【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-6 ★ それって逆に好都合では?
「エーデルシュタイン辺境伯ではないかと」
カナン巡査は緊張した面持ちで告げます。
聞き違いではないかと耳を疑いました。私とアルフレッド司祭の視線が自然と交差します。つい先日、彼の母君の生家について話したばかりです。こんな偶然があるのでしょうか。
「報奨金の出資とは一体どういうことです?」
ハンター殿下がカナン巡査に訊ねます。そうでした。この王子には、私がここに辿り着いた経緯をまだ話していないのです。
「私はビアンカ・シュタインという偽名で、祖国を出奔しました」
「ビアンカ・シュタイン? し、新聞に載っていた手配犯と同じ名前だ……」
むきむき王子も新聞を読むのですね。時事に目を通すのは、王族としては当たり前ですが。
「私の側近が偽の旅券をこさえてくれたので、私はそれを使って国境を越え、このザルフォーク連合国へ来たのです。しかし程なくして、ビアンカ・シュタインは手配犯となり、異様な額の報奨金がかけられました」
「その報奨金の出資者が……エーデルシュタイン辺境伯だと?」
「そのようです。ご縁のあったカナン巡査にそれを調べてもらっていたのです。ご尽力感謝しますわ」
カナン巡査は「恐縮です」と一礼した。
「調査を続けていて気付いたのですが……どうもザルフォークの警察内でも、エーデルシュタインの息がかかっていると思われる職員が多くいるようでした。例の山賊達に、リンドバーグ夫婦とビアンカ・シュタインの情報を流したのは、同胞の一人ではないかと……今、山賊達を徹底的に取り調べております」
「エーデルシュタインや、山賊と繋がりのある同胞に見当はついているのですか」
私が訊ねると、カナン巡査はしばらく沈黙した。
「私は、上司のマクファーレン署長も関与しているのではと疑っています。とはいえ私は一介の巡査に過ぎませんから、探りを入れるのが精一杯で、責任の追及は困難かと」
彼はできる限りのことをしてくれました。目を付けられることも厭わずに。
「エーデルシュタイン辺境伯は、よほど私が邪魔なようですね。私が婚約者でなければ、エーデルシュタインの娘が妃に迎えられたのでしょうか。ヴェロニカ・エーデルシュタインは貴方にご執心で、妃候補の一人だったと聞きましたわ」
むきむき王子へ視線をくべると、彼は「とんでもない!」と即座に息巻きます。
「確かに……エーデルシュタインとの婚約をすすめる者はいるけれど、僕は絶対に嫌だよ。僕はマーガレットがいいんだ! 誰になんと言われようと絶対にマーガレットを推すよ!」
室内が急にシーンとしました。
今のは「推し発言」それとも「愛の告白」でしょうか?
――な、なぜそこまで、私を?
