【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-5 ★ お変わりありまくりだろう
「尻軽だの軽薄だのと身に覚えのないことを書かれて……で、殿下は……憔悴なさっております」
使者フランクは頭を抱えて、重い溜め息を吐いた。
「ハ、ハンター殿下は、このような世間の醜聞に慣れていないのでございます。大層お困りで、我々侍従がいくら頭をひねっても、この騒動の打開策が思いつかないのです」
――そりゃな。あんな手紙を国中、いや大陸中にばらまかれたら、流石に回収不可能だよ。
「アルフレッド殿下の奥方ミミ様は、チャールズ殿下と和解なされたのでしょう? 新聞で概要を伺いましたが、詳細を教えてください。どうすれば騒動が収まりますか」
俺とチャールズは顔を見合わせた。どうすればと言われても。成り行きでこうなりました、としか答えようがない。
「フランク殿は、ハンター殿下にかけられた疑惑は冤罪だと仰っておりますけど……マーガレット王女様は浮気を確信しておられますよね」
俺は王女様の口から直接聞いた。メラニー・チーズマンの屋敷に潜入したのは、彼女が王子の浮気相手だと分かったからだ、と。確かに「ハン」という偽名で贈り物も届いていた。
「一体どこで浮気が疑われたかも見当がつきません。彼女の告発文には〝王子の部屋で、他の令嬢に宛てた愛の手紙を読んだ〟と書かれていますけど、そもそも僕は部屋に彼女を通していないのです」
「えっ、僕?」
「わ、私はその……陛下の侍従ですので、入退室を確認しておりますから、ハイ」
「ああ……なるほど、それで」
「ただ、何度か彼女をモンスーン王室に招いています。彼女が部屋に忍び込んだとしたら、先月のご来訪の際かと」
「ハンター殿下は王女様のそばについていなかったのですか」
「常に……つ、つきまとっては嫌がられると、助言を頂いていたものですから」
「助言を? 誰に?」
「世話係の女中に」
――他の女からの助言に従った? ますます怪しいな。その女もお手つきなんじゃないか。
「か、勘違いしないでください。私の母上と同じくらいの年の女中ですから! 気立ての良い方なのです。人生相談にも度々のってくださるし……箱入りの自分が知らないことも多く知っていて」
――女性の知恵はスゴイよなぁ。ナンシーも物知りだし、鼻が利くし。
「その方から、適度な距離感こそ紳士の心得とうかがったのです。マーガレット王女は綺麗ですし、可愛いですし、おそばにいたい気持ちはありますけれど……自制せねばと」
フランク殿は頬を赤らめる。
――なんというか、この話し方。身を偽っているが、もしかしなくても……。
フランク殿の背後に控える護衛たちの表情に焦りの色が滲む。
「貴方は、ハンター殿下ではございませんか」
俺が訊ねると、彼は兎のように全身を跳び上がらせ、身を竦ませた。これは確定だな。
「ち、違いますよ! 私はフランク・エーデルワイス。殿下の侍従でございます。やだなぁ、リンドバーグ司祭。どこからどう見ても侍従でしょう?」
チャールズよりも嘘を吐くのが下手な王子がこの世にいたことに驚きだ。
「どこからどう見ても、ハンター殿下です」
チャールズがとどめの一言を放った。
「実は……この部屋に通された時から、貴方がハンター殿下ではないかと僕は思いました」
「なっ……なんで? ど、どどどどうしてですか、チャールズ殿下!」
「いや、一度お目にかかっているでしょう。随分……前のことではございますが」
「そ、そうだったのか、チャールズ」
「付き合いで様々な王族と会いますので。逞しく精悍なお顔立ちが印象的だったので。あの、その髪はカツラですか? 自分も諸事情でしばらくつけていたので分かります」
「そうです……カツラです。しかも大きさが合わずに、何度なおしても、ずれまくりで……」
ハンター殿下はカツラの位置を調整した。
垂れた前髪で隠れ気味だった左目がのぞく。
