【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-2 ★ お久し振りね
窓の無い個室には、卓をはさんで二つの長椅子が向かい合う形で設けられている。椅子の片方に、一人の女が腰掛けていた。橙色の髪を二つに分けて束ねた女性で、赤い縁の眼鏡をかけている。
――この人、どこかで見覚えがあるぞ。
「お久し振りね、リンドバーグご夫妻。会いたくなかったけど」
――いきなりなんだ? 開口一番、失礼な女性だな。
「立場をわきまえたらどうです? 殿下の御前ですよ。礼儀がなっていないですね」
ジーニー・ブロンテが戒めたが、女は失笑した。礼を欠いた態度に苛立ちを覚えると同時、既視感が頭をよぎる。
――この女……まさか、いや、まさかな?
「ダーシー、随分と垢抜けたのね」
ミミの一言で、雷に打たれたように全身が痙攣した。
――やっぱり! どこかで見覚えがあると思った!
ダーシーは「ご無沙汰してます」と一礼したが、目が据わったままだ。
「その節は大変お世話になりました。あなた方ご夫婦のおかげで、私、改心しましたのよ」
彼女は妖艶な微笑を湛えた。
「牢屋の豚飯で食べ物のありがたさを知りましたし、汗臭い寝台で蛆虫がわきそうでしたし、二着しかない囚人服はボロ切れでした。衣食住のありがたさを知りましたが、親から縁を切られて、お先真っ暗ですわ」
――恨み節が凄まじい。間違いなくダーシーだな。
「陛下のご厚情を受け、シモン同様に私も獄中死したことにされ、お役目を担いました」
「何のお役目よ?」
ミミが「フン」と鼻を鳴らして、ダーシーの向かいに腰掛ける。双方、無言のにらみ合いが続いた。
「貴女のご主人に関わることよ」
「俺に? どういうことですか」
俺はミミの隣に腰掛けた。
「獄中を出される前、陛下から打診があり、簡単な試験を受けましたの。親は貿易商ですから、私は昔から金品の真贋を見極めることについては、目を養われています」
ダーシーは得意げに語り出した。
「私がシモンの不正に気付いたのは、彼が身の丈に合わない高価な私物を身につけていたからでした。その目利きが陛下の目に留まったのですわ。あるものを鑑定して欲しい、とね。大抵の鑑定士は〝一つのものをじっくり見定める〟ことを得意とします。私は〝箱いっぱいに詰まった大量の宝石を即座に仕分けろ〟と言われたようなものですわ」
「貴女の目利きが確かと仮定して、一体なんの鑑定をしているのよ」
ミミが訊ねると、ダーシーはぷいとそっぽを向いた。やっぱりこの女、反省すらしていない。
「もったいぶらずに、話しなさい」
ジーニーが厳しい一言を放つと、ダーシーは唇をつんと尖らせ、眉を寄せた。
「エーデルシュタイン一族が管理する鉱山の加工物ですわ」
エーデルシュタイン。その名前を聞いたのは二度目だ。一度目は王女の口から。ナンシーと俺の亡き母の実家は、エーデルシュタインというモンスーンの辺境伯だという。
「俺の母の実家、ですね」
「兄上、ご存じだったのですか!」
「王女様から聞いた。母のキャロルと、妹のナンシーは、エーデルシュタイン一族から冤罪を着せられ、家を追い出された……と」
「その罪を晴らさなければならないのです、兄上。早急に」
「なぜ急ぐんだ、チャールズ」
「貴方が王子として世間に周知されたからです。その母親に世間の関心が向くのは常理です」
「けれど俺は嫡子ではないぞ」
「恐れながら、アルフレッド殿下」
ジーニー・ブロンテがチャールズの横から言葉を挟む。
「秘書の仕事を引き継ぐ際、従兄弟のザックより、私も事情をうかがっております。貴方が王の子として知られた以上は、王室の体裁上、早急に母君の冤罪を晴らす必要がございます」