訊ねる勇気はありませんでした。とっても恥ずかしいです。
「よ、要すると、マーガレット王女様にハンター殿下の浮気を疑わせ、確信させた行為も全て、エーデルシュタインが仕組んだ婚約破棄の為の布石だったというわけですか」
ジーニー秘書が訊ねてくれたおかげで、この場の空気をなんとかごまかせそうです。
「私が殿下の書斎で拝見した手紙は偽物?」
「そうだと思います」
ジーニー秘書は、ハンター殿下をちらりと見ました。
「思いますではなく、絶対に偽物です!」
むきむき王子がむきになって主張しました。
「つまり女中のペチュニアは……」
「国に戻ったら真っ先に問い詰めよう」
むきむき王子の手腕に期待するしかありませんね、そこは。
「偽の旅券を作った私の秘書と侍女にも、エーデルシュタインの息がかかっているのでしょうね」
――なんてことでしょう、なんという因縁でしょう。
同じ一族に運命を翻弄されたアルフレッド司祭を見ます。彼に鉱山王の血が流れているからと言って、憎悪の感情は湧きません。共感と同情ばかりです。だって彼の母は、エーデルシュタインの家を追い出されたのですから。
「分からない。王妃になりたいだけならまだしも、僕の名前で遠方の令嬢に手紙や贈り物をして浮気の証拠をつくり、浮き名を流すのはなぜだ?」
ハンター殿下が腕組みして右へ左へ首をひねります。
「マーガレットが告発するにせよ、しないにせよ、どのみちこれだけの令嬢に愛を振るまいていた偽の物的証拠があれば、表に出たさ。こんな風評を広められたら、君だけでなく、誰も王子の僕と結婚したいなどとは思わない」
再び沈黙が流れます。エーデルシュタインは、本当に何がやりたいのでしょうか。
「それって逆に好都合では?」
衝撃の一言を放ったのは、なんとパムさんでした。
「だってみんな、王子様から距離を置いてしまったんでしょう? 王子様の愛を得る、絶好の機会じゃないですか。〝私だけは貴方を信じています〟と言って王子様に近寄れば、楽々の一人勝ちで、お妃様になれるじゃないですか~」
パムさんは「他に考えられるとしたら……」と数秒ほど思案した。
「王室への復讐とか? 跡取りの王子様の名を貶めて、王族への反感を募(つの)らせる為とか? エーデルシュタインは国家転覆でも狙っているのですか?」
――どちらにしても……騙された私は、新聞への投書を以て、まんまと罠に嵌められたというわけですか。
「あの一族は煮ても焼いても食えないな、本当に。いっそ爵位を剥奪してしまおうか。それにはまず、買収された人間を徹底的に調べ上げるしかない。一体何人いるのやら」
むきむき王子がどんなに頑張っても、一生のうちでは粛正しきれない数だろうと思われます。
「モンスーン王室は、エーデルシュタイン一族を牽制なさりたいのね」
そっと言葉を挟んだのは、ミミさんでした。
【つづく】
 次話の更新は【 7月17日(水)】を予定しております。
コミカライズ最新話は【7月15日(祝日・海の日)】に配信予定です。
カナン巡査は緊張した面持ちで告げます。
聞き違いではないかと耳を疑いました。私とアルフレッド司祭の視線が自然と交差します。つい先日、彼の母君の生家について話したばかりです。こんな偶然があるのでしょうか。
「報奨金の出資とは一体どういうことです?」
ハンター殿下がカナン巡査に訊ねます。そうでした。この王子には、私がここに辿り着いた経緯をまだ話していないのです。
「私はビアンカ・シュタインという偽名で、祖国を出奔しました」
「ビアンカ・シュタイン? し、新聞に載っていた手配犯と同じ名前だ……」
むきむき王子も新聞を読むのですね。時事に目を通すのは、王族としては当たり前ですが。
「私の側近が偽の旅券をこさえてくれたので、私はそれを使って国境を越え、このザルフォーク連合国へ来たのです。しかし程なくして、ビアンカ・シュタインは手配犯となり、異様な額の報奨金がかけられました」
「その報奨金の出資者が……エーデルシュタイン辺境伯だと?」
「そのようです。ご縁のあったカナン巡査にそれを調べてもらっていたのです。ご尽力感謝しますわ」
カナン巡査は「恐縮です」と一礼した。
「調査を続けていて気付いたのですが……どうもザルフォークの警察内でも、エーデルシュタインの息がかかっていると思われる職員が多くいるようでした。例の山賊達に、リンドバーグ夫婦とビアンカ・シュタインの情報を流したのは、同胞の一人ではないかと……今、山賊達を徹底的に取り調べております」
「エーデルシュタインや、山賊と繋がりのある同胞に見当はついているのですか」
私が訊ねると、カナン巡査はしばらく沈黙した。
「私は、上司のマクファーレン署長も関与しているのではと疑っています。とはいえ私は一介の巡査に過ぎませんから、探りを入れるのが精一杯で、責任の追及は困難かと」
彼はできる限りのことをしてくれました。目を付けられることも厭わずに。
「エーデルシュタイン辺境伯は、よほど私が邪魔なようですね。私が婚約者でなければ、エーデルシュタインの娘が妃に迎えられたのでしょうか。ヴェロニカ・エーデルシュタインは貴方にご執心で、妃候補の一人だったと聞きましたわ」
むきむき王子へ視線をくべると、彼は「とんでもない!」と即座に息巻きます。
「確かに……エーデルシュタインとの婚約をすすめる者はいるけれど、僕は絶対に嫌だよ。僕はマーガレットがいいんだ! 誰になんと言われようと絶対にマーガレットを推すよ!」
室内が急にシーンとしました。
今のは「推し発言」それとも「愛の告白」でしょうか?
