【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

8-4 ★ わざとでしょうか、素でしょうか

「はて、どちら様でしょうか」

 私は他人のフリをすることにしました。
 あんじょう、むきむきはとても動揺しています。

「ぼ、僕だよ。ハンター・モンスーン」

「はて? どこぞの王子様と同じ名前ですね、はじめまして」

「はじめまして? 僕は何度も君と会っているし、婚約もしているじゃないか」

「私はマーガレットではございません。ただの大使館職員ですわ」

「いいや絶対マーガレットだ! 見間違えないよ」

「他人のそらです」

 ハンター殿下から視線をらします。寝台に横になっている私の周囲にはミミさん、アルフレッド司祭、チャールズ殿下、ブロンテ秘書、パム、ヴェルノーン大使がおりました。シモン・コスネキンは……いないようですが、仕事に戻ったのでしょうか。

「目を覚まして本当に良かったわ」

 ミミ様が胸をなで下ろします。

「ご気分はいかがですか。驚きましたよ。突然、倒れたものだから」

 気遣ってくださるアルフレッド司祭に「大丈夫です」と言います。

「この部屋は……どこですか?」

「医務室ですよ。お医者様を今呼んだところでございます」

 ケビン大使が目に涙を浮かべながら答えました。

「このお部屋に運んだのは、ハンター殿下なんですよ。王子様にお姫様抱っこされるなんて、まるで小説のようでした。いいないいな~」

 パムさんが目をキラキラと輝かせています。

 ――いいな~、って。私には最悪ですよ。

「ご迷惑をおかけて、申し訳ございません」

「いえいえ。一時はどうなることかと思いましたが、目を覚まされて本当に良かった」

 むきむき鉄仮面王子がめずらしく微笑みました。

「マーガレット。君と話したいことがあるんだ。起きたばかりで恐縮だけど聞いてほしい」

「私はマーガレットではないです」

「君はマーガレットだ!」

 むきむき王子は私の両手をすくいとりました。さわりたくもなかったので両手を引っこ抜いて毛布に隠します。むきむき王子はさみしそうに肩を落としましたが、彼の傷心しょうしんなど知ったことではございませんわ。

「ヴェルノーン大使館に何か御用ごようですの?」

「アルフレッド殿下、チャールズ殿下と会いたくて。き、君の手紙の件で」

「私の手紙の件?」

「解決策が欲しかったんだ。チャールズ殿下はミミ様の遺書事件でいろいろあったけれど、今は和解されているだろう? 助言をいただきたくてここに……」

「ハッ! なにをのこのこと大使館へいらっしゃったかと思ったら、ご自分の名誉回復の為に、先人の知恵を借りたいと? ご自分の頭で考えたらどうです?」

「僕より頭の良い人たちにそれはもう考えさせたけど、誰も打開策だかいさくが見つからなかったよ」

「それは身から出たさびでございましょう。女性を苦しめた罪は重いですのよ。ヴェルノーンのご兄弟から助言をたまわるより先にすべきは、かたちなりにも謝罪ではございませんか。許す気は毛頭もうとうないですけど」

「謝るも何も、許されるも何も……」

 ハンター殿下は髪をくしゃりと撫でました。

「僕には一切合切いっさいがっさい、身に覚えがない」

 ――ここまで往生際おうじょうぎわの悪い男だとは!

「私は見ましたよ。貴方あなたの部屋で、ご令嬢に宛てた愛の手紙を何通も! この浮気者」

「君が一体どこの誰の手紙を読んだか分からないけど、君以外の女性に私信ししんを出したことは無いし、女だからと誰かれ構わず胸や尻を追っかけたことはない!」

「頭ではいけないと思っても、理性が本能を制すことができなかったのでは? 下半身が一人歩きされたのでしょう」

「それは多大な誤解だ。僕の心と身体は、どこまでも一致しています。きわめて完全体です!」

「不完全で、不健全ですわ!」

 私とハンター殿下の押し問答が続く。いい加減、ののしり言葉も底をついてきましたよ。

「あの、王女様は書斎しょさいで他のご令嬢に宛てた私信ししんを見たと、新聞に書かれていましたよね」

 ジーニー秘書が訊ねたので「そうです」と私は秒で返しました。

「それにしてもよくハンター殿下の書斎しょさいに入れましたね?」

「女中のペチュニアのおかげですわ。殿下のお世話を任されている女中です。事情を話したら、ハンター殿下の不在時間を教えてくれて、書斎しょさいに侵入できました。書きかけの手紙が置いてあって、婚約者が来ていて面倒だ。早く君に会いたい、と綴られていたのです。メラニー・チーズマンてに!」

「メラニー・チーズマン? 会ったような、会ったことないような……」

 ハンター殿下は眉目を寄せました。

空惚そらとぼけるおつもりですか。あの女は誕生日の贈り物をいただいて大喜びでしたよ。私はこの目で見ました」

「君、その令嬢に会いにいったのかい?」

「顔をおがみにいっただけです。貴方からの贈り物には、書斎でお手紙を拝見した時と同じ、ハンというひねりのない偽名ぎめいがありましたわ」

「いやいやいや。待ってくれ、俺は君以外の女性へ私的に贈り物をしたことはないよ。この通り僕は、狩猟が趣味の無骨ぶこつな男だから、女性の服も宝飾品もまったく分からないんだ」

「またまたそんなこと言って。おおかた秘書に選ばせたのでしょう」

「秘書に?」

 ハンター殿下は腕組みしてうなりました。

「こうなっては何もかもが怪しく感じるな。僕自身が信用されなくて当然か。メリー・リンデンマンの他に、どんな名前の令嬢を見た?」

「メ、メリー、リンデンマン?」

 どこからその名前が出てきたのでしょう
 わざとでしょうか、でしょうか。
 浮気相手の名前を今、間違えましたわ

【つづく】



 次回の更新は7月7日(七夕)の夜【18:30】を予定しております。

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