「なぜですか」
「弟君であるチャールズ殿下だけでなく、陛下の名に傷をつけてしまうからです。陛下は罪人を愛したことになる。罪人の子が司祭になったと世間から白眼視されてしまう。チャールズ殿下の兄は前科持ちの母の子だとも言われてしまうのです」
「俺の母は……罪人ではありません。ナンシーを見れば分かるではありませんか。腹違いの姉弟を殺めようとしたなどとは到底思えません」
「ええ、そうですとも。陛下も信じておられます。そもそもおかしな話です。服毒の罪を着せておきながら、公の場で刑罰に問わず、家庭内の判断で追放などと。これはなにか裏がある。姉妹の実父である、亡きエーデルシュタイン伯には、少なからず子供への情があったのかもしれませんがね」
「亡きエーデルシュタイン伯? 爵位を継いだのは誰ですか?」
「ナンシーさんの腹違いの弟、ジャービス・エーデルシュタインでございます。亡きエーデルシュタイン伯の愛妾が産んだ子どもです」
「その愛妾は?」
「既に亡くなっております。余談ですが、ナンシーさんの腹違いの姉にあたるアニータ・エーデルシュタインは、亡くなった愛妾にそっくりとの噂です」
ジーニーの表情から察するに、ナンシーの腹違いの姉〝アニータ〟も相当の曲者のようだ。
「姉妹の冤罪を解くのに有効なのは、現在の当主ジャービスが、先代の判断を過ちと認め、謝罪をすることです。その為には、エーデルシュタインの弱みを握らなければならない」
ジーニーは、鞄から辞書大の木箱を取り出した。蓋を開けてびっくり、そこには光輝く翡翠色の鉱石がところ狭しと並んでいた。
「俺は宝石には疎いけれど、どれも高そうなものばかりだな」
するとダーシーが「プッ」と笑った。
【つづく】
次回更新日は【2024年5月28日(火曜日)】を予定しています。
――この人、どこかで見覚えがあるぞ。
「お久し振りね、リンドバーグご夫妻。会いたくなかったけど」
――いきなりなんだ? 開口一番、失礼な女性だな。
「立場をわきまえたらどうです? 殿下の御前ですよ。礼儀がなっていないですね」
ジーニー・ブロンテが戒めたが、女は失笑した。礼を欠いた態度に苛立ちを覚えると同時、既視感が頭をよぎる。
――この女……まさか、いや、まさかな?
「ダーシー、随分と垢抜けたのね」
ミミの一言で、雷に打たれたように全身が痙攣した。
――やっぱり! どこかで見覚えがあると思った!
ダーシーは「ご無沙汰してます」と一礼したが、目が据わったままだ。
「その節は大変お世話になりました。あなた方ご夫婦のおかげで、私、改心しましたのよ」
彼女は妖艶な微笑を湛えた。
「牢屋の豚飯で食べ物のありがたさを知りましたし、汗臭い寝台で蛆虫がわきそうでしたし、二着しかない囚人服はボロ切れでした。衣食住のありがたさを知りましたが、親から縁を切られて、お先真っ暗ですわ」
――恨み節が凄まじい。間違いなくダーシーだな。
「陛下のご厚情を受け、シモン同様に私も獄中死したことにされ、お役目を担いました」
「何のお役目よ?」
ミミが「フン」と鼻を鳴らして、ダーシーの向かいに腰掛ける。双方、無言のにらみ合いが続いた。
「貴女のご主人に関わることよ」
「俺に? どういうことですか」
俺はミミの隣に腰掛けた。
「獄中を出される前、陛下から打診があり、簡単な試験を受けましたの。親は貿易商ですから、私は昔から金品の真贋を見極めることについては、目を養われています」
ダーシーは得意げに語り出した。