――風変わりな髪型だとは思ったが、なんだ、カツラがずれたせいだったのか。
「お似合いですよ、ハンター殿下。カツラ以外はその……特にお変わりなく? お元気そうで何よりです」
――チャールズ、他に労りの言葉は浮かばなかったのか。お変わりありまくりだろう。
「これが元気そうに……見えますか」
――ほら見ろ、言わんこっちゃない。
深く俯いたハンター殿下の心情は今、闇鍋さながらなのだろう。
「この通り私は不器用な男ですから……」
両手で「わっ」と顔を覆う。鍛え上げた筋肉が行き場を失って泣いているように見えた。
「もう一体……何が何だか分からないのでございます。自分が口下手だということをマーガレット王女には知られまいと必死だったのに。なにがどうしてどうなって、あんな疑いをかけられたのか」
「実は……あの新聞の投書を見た時には僕も驚いたんです。本当に貴方がその……複数のご令嬢と浮気をされたのか、と」
「断じて違います。神に誓います。教皇の前で宣言したって良いですよ。おまけにマーガレット王女は行方不明になってしまうし。その咎を一身に受けることになった上に、家族からは雑巾を見るような視線を向けられるし、城内で陰口を叩かれるし、城の外に出れば野次が飛ぶし、本当に……散々で」
「ハンター殿下。お気持ちはよく分かります。僕もその……ミミの遺書が出回った後は、貴方と同じような状況でした。僕の場合、全ての原因は僕にありましたけど……」
「その後、裁判に臨まれたのでしょう? それなのに今はこうして……ご兄弟一緒におられる。どんな魔法を使ったのですか。ギョーム陛下が偽の葬式を開いたことは存じています。でもきっとそれだけではないはずだ。この最悪の状況を好転する方法があれば、教えてください。考えても考えても答えが見つからない」
本当にこの人は浮気をしたのだろうか。王子という体裁はどこへやら、素で泣きじゃくっている姿から、女心をもてあそぶような人柄には見えないのだが。
【つづく】
次話の更新は【6月10日(月曜日)】を予定しています。
使者フランクは頭を抱えて、重い溜め息を吐いた。
「ハ、ハンター殿下は、このような世間の醜聞に慣れていないのでございます。大層お困りで、我々侍従がいくら頭をひねっても、この騒動の打開策が思いつかないのです」
――そりゃな。あんな手紙を国中、いや大陸中にばらまかれたら、流石に回収不可能だよ。
「アルフレッド殿下の奥方ミミ様は、チャールズ殿下と和解なされたのでしょう? 新聞で概要を伺いましたが、詳細を教えてください。どうすれば騒動が収まりますか」
俺とチャールズは顔を見合わせた。どうすればと言われても。成り行きでこうなりました、としか答えようがない。
「フランク殿は、ハンター殿下にかけられた疑惑は冤罪だと仰っておりますけど……マーガレット王女様は浮気を確信しておられますよね」
俺は王女様の口から直接聞いた。メラニー・チーズマンの屋敷に潜入したのは、彼女が王子の浮気相手だと分かったからだ、と。確かに「ハン」という偽名で贈り物も届いていた。
「一体どこで浮気が疑われたかも見当がつきません。彼女の告発文には〝王子の部屋で、他の令嬢に宛てた愛の手紙を読んだ〟と書かれていますけど、そもそも僕は部屋に彼女を通していないのです」
「えっ、僕?」
「わ、私はその……陛下の侍従ですので、入退室を確認しておりますから、ハイ」
「ああ……なるほど、それで」
「ただ、何度か彼女をモンスーン王室に招いています。彼女が部屋に忍び込んだとしたら、先月のご来訪の際かと」
「ハンター殿下は王女様のそばについていなかったのですか」
「常に……つ、つきまとっては嫌がられると、助言を頂いていたものですから」
「助言を? 誰に?」
「世話係の女中に」
――他の女からの助言に従った? ますます怪しいな。その女もお手つきなんじゃないか。