――な、なぜそこまで、私を?
訊ねる勇気はありませんでした。とっても恥ずかしいです。
「よ、要すると、マーガレット王女様にハンター殿下の浮気を疑わせ、確信させた行為も全て、エーデルシュタインが仕組んだ婚約破棄の為の布石だったというわけですか」
ジーニー秘書が訊ねてくれたおかげで、この場の空気をなんとかごまかせそうです。
「私が殿下の書斎で拝見した手紙は偽物?」
「そうだと思います」
ジーニー秘書は、ハンター殿下をちらりと見ました。
「思いますではなく、絶対に偽物です!」
むきむき王子がむきになって主張しました。
「つまり女中のペチュニアは……」
「国に戻ったら真っ先に問い詰めよう」
むきむき王子の手腕に期待するしかありませんね、そこは。
「偽の旅券を作った私の秘書と侍女にも、エーデルシュタインの息がかかっているのでしょうね」
――なんてことでしょう、なんという因縁でしょう。
同じ一族に運命を翻弄されたアルフレッド司祭を見ます。彼に鉱山王の血が流れているからと言って、憎悪の感情は湧きません。共感と同情ばかりです。だって彼の母は、エーデルシュタインの家を追い出されたのですから。
「分からない。王妃になりたいだけならまだしも、僕の名前で遠方の令嬢に手紙や贈り物をして浮気の証拠をつくり、浮き名を流すのはなぜだ?」
ハンター殿下が腕組みして右へ左へ首をひねります。
「マーガレットが告発するにせよ、しないにせよ、どのみちこれだけの令嬢に愛を振るまいていた偽の物的証拠があれば、表に出たさ。こんな風評を広められたら、君だけでなく、誰も王子の僕と結婚したいなどとは思わない」
再び沈黙が流れます。エーデルシュタインは、本当に何がやりたいのでしょうか。
「それって逆に好都合では?」
衝撃の一言を放ったのは、なんとパムさんでした。
「だってみんな、王子様から距離を置いてしまったんでしょう? 王子様の愛を得る、絶好の機会じゃないですか。〝私だけは貴方を信じています〟と言って王子様に近寄れば、楽々の一人勝ちで、お妃様になれるじゃないですか~」
パムさんは「他に考えられるとしたら……」と数秒ほど思案した。
「王室への復讐とか? 跡取りの王子様の名を貶めて、王族への反感を募(つの)らせる為とか? エーデルシュタインは国家転覆でも狙っているのですか?」
――どちらにしても……騙された私は、新聞への投書を以て、まんまと罠に嵌められたというわけですか。
「あの一族は煮ても焼いても食えないな、本当に。いっそ爵位を剥奪してしまおうか。それにはまず、買収された人間を徹底的に調べ上げるしかない。一体何人いるのやら」
むきむき王子がどんなに頑張っても、一生のうちでは粛正しきれない数だろうと思われます。
「モンスーン王室は、エーデルシュタイン一族を牽制なさりたいのね」
そっと言葉を挟んだのは、ミミさんでした。
【つづく】
 次話の更新は【 7月17日(水)】を予定しております。
コミカライズ最新話は【7月15日(祝日・海の日)】に配信予定です。
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