「私がシモンの不正に気付いたのは、彼が身の丈に合わない高価な私物を身につけていたからでした。その目利きが陛下の目に留まったのですわ。あるものを鑑定して欲しい、とね。大抵の鑑定士は〝一つのものをじっくり見定める〟ことを得意とします。私は〝箱いっぱいに詰まった大量の宝石を即座に仕分けろ〟と言われたようなものですわ」
「貴女の目利きが確かと仮定して、一体なんの鑑定をしているのよ」
ミミが訊ねると、ダーシーはぷいとそっぽを向いた。やっぱりこの女、反省すらしていない。
「もったいぶらずに、話しなさい」
ジーニーが厳しい一言を放つと、ダーシーは唇をつんと尖らせ、眉を寄せた。
「エーデルシュタイン一族が管理する鉱山の加工物ですわ」
エーデルシュタイン。その名前を聞いたのは二度目だ。一度目は王女の口から。ナンシーと俺の亡き母の実家は、エーデルシュタインというモンスーンの辺境伯だという。
「俺の母の実家、ですね」
「兄上、ご存じだったのですか!」
「王女様から聞いた。母のキャロルと、妹のナンシーは、エーデルシュタイン一族から冤罪を着せられ、家を追い出された……と」
「その罪を晴らさなければならないのです、兄上。早急に」
「なぜ急ぐんだ、チャールズ」
「貴方が王子として世間に周知されたからです。その母親に世間の関心が向くのは常理です」
「けれど俺は嫡子ではないぞ」
「恐れながら、アルフレッド殿下」
ジーニー・ブロンテがチャールズの横から言葉を挟む。
「秘書の仕事を引き継ぐ際、従兄弟のザックより、私も事情をうかがっております。貴方が王の子として知られた以上は、王室の体裁上、早急に母君の冤罪を晴らす必要がございます」
「なぜですか」
「弟君であるチャールズ殿下だけでなく、陛下の名に傷をつけてしまうからです。陛下は罪人を愛したことになる。罪人の子が司祭になったと世間から白眼視されてしまう。チャールズ殿下の兄は前科持ちの母の子だとも言われてしまうのです」
「俺の母は……罪人ではありません。ナンシーを見れば分かるではありませんか。腹違いの姉弟を殺めようとしたなどとは到底思えません」
「ええ、そうですとも。陛下も信じておられます。そもそもおかしな話です。服毒の罪を着せておきながら、公の場で刑罰に問わず、家庭内の判断で追放などと。これはなにか裏がある。姉妹の実父である、亡きエーデルシュタイン伯には、少なからず子供への情があったのかもしれませんがね」
「亡きエーデルシュタイン伯? 爵位を継いだのは誰ですか?」
「ナンシーさんの腹違いの弟、ジャービス・エーデルシュタインでございます。亡きエーデルシュタイン伯の愛妾が産んだ子どもです」
「その愛妾は?」
「既に亡くなっております。余談ですが、ナンシーさんの腹違いの姉にあたるアニータ・エーデルシュタインは、亡くなった愛妾にそっくりとの噂です」
ジーニーの表情から察するに、ナンシーの腹違いの姉〝アニータ〟も相当の曲者のようだ。
「姉妹の冤罪を解くのに有効なのは、現在の当主ジャービスが、先代の判断を過ちと認め、謝罪をすることです。その為には、エーデルシュタインの弱みを握らなければならない」
ジーニーは、鞄から辞書大の木箱を取り出した。蓋を開けてびっくり、そこには光輝く翡翠色の鉱石がところ狭しと並んでいた。
「俺は宝石には疎いけれど、どれも高そうなものばかりだな」
するとダーシーが「プッ」と笑った。
【つづく】
次回更新日は【2024年5月28日(火曜日)】を予定しています。
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コメント
旭山リサ
驚いてくださり嬉しいです! 「ややや!?」な展開は次話も増し増し! コメントありがとうございます。
清水レモン
や。ややや。ややややや!? 翡翠色の鉱石、つづきが楽しみです!