【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-5 ★ チンデマンって誰ですか
「メリー・リンデンマンの他に、どんな名前の令嬢を見た?」
「メ、メリー、リンデンマン?」
どこからその名前が出て来たのでしょう。
わざとでしょうか、素でしょうか。
浮気相手の名前を今、間違えましたわ。
――私は一度見た人の名前は忘れませんけれど。
記憶がだいぶ混乱されている彼の為に、私は憶えている限り、書斎で見た宛名を列挙しました。
「どの名前も聞き覚えはあるけど、顔が浮かばないよ。メアリー・チンデマンも」
――本当に聞き覚えがあるかどうかも定かではありませんね、これは。
「チンデマンって誰ですか、まったく。何度申し上げたら憶えるのです?」
「ごめん、マーガレット。それで、本当はなんて名前だったっけ?」
「メリー・チーズマンですよ」
「えっ。メラニー・チーズマンじゃなかったしら?」
ミミさんの訂正が入ります。なんてこと、私ったら。
「あなたがあまりに間違えるから、私までつられてしまったではないですか。本当の本当に、誰一人、記憶に残っていないのですか?」
「ひょっとしたら舞踏会で一度や二度挨拶を交わしたことがあるかもしれないけど……忘れちゃったよ。それにしてもマーガレット、一度見ただけでよく記憶しているね」
「いえ、一応手帳に書き留めましたよ。今、手元にはありませんけど」
――焚き火にくべてしまいましたわ。
「数名は僕も社交界で会ったことのある人です。けれどモンスーンからだと、全員が遠方の令嬢ばかりではございませんか?」
チャールズ殿下の言葉には意表を突かれました。今、名前を挙げたご令嬢の名前をご存じなのね。
「僕は名前も朧気なので、お住まいがどこかまでは分かりません」
ハンター殿下が首を左右にひねります。
「王女様がお名前をあげた浮気相手の女性のうち、二名はヴェルノーンの良家の子女でございますよ」
「どんな御方ですか?」
私は思わずチャールズ殿下に訊ねました。メラニーはこの目で顔を見たけれど、他の令嬢は名前だけしか知りません。
「正直に申しますと、僕は少々苦手です」
どのような理由で苦手なのか具体的に説明して欲しいけれど、チャールズ殿下は言葉を濁されてしまいました。
「どこの誰だか分からないけれど、僕のような不器用な男は複数の令嬢に手紙なんか書けないし、誕生日だからと値の張る贈り物をその都度用意していたら、散財を咎められますよ」
むきむき王子が、まともなことを言いました。
「でもメラニーにはちゃんと贈り物が届いていました。これをどう説明するのです?」
「僕じゃない別人が、僕の名前を騙って贈ったとしか考えられないよ。僕の私的資産も、秘書や会計課の管理に置かれている。僕の資産で第三者が貢ぎ物を購入したのなら、取引の証拠が残っているはずだ」
無口で鉄仮面なので、今までこの王子の中身が詰まっているのか空っぽなのか分からなかったのですが、なかなか賢い人だったようです。頭の悪そうな浮気の恋文を見てしまった私としては、まだ信じられないのですが。
――このむきむきは真人間? それとも大嘘吐き?
王子の本性を見極めようと彼を観察していると眉間に力がこもっておりました。
「そんな怖い顔で僕を睨まないでくれよ、マーガレット」
「あ、いえ、睨むつもりはなかったのですが」
眉間を指でこねます。難しいことを考えると顔が怖くなってしまうのです。王子の発言を振り返るに彼は正直者のような気がしますが、まだ油断できません。腕を組み、さらに思料に耽っていると、扉が軽やかに鳴らされました。
「お話し中のところ失礼致します。カナン・スミス巡査がお見えです」
チャールズ殿下付きの衛兵がそう告げました。部屋に通すように促すと、カナン巡査は「失礼します」と入室しました。
「み、皆様お集まりのようで……」
カナン巡査の目が、むきむき王子に留まります。
「ま、まさか貴方はモンスーンの……。新聞のお写真と……よく似て……」
「ええ。ハンター・モンスーン。モンスーン王国の第一王子にして、マーガレットの婚約者です」
カナン巡査は王子のそばに跪きました。王子が「顔を上げてください」と、すっかり畏まってしまったカナン巡査を立ち上がらせます。
「お、お取り込み中のようなので、本官は……出直します」
「構いませんわ。どうぞこちらへ」
カナン巡査は私の枕元へやってきました。
「マーガレット王女殿下。お身体が優れないのではございませんか」
私が寝台にいるので、カナン巡査は心配そうな面持ちです。
「少々、目眩がしただけです。それで御用というのは?」
「ご依頼を受けた調べ物について報告を」
「報奨金の出資者ですね。誰です?」
「名義はザルフォークの資産家になっておりますが、本当はモンスーンの貴族のようです」
「その貴族の名は?」
カナン巡査はごくりと息を呑んだ。
「エーデルシュタイン辺境伯ではないかと」
聞き違いではないかと耳を疑いました。私とアルフレッド司祭の視線が自然と交差します。つい先日、彼の母君の生家について話したばかりです。こんな偶然があるのでしょうか。
【つづく】
