【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-3 ★ むきむき号泣
天災を予測出来たなら、私はあの世界でまだ生きていたのでしょうか。
親の携帯から地震警報が鳴り響いたのと、建物の揺れはほぼ同時だったのです。
前世の私は瓦礫の下で息絶えました。長く苦しまずにほぼ即死だったことは私にとっては幸いでした。父も母も先に目の前で亡くなって、自分だけ天涯孤独になるのもいやでしたし、親戚に預けられたり、たらい回しにされたりするのは御免です。
恋も知らぬ間に命を落とした前世の私にも夢がありました。普遍的でありきたりな、御伽噺に触れた子なら誰だって抱く夢です。
――相思相愛になりたい。
私の両親も、美名姉さんの両親も不仲だったからです。
――反面教師ですかね。あんなひどい結婚だけはしたくないです。
実の姉妹である私の母と美名姉さんの母は、顔を合わせる度に、お互いの旦那さんの悪口を言い合っていました。私が美名姉さんの家へ遊びに行った時も、きっといつものように悪口パーティーを開く予定だったのでしょう。美名姉さんが自ら命を絶った為に、その後の家族付き合いはひどくギクシャクしたものとなりました。
――喧嘩だけじゃなく、本人のいないところでも悪口を言い合うくらいなら、初めから結婚しなければ良かったのに。
どうしてわざわざ嫌いな相手と結婚したのでしょう。大人の事情でしょうか。
――誠実な人と恋に落ちて、結婚できたらいいのになぁ。
前世、命の灯火が消える寸前に私は強く願ったのに、神様は叶えてくれなかったようです。
――あんな男を、私の伴侶にあてがうなんて。神様あんまりですわ!
巷には、無口な男性ほど誠実で純朴で義理堅いという俗説があります。
ハンター・モンスーンと初めて顔を合わせたのは七歳の折でした。その時から無口で鉄仮面。たまに口を開いたら気のない言葉ばかり。子ども心に「つまんない男の子」だと思ったのが第一印象でした。
それから十年が経っても、彼は無口でした。あまりに口数が少ないので、これなら浮気の心配は無いと安心していたのです。月に一度は必ず手紙を出す彼のマメな性格だけは感心していました。内容はどれもこれも「日誌か」と言いたくなるような退屈なものでしたが。その手紙の中に、あんな紙が入っているなんて。
子ウサギちゃんへ。君と会えない日々が続いて僕の心は大時計の振り子のように左右へ激しく揺さぶられているよ。君に会いたい。狼のように自由に勇気を以て、この窮屈な城を抜け出し、小うさぎのように跳ね回る可愛い君と大地を駆け巡りたい。
酔った勢いで筆を執ったのかな、と思いましたよ、初めはね。鉄仮面の下に強い乙女心を隠されていたのか、狼さんがムッツリの牙を剥いたのかと。
しかし手紙を読み進めるうちに、おかしな点に気付きます。手紙の中で「子ウサギちゃん」と呼ぶ女性は私ではなかったのです。容姿、髪の色、目の色。それは事細かに、情緒豊かに描写されていましたが、まるで私と異なります。
――なんなのですか、この手紙は!
私は一つの推測を立てました。
おそらく彼は、別の令嬢への手紙を、うっかり間違えて私宛ての封筒に入れてしまったのでは、と。これは調べる必要がありました。
怪しい手紙をいただいた翌月、私はモンスーンの建国祭に呼ばれたのです。
私は彼の側付きの女中にお願いしました。私が殿下と婚約した頃より城に仕えている彼女は、気立ての良い方で、昔からとても親切にしてくださっていたのです。
「殿下の書斎に通して欲しいのです」
そう申した時、彼女は驚いておりましたが、事情を説明すると、殿下の忙しい時間、忍び込める機会を教えてくれました。
潜入調査決行の時間になると、彼女は書斎へ私を案内してくれた上に、鍵も開けてくださいました。調査は難航を極めるだろうと私は予想しておりましたが、思ったよりもあっけなくブツは見つかります。殿下の書斎机には書きかけと思われる愛の手紙が置かれていたのです。
婚約者が来ていて憂鬱だよ。君と添い遂げることが出来るならどんなに良いか。日夜、君を想わない日は無い。愛しているよ、メラニー。君の誕生日がもうすぐだね。君の好きなものを贈るから楽しみにしていてほしい。僕にできるありったけの心をこめて。
 ハンより
宛先はメラニー・チーズマンという西国ザルフォークの令嬢だということが分かりました。
――婚約者が来ていて憂鬱ですって?