「か、勘違いしないでください。私の母上と同じくらいの年の女中ですから! 気立ての良い方なのです。人生相談にも度々のってくださるし……箱入りの自分が知らないことも多く知っていて」
――女性の知恵はスゴイよなぁ。ナンシーも物知りだし、鼻が利くし。
「その方から、適度な距離感こそ紳士の心得とうかがったのです。マーガレット王女は綺麗ですし、可愛いですし、おそばにいたい気持ちはありますけれど……自制せねばと」
フランク殿は頬を赤らめる。
――なんというか、この話し方。身を偽っているが、もしかしなくても……。
フランク殿の背後に控える護衛たちの表情に焦りの色が滲む。
「貴方は、ハンター殿下ではございませんか」
俺が訊ねると、彼は兎のように全身を跳び上がらせ、身を竦ませた。これは確定だな。
「ち、違いますよ! 私はフランク・エーデルワイス。殿下の侍従でございます。やだなぁ、リンドバーグ司祭。どこからどう見ても侍従でしょう?」
チャールズよりも嘘を吐くのが下手な王子がこの世にいたことに驚きだ。
「どこからどう見ても、ハンター殿下です」
チャールズがとどめの一言を放った。
「実は……この部屋に通された時から、貴方がハンター殿下ではないかと僕は思いました」
「なっ……なんで? ど、どどどどうしてですか、チャールズ殿下!」
「いや、一度お目にかかっているでしょう。随分……前のことではございますが」
「そ、そうだったのか、チャールズ」
「付き合いで様々な王族と会いますので。逞しく精悍なお顔立ちが印象的だったので。あの、その髪はカツラですか? 自分も諸事情でしばらくつけていたので分かります」
「そうです……カツラです。しかも大きさが合わずに、何度なおしても、ずれまくりで……」
ハンター殿下はカツラの位置を調整した。
垂れた前髪で隠れ気味だった左目がのぞく。
――風変わりな髪型だとは思ったが、なんだ、カツラがずれたせいだったのか。
「お似合いですよ、ハンター殿下。カツラ以外はその……特にお変わりなく? お元気そうで何よりです」
――チャールズ、他に労りの言葉は浮かばなかったのか。お変わりありまくりだろう。
「これが元気そうに……見えますか」
――ほら見ろ、言わんこっちゃない。
深く俯いたハンター殿下の心情は今、闇鍋さながらなのだろう。
「この通り私は不器用な男ですから……」
両手で「わっ」と顔を覆う。鍛え上げた筋肉が行き場を失って泣いているように見えた。
「もう一体……何が何だか分からないのでございます。自分が口下手だということをマーガレット王女には知られまいと必死だったのに。なにがどうしてどうなって、あんな疑いをかけられたのか」
「実は……あの新聞の投書を見た時には僕も驚いたんです。本当に貴方がその……複数のご令嬢と浮気をされたのか、と」
「断じて違います。神に誓います。教皇の前で宣言したって良いですよ。おまけにマーガレット王女は行方不明になってしまうし。その咎を一身に受けることになった上に、家族からは雑巾を見るような視線を向けられるし、城内で陰口を叩かれるし、城の外に出れば野次が飛ぶし、本当に……散々で」
「ハンター殿下。お気持ちはよく分かります。僕もその……ミミの遺書が出回った後は、貴方と同じような状況でした。僕の場合、全ての原因は僕にありましたけど……」
「その後、裁判に臨まれたのでしょう? それなのに今はこうして……ご兄弟一緒におられる。どんな魔法を使ったのですか。ギョーム陛下が偽の葬式を開いたことは存じています。でもきっとそれだけではないはずだ。この最悪の状況を好転する方法があれば、教えてください。考えても考えても答えが見つからない」
本当にこの人は浮気をしたのだろうか。王子という体裁はどこへやら、素で泣きじゃくっている姿から、女心をもてあそぶような人柄には見えないのだが。
【つづく】
次話の更新は【6月10日(月曜日)】を予定しています。
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