次話の更新は【7月12日 18:30】を予定しています。
「メ、メリー、リンデンマン?」
どこからその名前が出て来たのでしょう。
わざとでしょうか、素でしょうか。
浮気相手の名前を今、間違えましたわ。
――私は一度見た人の名前は忘れませんけれど。
記憶がだいぶ混乱されている彼の為に、私は憶えている限り、書斎で見た宛名を列挙しました。
「どの名前も聞き覚えはあるけど、顔が浮かばないよ。メアリー・チンデマンも」
――本当に聞き覚えがあるかどうかも定かではありませんね、これは。
「チンデマンって誰ですか、まったく。何度申し上げたら憶えるのです?」
「ごめん、マーガレット。それで、本当はなんて名前だったっけ?」
「メリー・チーズマンですよ」
「えっ。メラニー・チーズマンじゃなかったしら?」
ミミさんの訂正が入ります。なんてこと、私ったら。
「あなたがあまりに間違えるから、私までつられてしまったではないですか。本当の本当に、誰一人、記憶に残っていないのですか?」
「ひょっとしたら舞踏会で一度や二度挨拶を交わしたことがあるかもしれないけど……忘れちゃったよ。それにしてもマーガレット、一度見ただけでよく記憶しているね」
「いえ、一応手帳に書き留めましたよ。今、手元にはありませんけど」
――焚き火にくべてしまいましたわ。
「数名は僕も社交界で会ったことのある人です。けれどモンスーンからだと、全員が遠方の令嬢ばかりではございませんか?」
チャールズ殿下の言葉には意表を突かれました。今、名前を挙げたご令嬢の名前をご存じなのね。
「僕は名前も朧気なので、お住まいがどこかまでは分かりません」
ハンター殿下が首を左右にひねります。
「王女様がお名前をあげた浮気相手の女性のうち、二名はヴェルノーンの良家の子女でございますよ」
「どんな御方ですか?」
私は思わずチャールズ殿下に訊ねました。メラニーはこの目で顔を見たけれど、他の令嬢は名前だけしか知りません。
「正直に申しますと、僕は少々苦手です」
どのような理由で苦手なのか具体的に説明して欲しいけれど、チャールズ殿下は言葉を濁されてしまいました。
「どこの誰だか分からないけれど、僕のような不器用な男は複数の令嬢に手紙なんか書けないし、誕生日だからと値の張る贈り物をその都度用意していたら、散財を咎められますよ」
むきむき王子が、まともなことを言いました。
「でもメラニーにはちゃんと贈り物が届いていました。これをどう説明するのです?」
「僕じゃない別人が、僕の名前を騙って贈ったとしか考えられないよ。僕の私的資産も、秘書や会計課の管理に置かれている。僕の資産で第三者が貢ぎ物を購入したのなら、取引の証拠が残っているはずだ」
無口で鉄仮面なので、今までこの王子の中身が詰まっているのか空っぽなのか分からなかったのですが、なかなか賢い人だったようです。頭の悪そうな浮気の恋文を見てしまった私としては、まだ信じられないのですが。
――このむきむきは真人間? それとも大嘘吐き?
王子の本性を見極めようと彼を観察していると眉間に力がこもっておりました。
「そんな怖い顔で僕を睨まないでくれよ、マーガレット」
「あ、いえ、睨むつもりはなかったのですが」
眉間を指でこねます。難しいことを考えると顔が怖くなってしまうのです。王子の発言を振り返るに彼は正直者のような気がしますが、まだ油断できません。腕を組み、さらに思料に耽っていると、扉が軽やかに鳴らされました。
「お話し中のところ失礼致します。カナン・スミス巡査がお見えです」
チャールズ殿下付きの衛兵がそう告げました。部屋に通すように促すと、カナン巡査は「失礼します」と入室しました。
「み、皆様お集まりのようで……」
カナン巡査の目が、むきむき王子に留まります。
「ま、まさか貴方はモンスーンの……。新聞のお写真と……よく似て……」
「ええ。ハンター・モンスーン。モンスーン王国の第一王子にして、マーガレットの婚約者です」
カナン巡査は王子のそばに跪きました。王子が「顔を上げてください」と、すっかり畏まってしまったカナン巡査を立ち上がらせます。
「お、お取り込み中のようなので、本官は……出直します」
「構いませんわ。どうぞこちらへ」
カナン巡査は私の枕元へやってきました。
「マーガレット王女殿下。お身体が優れないのではございませんか」
私が寝台にいるので、カナン巡査は心配そうな面持ちです。
「少々、目眩がしただけです。それで御用というのは?」
「ご依頼を受けた調べ物について報告を」
「報奨金の出資者ですね。誰です?」
「名義はザルフォークの資産家になっておりますが、本当はモンスーンの貴族のようです」
「その貴族の名は?」
カナン巡査はごくりと息を呑んだ。
「エーデルシュタイン辺境伯ではないかと」
聞き違いではないかと耳を疑いました。私とアルフレッド司祭の視線が自然と交差します。つい先日、彼の母君の生家について話したばかりです。こんな偶然があるのでしょうか。
【つづく】
次話の更新は【7月12日 18:30】を予定しています。
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