【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-3 ★ 不純物の結晶
「俺は宝石には疎いけれど、どれも高そうなものばかりだな」
ダーシーが「プッ」と笑った。
「ああ、ごめんあそばせ。鉱山王の血を引いても、分からないものなのですねぇ」
「つまり価値の低いものだと?」
「私はそう見ています。ここに来てから、ありとあらゆる宝飾品を毎日のように見させていただきましたわ。この中で本当に価値の高いものは、たった一つ」
ダーシーは小さな箱を一つ取る。そこには他とはまるで輝きの違う翡翠色の鉱石があった。
「これ以外は全て劣化品です。ザルフォークで取引されていた、エーデルシュタイン地方の鉱山加工品は全て価値の低いものでした」
「わざと……劣化品を売りさばいているのか」
俺の問いにダーシーはしばし沈黙した。
「鉱物の質が落ちているのでしょう」
「質が落ちている、だって?」
「以前のように羽振りが良くはないのでしょう。採掘量が減った上に、純度の高い鉱石が採れなくなったのです。純度とはいいますけど、元々色のついた鉱石は不純物の結晶ですのよ」
それは知らなかった。ダーシーが宝石の目利きというのはあながち間違いではないようだ。
「鉱物の質が落ちているのを、目利きのエーデルシュタイン一族が気付かないはずがございません。気付かぬふりをして、これまでの相場で取引させているのでしょうねぇ。私だけでなく、気付きながら看過している宝石商もいるようだったので、陛下は私を指名されたのよ。だって私にはもう売り買いする相手はいませんもの」
「けれど貴女の鑑定眼のおかげで、情報の売買はできます」
ジーニーはダーシーを見遣り、俺たちへ視線を戻した。
「ヴェルノーン王室は、エーデルシュタイン一族へ鉱物の取引相場の是正を内密に勧告するのです。アルフレッド・リンドバーグの母君に当たる、キャロル・エーデルシュタインと、妹のナンシー・エーデルシュタインの冤罪を解けば、これまでの取引における〝相場の是正を怠った過失〟は口外致しませんが、応じない場合は取引の不正をモンスーン王室へ暴く、と。モンスーン王室の怒りを買えば、辺境伯のエーデルシュタイン一族は取り潰しになるでしょう」
「これまでの、というところが重要ね。ハーパー家をはじめ、ヴェルノーンの貿易商でも、エーデルシュタインの鉱産物を取り扱っていますもの。これまでの分は見過ごしてあげますけれど、姉妹の冤罪を解かなければ公にする。いわば脅しですわ」
ダーシーの口調は弾んでいて、むしろ面白がっているようだ。
「それに、エーデルシュタイン辺境伯は、モンスーン王室への献上品に、自身が管理する鉱山加工物を用いているようですし。質の悪い鉱物を市場に流していたと分かれば、悪質な宝飾品をも王室に献上した恐れがかかるというわけ。これは即ち、王室を見下す不敬行為となるわ。面白いわね」
かつて裁判所で国王へ最大の不敬を吐いた女が、自分のことを棚に上げて、凄いことを言い放った。
「陛下もご承諾されている計画ですが、当事者である兄上はどう思われますか」
「それで構わない。不正は看過できない。ただ、迷惑をかけて本当に申し訳ないと思う。俺の母と、ナンシーの為に動いてくれてありがとう」
「兄上の苦しみは、僕の苦しみでございます。兄弟ですから」
チャールズの親愛と、陛下の厚意を尊重しようと思った。
「エーデルシュタイン。聞けば聞くほど因縁が深そうだ。俺に……そんな一族の血が流れているのか。血縁が怖いよ」
「貴方は違うわ、アルフレッド。ナンシーも」
ミミは俺の背をそっと撫でると「ジーニーさん」と目を合わせた。
「アルのお母様キャロルとナンシー。姉妹の母君については調べているの?」
「十分ではありませんが、少し」
「では詳しく。エーデルシュタイン一族が社会的に認められない取引をしていたとしても、ナンシーは優れた品性をお持ちよ。母君の影響が大きかったのではないかしら。二代に限らず三代まで調べて欲しいわ」
「かしこまりました。調べ尽くして参ります」
「よろしくお願いします」
ミミの着眼点にはいつも驚かされる。母キャロルとナンシーは、母親似だった可能性があるということか。
――どんな人だったのだろう。
ナンシーの語るところによると、姉妹が追い出されたのは、母が亡くなった後ということだった。非情な鉱山王に嫁いで、しかも相手には愛妾がいて、さぞ苦労されただろう。考えただけで胸が痛い。
【つづく】
次話の更新は【6月2日(日曜日)】 を予定しています。
ダーシーが「プッ」と笑った。
「ああ、ごめんあそばせ。鉱山王の血を引いても、分からないものなのですねぇ」
「つまり価値の低いものだと?」
「私はそう見ています。ここに来てから、ありとあらゆる宝飾品を毎日のように見させていただきましたわ。この中で本当に価値の高いものは、たった一つ」
ダーシーは小さな箱を一つ取る。そこには他とはまるで輝きの違う翡翠色の鉱石があった。
