提供することが可能です」

 ジーニー秘書の第一声に、私の心臓はびっくりはね上がりました。

「それは……本当ですか」

 むきむき王子の表情からうつの雲がたちまはらわれます。

「それを知れば、モンスーン王室はエーデルシュタイン一族から爵位しゃくい剥奪はくだつすることも可能でしょう。しかしこちらにいらっしゃる、アルフレッド殿下は、エーデルシュタイン一族の血を引く者なのです」

 そうでした、失念しつねんしていました。エーデルシュタインを取りつぶしにしては、アルフレッド殿下の出自しゅつじが明かされた時に面倒めんどうなことになりますね。

「あの一族が取りつぶしとなれば、我が王家の血筋にも傷がついてしまう」

 チャールズ殿下は、ハンター殿下の目を見てうたえました。

「アルフレッド兄上の母君ははぎみは、亡きエーデルシュタインはく正妻せいさいの子ですが、実父じっぷ愛妾あいしょうから冤罪えんざいを着せられ、妹ともども勘当されています」

「そうだったのですか! それは知りませんでした」

 ――なぜ私が知っていて、このむきむき王子が知らないのでしょうか。

 筋肉をきたえるより、貴族の婚姻関係こんいんかんけいについて少しは情報を把握はあくしなさいと小言を申したいです。まぁ、私たちの親の世代のことですから、仕方ないかもしれませんが。

「モンスーン王室の方からも、かつて姉妹にかけられた嫌疑けんぎいていただくよう働きかけていただきたい。そしてビアンカ・シュタインにかけている報奨金ほうしょうきんを打ち切らせるのです」

 チャールズ殿下はこうも続けた。

「その圧力をかける為には、エーデルシュタイン一族の弱みをハンター殿下にも知っていただかなければならない」

「あの一族の後ろ暗いうわさならたんと聞きましたが、どれもこれも証拠がない。弱点があったことが驚きです。教えてください」

「私からご説明致しましょう」

 チャールズ殿下に代わり、ジーニー秘書が説明を始めた。


 一に、エーデルシュタイン鉱山の質が落ちていること。

 二に、価値の低い鉱石を、これまでと同じ相場で取引していること。ちまたの宝石商たちは、自分のもうけを優先して目をつむっているが、詳しく鑑定すれば価値の違いは明白であること。

 三に、質の悪い宝飾品を王家に献上けんじょうした恐れがあること。

「非公開の書簡しょかんにて、取引の不正と、不敬の証拠を記すのです。一族の取り潰しの回避策かいひさくとして、姉妹にかけられた嫌疑けんぎ撤回てっかいし、ビアンカ・シュタインにかけた報奨金ほうしょうきんの出資を打ち切るよう交渉こうしょうしましょう。当方は全ての情報を知っていますが〝これまでの所業しょぎょうについては目をつむります〟と持ちかけるのです。下手に粛正をすれば、逆恨さかうらみをされて、王女様が再び命を狙われる危険もある。相手を生かしたまま抑制するのが得策でしょう」

 ジーニー秘書の提案に全員が賛同した。
 このかしこい人の言うことには私も大賛成ですが、

書簡しょかんで良いのですか? 相当ずるがしこい一族のようですし、偽造ぎぞうを重ねられませんか」

 素人しろうとの視点で私は、ジーニー秘書に不安要素を問いかけました。

「ギョーム国王陛下はこれまでも姉妹の嫌疑けんぎを解くよう、水面下で動かれていたのでは?」

「そのようにうかがっております。ナンシー・シュタインはことを大きくすることを望んではいなかったようですが……というより実家に関わりたくない、赤の他人としたい気持ちが強かったようです」

 ナンシーさんの気持ちが私には分かります。こうなってしまった以上は、私も実家のエデン王室と再び関わらなくてはなりません。

 ――憂鬱ゆううつです。赤の他人になれるならどんなに良いか。

 けれども私個人だけでなく、救ってくれたアルフレッド殿下や皆さんの名誉めいよに関わることなので、致し方なしです。

「失礼ですが、アルフレッド殿下のお年はいくつですか?」

 アルフレッド殿下が「二十六です」と答えました。

「ギョーム国王陛下は、アルフレッド殿下でんか母君ははぎみ冤罪えんざいを晴らすために、二十六年以上も交渉に難儀なんぎされたのでしょう。手強てごわい相手ですわ。書簡しょかんのやりとりでは、うやむやにされてしまいます」

 文書は偽造ぎぞうされる。証拠も改竄かいざんされる。となれば行動あるのみ。

「直接現地へおもむくのが最善でしょう」

 皆さん、驚いていらっしゃいます。私はそんなに変なことを申したでしょうか。確かに唐突だったかもしれせんがね。

「ハンター殿下でんかみずから、アルフレッド殿下、ミミ様、チャールズ殿下をともない、エーデルシュタイン領を電撃訪問するのはいかがです? 相手が体裁ていさいを保つ為の言い訳を作る時間も与えずにね」

 相手は文書を整える間も、証拠を隠す間も、弁明を用意する間もないでしょう。

「私もともに、エーデルシュタイン領へ赴くことはできませんか」

 私をおとしめた人間をこの目に焼き付けなければ気が済みません。

【つづく】



 次話の更新は【7月22日(月)】を予定しています。

コメント

  • 旭山リサ

    「行動あるのみ」マーガレットの芯の強さをこの短い言葉で表現しました。自ら敵の顔を拝みに行くくらいの度胸を見せた方が、マーガレットが活き活きと感じられて面白いかなと思って。コメントありがとうございます!

    0
  • 清水レモン

    「行動あるのみ」って、端的&すごい深みのある表現ですね!
    強くて熱い意気込みが感じられビッと伝わってきます!

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