腸が煮えくり返りましたとも。この手紙を破いてやりたい気持ちは山々でしたが、書斎の引き出しの中も探ります。そこには綺麗に束ねられた手紙の束がありました。出てくるわ出てくるわ、頭の悪そうな愛の駄文の数々。
――こんな男と結婚なんて御免だわ。
親に言っても取り合ってくれず、にっちもさっちもいかなくなった私は、王族の身分を捨てて自由の世界へ旅立ったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
「マーガレット、マーガレット!」
夢の中で暗い洞窟を一人歩いていると、前方に小さな光が見え、私を呼ぶ声が聞こえました。
「ああ、マーガレット。どうか目を覚ましてくれ。神様……どうか彼女をお救いください」
――あの人の声のような、そうでないような。
今にも泣き出しそうに声を振り絞る人だったでしょうか。光の先に歩いて行きたい気持ちは山々でしたが、なんだか嫌な予感がします。私は暗がりが良いのです。
けれども夢というのは自分の思いのままに行動できません。声の聞こえる方角へ背を向けた途端、私の身体はお尻から光へ吸い込まれていきました。まるで大きな巨人が手を伸ばし、私をお尻からつまんだようです。
――いやだ、このまま夢を見ていたい、現実なんて戻りたくない!
私の我が儘はまかり通りません。目覚めて吃驚、私の目の前にあったのは、透き通る空色の瞳でございました。
「マーガレット。目を覚ましたんだね」
その目からボロボロと涙がこぼれ落ちます。筋肉むきむき男が、寝ている私の枕元で号泣とは一体何事でしょう。しかもこの男は、私がこの世で最も忌み嫌う不届き者でした。
「はて、どちら様でしょうか」
私は他人のフリをすることにしました。
【つづく】
次話の更新は【7月3日(水)】を予定しています。
親の携帯から地震警報が鳴り響いたのと、建物の揺れはほぼ同時だったのです。
前世の私は瓦礫の下で息絶えました。長く苦しまずにほぼ即死だったことは私にとっては幸いでした。父も母も先に目の前で亡くなって、自分だけ天涯孤独になるのもいやでしたし、親戚に預けられたり、たらい回しにされたりするのは御免です。
恋も知らぬ間に命を落とした前世の私にも夢がありました。普遍的でありきたりな、御伽噺に触れた子なら誰だって抱く夢です。
――相思相愛になりたい。
私の両親も、美名姉さんの両親も不仲だったからです。
――反面教師ですかね。あんなひどい結婚だけはしたくないです。
実の姉妹である私の母と美名姉さんの母は、顔を合わせる度に、お互いの旦那さんの悪口を言い合っていました。私が美名姉さんの家へ遊びに行った時も、きっといつものように悪口パーティーを開く予定だったのでしょう。美名姉さんが自ら命を絶った為に、その後の家族付き合いはひどくギクシャクしたものとなりました。
――喧嘩だけじゃなく、本人のいないところでも悪口を言い合うくらいなら、初めから結婚しなければ良かったのに。
どうしてわざわざ嫌いな相手と結婚したのでしょう。大人の事情でしょうか。
――誠実な人と恋に落ちて、結婚できたらいいのになぁ。
前世、命の灯火が消える寸前に私は強く願ったのに、神様は叶えてくれなかったようです。
――あんな男を、私の伴侶にあてがうなんて。神様あんまりですわ!