「これ以外は全て劣化品です。ザルフォークで取引されていた、エーデルシュタイン地方の鉱山加工品は全て価値の低いものでした」
「わざと……劣化品を売りさばいているのか」
俺の問いにダーシーはしばし沈黙した。
「鉱物の質が落ちているのでしょう」
「質が落ちている、だって?」
「以前のように羽振りが良くはないのでしょう。採掘量が減った上に、純度の高い鉱石が採れなくなったのです。純度とはいいますけど、元々色のついた鉱石は不純物の結晶ですのよ」
それは知らなかった。ダーシーが宝石の目利きというのはあながち間違いではないようだ。
「鉱物の質が落ちているのを、目利きのエーデルシュタイン一族が気付かないはずがございません。気付かぬふりをして、これまでの相場で取引させているのでしょうねぇ。私だけでなく、気付きながら看過している宝石商もいるようだったので、陛下は私を指名されたのよ。だって私にはもう売り買いする相手はいませんもの」
「けれど貴女の鑑定眼のおかげで、情報の売買はできます」
ジーニーはダーシーを見遣り、俺たちへ視線を戻した。
「ヴェルノーン王室は、エーデルシュタイン一族へ鉱物の取引相場の是正を内密に勧告するのです。アルフレッド・リンドバーグの母君に当たる、キャロル・エーデルシュタインと、妹のナンシー・エーデルシュタインの冤罪を解けば、これまでの取引における〝相場の是正を怠った過失〟は口外致しませんが、応じない場合は取引の不正をモンスーン王室へ暴く、と。モンスーン王室の怒りを買えば、辺境伯のエーデルシュタイン一族は取り潰しになるでしょう」
「これまでの、というところが重要ね。ハーパー家をはじめ、ヴェルノーンの貿易商でも、エーデルシュタインの鉱産物を取り扱っていますもの。これまでの分は見過ごしてあげますけれど、姉妹の冤罪を解かなければ公にする。いわば脅しですわ」
ダーシーの口調は弾んでいて、むしろ面白がっているようだ。
「それに、エーデルシュタイン辺境伯は、モンスーン王室への献上品に、自身が管理する鉱山加工物を用いているようですし。質の悪い鉱物を市場に流していたと分かれば、悪質な宝飾品をも王室に献上した恐れがかかるというわけ。これは即ち、王室を見下す不敬行為となるわ。面白いわね」
かつて裁判所で国王へ最大の不敬を吐いた女が、自分のことを棚に上げて、凄いことを言い放った。
「陛下もご承諾されている計画ですが、当事者である兄上はどう思われますか」
「それで構わない。不正は看過できない。ただ、迷惑をかけて本当に申し訳ないと思う。俺の母と、ナンシーの為に動いてくれてありがとう」
「兄上の苦しみは、僕の苦しみでございます。兄弟ですから」
チャールズの親愛と、陛下の厚意を尊重しようと思った。
「エーデルシュタイン。聞けば聞くほど因縁が深そうだ。俺に……そんな一族の血が流れているのか。血縁が怖いよ」
「貴方は違うわ、アルフレッド。ナンシーも」
ミミは俺の背をそっと撫でると「ジーニーさん」と目を合わせた。
「アルのお母様キャロルとナンシー。姉妹の母君については調べているの?」
「十分ではありませんが、少し」
「では詳しく。エーデルシュタイン一族が社会的に認められない取引をしていたとしても、ナンシーは優れた品性をお持ちよ。母君の影響が大きかったのではないかしら。二代に限らず三代まで調べて欲しいわ」
「かしこまりました。調べ尽くして参ります」
「よろしくお願いします」
ミミの着眼点にはいつも驚かされる。母キャロルとナンシーは、母親似だった可能性があるということか。
――どんな人だったのだろう。
ナンシーの語るところによると、姉妹が追い出されたのは、母が亡くなった後ということだった。非情な鉱山王に嫁いで、しかも相手には愛妾がいて、さぞ苦労されただろう。考えただけで胸が痛い。
【つづく】
次話の更新は【6月2日(日曜日)】 を予定しています。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
20
-
-
59
-
-
2813
-
-
381
-
-
310
-
-
0
-
-
32
-
-
267
-
-
3427
コメント
旭山リサ
清水レモン様 コメントありがとうございます。そうなんです「色のついた鉱石は不純物の結晶」初めてこれを知った時には衝撃でした。ダーシーに理知的なオーラを感じていただき嬉しい。国一番の悪女ではありますが、この方面に関してはかなりの通なのでした。この悪役を眠らせておくのは勿体ない。どんな人間にも良いところ(?)はあるのだ、と。悪女の活躍に乞うご期待!
清水レモン
「色のついた鉱石は不純物の結晶」←しびれました!
そのとおりなんですけどダーシーが言うことで理知的なオーラがひときわキラキラしてます。
それになんといっても「鉱石」「鉱物」「宝石商」とわけて表現されているところが大好きです!