巷には、無口な男性ほど誠実で純朴で義理堅いという俗説があります。
ハンター・モンスーンと初めて顔を合わせたのは七歳の折でした。その時から無口で鉄仮面。たまに口を開いたら気のない言葉ばかり。子ども心に「つまんない男の子」だと思ったのが第一印象でした。
それから十年が経っても、彼は無口でした。あまりに口数が少ないので、これなら浮気の心配は無いと安心していたのです。月に一度は必ず手紙を出す彼のマメな性格だけは感心していました。内容はどれもこれも「日誌か」と言いたくなるような退屈なものでしたが。その手紙の中に、あんな紙が入っているなんて。
子ウサギちゃんへ。君と会えない日々が続いて僕の心は大時計の振り子のように左右へ激しく揺さぶられているよ。君に会いたい。狼のように自由に勇気を以て、この窮屈な城を抜け出し、小うさぎのように跳ね回る可愛い君と大地を駆け巡りたい。
酔った勢いで筆を執ったのかな、と思いましたよ、初めはね。鉄仮面の下に強い乙女心を隠されていたのか、狼さんがムッツリの牙を剥いたのかと。
しかし手紙を読み進めるうちに、おかしな点に気付きます。手紙の中で「子ウサギちゃん」と呼ぶ女性は私ではなかったのです。容姿、髪の色、目の色。それは事細かに、情緒豊かに描写されていましたが、まるで私と異なります。
――なんなのですか、この手紙は!
私は一つの推測を立てました。
おそらく彼は、別の令嬢への手紙を、うっかり間違えて私宛ての封筒に入れてしまったのでは、と。これは調べる必要がありました。
怪しい手紙をいただいた翌月、私はモンスーンの建国祭に呼ばれたのです。
私は彼の側付きの女中にお願いしました。私が殿下と婚約した頃より城に仕えている彼女は、気立ての良い方で、昔からとても親切にしてくださっていたのです。
「殿下の書斎に通して欲しいのです」
そう申した時、彼女は驚いておりましたが、事情を説明すると、殿下の忙しい時間、忍び込める機会を教えてくれました。
潜入調査決行の時間になると、彼女は書斎へ私を案内してくれた上に、鍵も開けてくださいました。調査は難航を極めるだろうと私は予想しておりましたが、思ったよりもあっけなくブツは見つかります。殿下の書斎机には書きかけと思われる愛の手紙が置かれていたのです。
婚約者が来ていて憂鬱だよ。君と添い遂げることが出来るならどんなに良いか。日夜、君を想わない日は無い。愛しているよ、メラニー。君の誕生日がもうすぐだね。君の好きなものを贈るから楽しみにしていてほしい。僕にできるありったけの心をこめて。
 ハンより
宛先はメラニー・チーズマンという西国ザルフォークの令嬢だということが分かりました。
――婚約者が来ていて憂鬱ですって?
腸が煮えくり返りましたとも。この手紙を破いてやりたい気持ちは山々でしたが、書斎の引き出しの中も探ります。そこには綺麗に束ねられた手紙の束がありました。出てくるわ出てくるわ、頭の悪そうな愛の駄文の数々。
――こんな男と結婚なんて御免だわ。
親に言っても取り合ってくれず、にっちもさっちもいかなくなった私は、王族の身分を捨てて自由の世界へ旅立ったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
「マーガレット、マーガレット!」
夢の中で暗い洞窟を一人歩いていると、前方に小さな光が見え、私を呼ぶ声が聞こえました。
「ああ、マーガレット。どうか目を覚ましてくれ。神様……どうか彼女をお救いください」
――あの人の声のような、そうでないような。
今にも泣き出しそうに声を振り絞る人だったでしょうか。光の先に歩いて行きたい気持ちは山々でしたが、なんだか嫌な予感がします。私は暗がりが良いのです。
けれども夢というのは自分の思いのままに行動できません。声の聞こえる方角へ背を向けた途端、私の身体はお尻から光へ吸い込まれていきました。まるで大きな巨人が手を伸ばし、私をお尻からつまんだようです。
――いやだ、このまま夢を見ていたい、現実なんて戻りたくない!
私の我が儘はまかり通りません。目覚めて吃驚、私の目の前にあったのは、透き通る空色の瞳でございました。
「マーガレット。目を覚ましたんだね」
その目からボロボロと涙がこぼれ落ちます。筋肉むきむき男が、寝ている私の枕元で号泣とは一体何事でしょう。しかもこの男は、私がこの世で最も忌み嫌う不届き者でした。
「はて、どちら様でしょうか」
私は他人のフリをすることにしました。
【つづく】
次話の更新は【7月3日(水)】を予定しています。
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